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#3 ヘビと落武者を追い出せ

今年も「こわいな〜こわいな〜」と言いたくなってしまう季節がやってきた。

「こわいな〜こわいな〜」は言いたいが、わたしは幽霊が怖いので、怪談話など恐怖のエンターテイメントを楽しみにいこうと思ったことがない。

なんでわざわざ怖い思いをするために、お金を払うのか。なんで恐怖が好奇心に変わるのか。ホラー映画や心霊番組、心霊スポットも、本当に苦手だ。いまだにお化け屋敷にも入ったことがない。幽霊をエンターテイメントに落とし込んだとしても、わたしはそれを心から楽しむことはできない。ただただ怖い。

でも、ふと疑問を持った。
なぜわたしはここまで幽霊を怖がっているのか。

霊感は全くないと言っていいし、幽霊なんて見たこともない。見えないからこそ怖がってしまうのかもしれないが、そうなら気にせず放っておけばいい。なのに、自分でも引くぐらい幽霊にビクビクしているのだ。

シャワーを浴びているときや、洗面台で歯を磨いているときが、特に怖い。後ろにいる、と感じ取ってしまう。「なんとなく、いる」と感じるときは幽霊がいる確率が高いという噂を聞いてから、余計に恐怖心が増した。

だが、それはポンコツの感知リーダーが、ただ良かれと思って作動しているだけに等しい。全く霊感のない自分の想像を客観視すると、自分がものすごく間抜けに思える。バカみたいじゃん。

よく考えると、わたしがこれだけ幽霊にビクビクするようになったのは、小学生のときに見た心霊番組に原因がある。

小学生の頃、記憶に間違いがなければ、毎週木曜日の夜はとある心霊番組が放送されていた。いまは懐かしき宜保愛子などの霊能者が、依頼者に取り憑いた悪霊を祓う番組だった。たぶん。

いまでも鮮明に覚えているのは、依頼者にヘビと落武者の悪霊が取り憑いている、という放送回。依頼者が今まで不幸を被ってきたのは全てヘビと落武者の悪霊のせいだ、と霊能者が顔をしかめながら言い張っていた。

『あの窓からこちらを見ています…』
『ヘビと落武者は、あなたを殺そうとしています』

小学生だったわたしは、霊能者の言葉に震え上がった。さらに、番組の中で最高に盛り上がるであろう、除霊シーンにもドン引きした。ヘビと落武者に取り憑かれた人は正座をしていて、その背後からは霊能者が「出てけ!出てけ!」と依頼者の背中をバンバン強く叩きながら叫ぶ映像が流れた。

どちらもすごく苦しそうだった。霊能者が変な呪文を唱えるうちに、除霊されているほうは正座もできなくなっていて、苦しさのあまり、のたうち回る事態にまで発展していた。幼いわたしは除霊の一部始終を見ていたが、その様子がどう考えても異常で、両人を狂わせている「幽霊」という存在がますます怖くなってしまったのだ。

それ以来〈幽霊がいると悪いことが起きる→幽霊は悪者→悪い幽霊はどこにでもいる可能性がある〉という図式が固まってしまったので、勝手に悪い幽霊を仕立て上げる癖ができてしまい、実体のないものに怯え続ける日々が始まった。

しかし、身近な人が亡くなるほど、幽霊はそんなに怖いものじゃないと感じるようになってきた。

小学3年生のとき、大好きなひいばあちゃんが亡くなった。6年前、祖父が亡くなった。4年前、祖母が亡くなった。そして、今年の4月末、叔父が50代の若さで亡くなった。

ひいばあちゃんが亡くなったときは、大好きだったのに初めて見る人間の亡骸が怖くて、複雑な気持ちで手を合わせた。ところが、あれほど幽霊を怖がっていた小学生のわたしは、ひいばあちゃんが幽霊だったら全然怖くないと思った。

いま、ひいばあちゃんが幽霊になってここに現れているとしたら、収入は少ないけど好きなことをして元気に生きてるよ、と言いたい。
大嫌いだった祖父でも幽霊なら口うるくないし、ただそこに居るくらいであれば許してやってもいい。
祖母が幽霊だったら、いつも適当な返事をしていたのが心残りなんだ、と謝りたい。
突然亡くなった叔父の幽霊には、お見舞いに行こうとしなくてごめん、と伝えたい。

聞けば、東日本大震災が起きたあと、被災地では幽霊と出会う人が増えているらしい。あの震災から9年も経っているのに、いまだに行方不明者がたくさんいる。被災地で幽霊が出た、と怖がる人もいるが、わたしは怖いとは思わない。幽霊さんが家に帰りたがっているのだ、幽霊さんが好きな人に会いたがっているのだ、と思う。

でも、やっぱり幽霊が怖い。小学生の頃に見た、あのヘビと落武者の悪霊をどうしても忘れられないのだ。いま後ろにいるかも、と勝手に感じ取り身内の幽霊を思い浮かべるが、あの頃にわたしを恐怖に陥れたヘビと落武者の悪霊をすぐ想起してしまう。

もう、いい加減、ヘビと落武者の悪霊を忘れさせてほしい。
ヘビと落武者の悪霊はわたしに取り憑いていないとは思うが、きっとわたしはこの悪霊たちに生涯悩まされるのだろう。

どうしてくれるんだ。
ある意味、ヘビと落武者の悪霊に取り憑かれたわたしを、どう祓ってくれるんだ。
記憶に取り憑いたヘビと落武者の悪霊を、霊能者たちは祓ってくれるのか。
わたしだって淳二の「こわいな〜こわいな〜」を生で聴いてみたいし、身内の幽霊との対話を楽しむ時間が充分にほしいのだ。

誰か、わたしの記憶に取り憑いたヘビと落武者の悪霊をお祓いしてもらえないだろうか。

ただし、背中や頭など身体をバンバン強く叩きながら「出てけ!出てけ!」とは叫ばないでほしい。
とにかく痛いだろうし、うるさいから。
それと変な呪文も唱えないでほしい。
たぶん笑ってしまって息ができなくなるから。
あと、お札や数珠、壺もいらない。
どうせ支払えるお金がなくて買えないから。

どうか、よろしくお願い申し上げます。

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