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家庭の分担は対話次第『LIGHTHOUSE』感想

少し前にイクメンについての記事を読んだ。その記事では、子育てする男性を過剰に持ち上げる風潮に疑問を呈していた。記事を読んだ私は、「男性でも親なら子育てするのは普通だよね」くらいの感想しかなく、自分の意見をまとめることはできなかった。


つい先日、Netflixで公開された動画に、「LIGHTHOUSE」がある。星野源とオードリー若林が「悩み」をテーマに対談するトークショーだ。

2話では若林が家事分担の話をしていた。テレビ番組では、カンペで「家事を分担しているか」を尋ねるよう指示がでることが多いらしい。そしてその場合の展開は、出演者が家事を分担している旦那に関心するか、家事をしない旦那をボコボコにするかの2択しかないと。

この話を聞いて私は、先のイクメンの記事を思い出した。育児も家事も同じで、「家庭にコミットする男性は偉くて、しない男性は良くない」という時代の流れがあるように思う。おそらく男性が家庭の役割を担わない一択だった時代からの反動だと思うけど、こうあるべきと誰かに決めつけられるのは息苦しい。じゃあどうしたいかなと考えて、『デュアルキャリア・カップル』を思い出した。

『デュアルキャリア・カップル』はジェニファー・ペトリリエリの著書で、パートナーと協力して人生の困難を乗り越えるヒントを与えてくれる本だ。本書では家事の分担を3パターン紹介している。1つ目は一番手・二番手モデル。一人が仕事に打ち込むことを優先するモデルだ。もう一人は家庭に多くの時間をかける。昔ながらの日本の家庭はこのモデルが多い印象である。2つ目は交代制モデル。二人が順番に一番手と二番手になる方法だ。それぞれの仕事の状況に合わせて、家庭での主要な役割を交代で担う。3つ目が二人とも一番手モデル。二人は平等に仕事と家庭の両方に注力する。もちろん実行は難しいので、互いに"限界"を確認し合う必要がある。(詳しく知りたい方は本を読んでみてください)

これらのモデルは正解・不正解で語られているものでもないし、古い・新しいで語られてもいない。いずれもパートナーとの対話の中で決めた方がよいとされているし、適切な分担方法は状況によって変わるとされている。

一番手・二番手モデルを多く見てきたからだろうか。私たちは仕事と家庭の分担を最初に決めたら"変えられないもの"と思っているように感じる。しかし分担は途中で変えてもいいはずだし、変えた方がいい場合の方が多い気もする。昇進や子供の入園・入学などの新しいことが始まるタイミングでは、一時的にエネルギーがより必要なことを私たちは知っている。

人生の中で自分が仕事にエネルギーを費やしたい時期は家庭をパートナーにお願いすることもできるし、逆にパートナーが仕事で忙しい時期は自分が家庭での役割を多く引き受けたらいい。家庭での役割を"今"分担できていることが望ましいのではなく、納得して受け入れられていることに意味があるのではないか。本書で書かれていたことも一言でまとめれば、話し合いで決めることが大事だということだった。

その後のトークで若林は、「だいたいの答えは淡さの中にある」と言っていた。0か100かではっきりさせることばかりがよいとは限らない。私たちの最適解は変わるから、状況が変化する度に対話できるとより納得のいく生活を送れるのかもしれない。

もし男性が家事や育児をすることが当たり前の社会になったら。そのときに称賛されるのは、パートナーと対話ができていることになるのかなと思った。

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