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no.13/立入禁止!【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:5700文字

 降水確率が高かったら、きっと雪でも降っていただろう。この地域の空気は乾燥している。とはいえ食後の103号室は、暖房に加え調理に使った火や集まった人間の熱気も手伝って暖かい。

「ほう、蟹か」
「えーっ凄いッスね! 明日届くんスか?」
「夕方16時から18時の時間指定をしたである」

 メガネくんが洗い、キツネくんがすすぎ、ござるくんが拭き、俺がしまう。食後の皿洗いの流れ作業。
 ……たくちゃん? たくちゃんは、言葉選ばずにいうならば戦力外。まぁ、やらなくて済むなら、できない事を無理に頑張り過ぎなくても良いだろうという結果こうなって久しい。たくちゃん的には好都合とばかりにいつも自分の作業タイムとなっているのだけど。

「蟹かぁ、俺食ったことないかもー。あれは? ちょっと良いサラダとかに入ってる剥き身のやつ。あれなら食ったことあるぜ」
「……それはカニカマじゃないのか?」
「そうなの? 別に美味けりゃなんでも良いんだけどさー」

 今日は蟹の話題が興味をひいたのか話に加わっている。ところで、食後になぜこんな話をしているのかというと、明日ござるくん宛に蟹が届くという情報が入ったからだ。

「それにしてもすげーな。どこから届くんだよ?」
「実家から、というか。父親が仕事で北陸へ行ったついでに、いつもお世話になっている皆さんへ蟹を送るからと、連絡があったである」
「僕たちのこと、お父さんに話してくれてるんスか?」
「一度、お正月に帰省しない理由として、みんなで過ごすと話したのであるよ」
「そういう流れでは俺も、一度話したことがある」
「メガネさんも? 僕も今度家族に話してみよっかなぁ」
「確かに帰省って、準備も含めてちょっと面倒くさいもんな」
「102さんもッスか? 僕もチケット取る時点で面倒で。移動だって結構疲れるじゃないスかぁ」
「いや、俺はそんなに遠くないんだけど。まぁでもそうだよな」

 人混みは疲れる。いつでも帰れそうな程度しか離れていない実家へ、わざわざこの時期に出向く必要もない。そんなことを言い訳にして結局一度も帰省したことはないんだけど。ござるくんは、お正月は日向荘へ留まる分、お盆休みに帰省しているそうだ。



 とにかくそんな話をしていた翌日。土曜日の17時近く。ガチャリと103号室の扉が開いた。

「……ちょっと、良いであるか?」

 ござるくんが困惑した表情でやってきたのだ。バイトから帰って、そのまま自室待機をしていたはずだけど。

「どうした」

 最初に返事をしたのはメガネくんだった。

「途方に暮れてしまったである」
「なんかあったッスか?」
「配送事故か何か?」
「荷物は届いたのであるが……その、しっかり5人分というか、そのまま持ってきていいのか困ってしまったというか、であるな」
「……? 確認に行っても差し支えないか」

 そう言ってメガネくんが席を立つ。けど、メガネくんも状況を把握しきれていない様子だし、俺たちもござるくんの困惑の理由が飲み込めていない。

「では……メガネ氏だけ。ちょっとお願いするである」

 困惑した様子のござるくんとピンとこない表情のメガネくんが103号室から静かに出て行った。

「えー、何があったんスかね? 気になりません? 行ってみましょうよ」
「ゾロゾロ行ったって解決にならなくない? メガネくんだけってござるくんも言ってたじゃん」

 更に言うとすれば、メガネくんが確認に行くと言った時も少し渋っていた様子だったし、あまり自宅に人を入れたくないのかもしれない。そう思って俺がなんとなくキツネくんを制していると……

「でも気になるよなぁ。しっかり5人分って何だぁ?」

たくちゃんまでワクワクし始めてしまった。

「やっぱり確認しに行きましょうよ! ほらぁ102さんも」
「……キツネくん、面白がってない?」
「えぇ? 荷物が気になってるだけッスよ!」
「よしっ! 行ってみようぜー」
「来てほしくないんじゃないの?」
「メガネさんはOKだったんだし、大丈夫じゃないスか?」

 珍しく乗り気なたくちゃんと、声に音符マークでもついたかのようなキツネくんに腕を掴まれて、俺は寒空の下へ連れ出された。間もなく101号室に到着すると、靴を履いたまま言葉を失っているメガネくんが玄関を塞いで立っていた。

「あー……ええと、これは、あれだな。確かにしっかりしている」
「だから、しっかり5人分なのであるよ」
「そうだな、これは……」
「なぁにー? 何が5人分……! うわー」

 背の高いたくちゃんが更に背伸びをして、メガネくんの背後から覗き込むと、一瞬言葉を飲んでから驚きの声をあげた。メガネくんはするりと玄関から外へ抜け出て、入れ替わるようにキツネくんがぴょこぴょこジャンプをしながら覗き込もうとしている。

「どう、したん、スかっ?」
「いやコレさー、もはやどうやって食えばいいのか俺にはわかんねー! 最初にカニ食おうとした人間、スゲーよなー」
「5人分……。結構グロいッスねぇ」

 開封された段ボール箱に収まっていたのは、丸ごとの姿でボイル&冷凍され、更に厳重個装された五杯の蟹だった。

「5人分ってこういうことスか……バッチリ丸ごと五杯ッスね」
「5人で一緒に夕飯を食べているという大前提を伝えていなかったである」
「……なるほど。それぞれの家でとなればまぁ一人一杯計算になるのは自然だし、何も言わなければアパートの住人が全員揃って飯を食う可能性など考えないだろう」
「せめてカニ足のセットなんかを想像していたである。これは、どうやって食べたらいいであるか」
「なんか、びろーんってしたカニ足をぱくってしてみたいッスよね!」
「俺もそういう金持ちみたいな食い方してみたーい!」
「……それって金持ちの食い方なのか?」
「では、とりあえずこのままここで解凍するとしよう」
「え……ここで、であるか」
「蟹は流水で30分ほど浸して解凍するといいらしいが、拓人のところはこの後使うしな。30分余りシンクを塞いでしまうわけにもいくまい」
「そうッスね。僕も手伝うッスよ!」
「面白そうだから、俺も手伝う〜」
「たくちゃん、解凍する前に足折るなよ」
「拓人はその段ボール箱をシンク脇へ運んでくれるだけでいい」
「はぁ? 何それー」
「あの……であるな」

 早く101号室へ入りたそうにしている俺たちを申し訳なさそうに見ながら、ござるくんがおずおずと口を開いた。

「やり方を教えてくれたら、僕がやっておくであるよ」

 これは本格的に、ござるくんは自宅へ人を入れたくないんじゃないのか。理由は何であれ、人の嫌がることはしない方がいいと思うんだけど……と思ったけど、目の前の三人を見ていると、ちょっと止め切れる自信がない。

「シンクと水道を借りるだけだし、居住区へは入らん。それにみんなでやったほうが早いだろう」
「そうッスよ。凍ったものを流水で解凍するって、想像以上に冷たいんスから」
「みんなで食うんだからみんなでやろうぜー」
「うー……ん。では、キッチンエリアより先は立入禁止である……」
「了解ッス!」

 ござるくん、自宅そのものに入られるのは大丈夫なのか。

「102さんも! 蟹の解凍みんなでやるッスよ! 早く!」
「う、うん」

 101号室は、当然だけど俺やたくちゃんの部屋と同じ造りで、でもちょっと拘った好きなものが置かれている感じだった。冷蔵庫とかレンジとかの大型家電は一般的な感じだけど、ポットやトースターなどは個性的なデザインだし、家具も独特な雰囲気で統一されている。人を入れたくない理由は、何だ?

「大きな入れ物はこれくらいしかないである」
「最終的には蟹が入っていたビニール袋を使うから問題ないだろう」

 たくちゃんが玄関からシンクへ運んだ段ボール箱から、メガネくんが凍ったままの蟹を丸ごと丁寧に取り出すと、表面の氷をござるくんと俺で綺麗に洗い流していく。いつもみたいな流れ作業。

「結構ゴツゴツなんだなー。うわ痛って! ひゃっ冷て!! 凍ってるじゃんか!」
「だから解凍しているんだろう。拓人は少し黙っててくれないか」
「結構グロいッスよね。真正面から見ると変な顔〜!」
「俺お湯使いたい…」
「たぶん、それはダメである」
「あれ?」
「ん? キツネどうした」
「テレビ、つけっぱなしじゃないスか?」
「あ!!」

 キツネくんが奥の部屋から聞こえてくるテレビの音に気づくと、ござるくんが物凄く大きな声をあげた。その間もメガネくんはテキパキと作業を進め、表面の氷を洗い流した蟹を丁寧にビニール袋へ入れ直している。どうやらビニール袋の外から流水を当て解凍していくらしい。

「あー? ござるどうしたんだよー。アヒルが首締まったみたいな声して」
「あ、いや、あの。録画だから気にしなくていいである!」
「録画って戦隊のやつッスか」
「そうであるっ、明日が放映日だから時間指定の待機中に過去回を復習していたのであるが、思っていたより早く到着したから慌てて受け取りに出たら消し忘れしまい、開けたら蟹が丸ごと5杯入っていて……」
「困惑して103号室に来たからそのままテレビを消し忘れていたということか」
「そうである。これが終わったら自分で消すであるから、放っておいて大丈夫である」
「そうなんすね、OKッス! でも……」
「……でも?」

 ござるくんは解凍どころではなく、返答の声も弱々しい。もう手を拭いてテレビを消してきていいよと言おうとしたその瞬間。

「僕も最近のヒーロー見てみたいなー……あ!」
「そっちは立入禁止である!」
「あ」
「おー!」

 先程の約束を忘れてしまっていたのか、うっかりなのか何なのか、キツネくんがキッチンスペースと居間を隔てる磨りガラスの引き戸を開けてしまった。蟹の解凍をマイペースに続けているメガネくん以外は、その扉の向こうを必然的に見てしまい……

「すっげーーーー! ッフィッヒャーーーーッ! 何これ! ござるのコレクション?」
「ござるさん! 何スかこの凄い部屋! なんで今まで隠してたんスかー!」

 クリエイター達の興奮した大声が部屋中に跳ね返った。

「凄い……部屋、であるか?」
「これ全部ござるさんのッスか?」
「あ、まぁ、そうであるが……え、引かないであるか?」
「引かないッスよー、めっちゃカッコいいじゃないスか。ねぇたくあんさん!」
「俺んトコより派手に物が多いじゃねぇか! 何ここ特殊工房なの? 博物館なの? なぁござる、部屋入ってもいい? 見たい!」
「いいで、ある…が?」
「ござるさん、僕も入っていいスか?」
「……い、いいであるよ」

 はしゃぐ二人とは対照的に、俺は圧倒されて言葉を失っていた。推し部屋とでも言うのだろうか。ござるくんの推し、つまりヒーローだけど。ここ数年のものだけじゃない恐らく歴代のヒーローたちやメカたちが博物館ばりに並べられている。マニア垂涎モノっぽそうな大小さまざまなグッズが整然と、でも膨大に揃っている。よく見ると机の上に少し古い印象をした黒地に黄色の小さなヒーロー人形が飾られていて、使用中の工具や資材のような物まで広げてある。俺の部屋と同じ造りであることを忘れてしまう。まるでプチ工房だ。

「……ござるくん、俺も入っていい?」
「どうぞである」
「思いの外早く終わったぞ。後は自然解凍でも……ん? みんなどこへ行ったんだ」
「メガネさんも見てくださいよー! ござるさん凄いんですってば!」
「おや、そっちは立入禁止の約束じゃなかったか?」
「キツネが開けちゃったんだよー」
「もういいであるよ」

 確かにヒーロー好きはござるくんしかいないから、好きが詰まったこの部屋を知られた時の反応を知るのが怖かったんだろう。でも日向荘には、何かしら極端な自分の好きを持ち寄った住人しかいないから……自分の好き? 俺の、は。

「本当にヒーロー大好きなんスね!」
「小さな頃はこれになりたかったである」

 テレビを消しながらそう言うと、年季の入ったソフトビニール製のヒーロー人形を大事そうに机の上から連れてくる。

「それもレッドじゃねーんだな! ござるは昔からイエロー好きなのかぁヒヒヒ」
「ポリスイエロー。一番最初に買ってもらった、宝物であるよ。さっきは部屋に入れたくないみたいに拒み続けていて悪かったである。大切なものを否定されるかも知れないのが怖かったのである」
「そうか」

 最後に部屋に入ってきたメガネくんが辺りを見回しながらゆっくりと納得の相槌を打った。

「この部屋にあるものは最近5年くらいで揃えたり作ったりしたものがほとんどであるが、これだけはずっとお守りのように持っていたであるよ。イエロールーラーが今の最推しなら、ポリスイエローは殿堂入りなのである」

 そう言って微笑んだござるくんの表情が、少しだけ寂しそうに見えた。

「そんな大切なもの、僕たちは否定しないッスよ!」
「え、作ったのもあるの? ヒャッヒャッヒャッまじスゲー!」
「たくちゃんは触んない方がいいと思う」
「そうなのー?」
「どうする、蟹は拓人の部屋へ持って行って室内に置いておけばいい感じに自然解凍できると思うが。まだござるの部屋で遊びたそうだな」
「さすがメガネ、わかるー? 俺少し遊んで行くー」
「じゃぁ、僕はたくあんさんが物壊さないように見張りで残ります!」
「ござるは大丈夫か? こんなの二人が同時に部屋の中にいて」
「大丈夫であるよ」
「俺は蟹を向こうへ運んで、しばらく何か良い蟹料理でもないか検索している」
「オッケー、よろしくねー」
「102は……すまないが両手が塞がるからドアを開けてもらえないか」
「ん? うん。わかった」
「ちょっとだけ遊んだらすぐ戻るッス!」

 賑やかな声に見送られて、メガネくんと101号室を出た。たくちゃんの部屋では……とりあえず掃除でもしておくか。

「すまない、助かった」

 特に騒ぐことのない二人で103号室へ戻ると、いつもうるさいほど賑やかな室内は嘘のように静かだった。

「まあ、あれだ。美味いものを楽しく食えたら、今はそれだけでも良いんじゃないか」
「え?」
「あんまり考えすぎるなよ」
「……」
「せっかくだから、この蟹達の効果的な調理方法などを一緒に検索してくれないか」
「……いいよ」

 そうだな。今日はメガネくんの言う通り、ござるくんのお父さんが送ってくれた蟹をみんなで美味しく食べて、楽しく過ごす事だけを考えとこう。

[『立入禁止!』完]

※次回は2024年1月26日(金)20時頃更新予定です!

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