開発者としての松本

記念すべきnote初投稿!
CBcloudCEOの松本隆一です。まず、簡単な自己紹介から。

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コーポレートサイトからパクってきましたw
記載の通り高校生(2005年)のとき初めてプログラミングをはじめました。

プログラミングとの出会い

・小〜高校生までゲーム漬けの日々(深夜までゲームして学校を休むことも…)
・学校に行っても部活(野球)がない日は弊社社員かつ中高同級生のイソキさんと漫画喫茶でFPSの日々
・ただ、ゲームは弊社社員かつ中高同級生たいちろうさんには今でも勝てない
・ただただ悔しい→またゲーム漬け

そんなとき、、、通っていた塾の恩師から強烈な一言が!!
「ゲームに操られるぐらいならゲームを作って皆を幸せにしたらどうだ」
心にグサッと刺さったのと同時にそんな発想なかった自分に悔しく絶対に作ってやる!と心のなかで宣言したのを覚えている。

プログラミングを始めたきっかけ

ちょうど同じタイミングで塾業を営む父が困っていた。
フランチャイズ契約している予備校は当時DVDを生徒に貸し出し、受講するという仕組みだったが人気な授業は本部から購入するDVDが余ったり足りなかったり…
また、貸出業務も面倒だし紛失も起きる。
どうにか父を助けたい!その一心でプログラミングを始めた。

・Windows Server
・SQL Server
・Visual Studio (Visual Basic)
・Soft Ether (VPN)

ゲームで徹夜に慣れていた私はこれらを独学で勉強し1ヶ月でDVD要らずの校内授業配信システムを構築した。(学校にはさらに行かなくなった。行けなくなったが本当は正しい。)

プログラミングの可能性を感じるが…

こうして大手予備校の基礎システムをつくり、それが全国に展開され、大手予備校・フランチャイズ契約者・受講者、皆の笑顔を見れることにとても大きな可能性とやりがいを感じた。
同時に周りは皆そのような道に進むべきと言ってくれた。

ただ、、、どうしてもパイロットになりたいという夢を諦められず目の悪い私はパイロットに一番近い職業である航空管制官になる道を選んだ。

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夢は叶い羽田空港で航空管制を行う私(2011年頃)

妻との出会い

皆さんが思っている以上に航空管制官は体育会系である。
ある日(バレンタインデーだったのは鮮明に覚えている)先輩が「松本、一緒にスポーツジムに通うぞ」と言ってきた。
「はい」というしかないのが管制官。(今は違うと願っている。)
バレンタインデーに男2人でスポーツジムの体験に行くという苦行をこなすが帰り道「担当してくれたスポーツジムの社員と仲良くなっておいて」と先輩が一言。
これにも「はい」。それが管制官。
実はそのスポーツジム社員が今の妻である。

妻と仲良くなった馴れ初めは割愛させていただくが、お付き合いさせていただくことになって数ヶ月、妻より「父親が物流の会社をやっていてシステム化で困っているから助けてほしい」と言われた。
「困っている」というワードにとても弱い私は快諾した。

義父との出会い

2012年戸塚原宿のロイヤルホストで初めて出会ったのを覚えている。
社長と聞いていたのに、携帯電話が鳴り止まない。
電話が終わったかとお思いきや、すぐに電話をかける。
「こんな社長いるんだ」それが私の第一印象。

あとで分かったことだが、荷物を運んでほしい法人企業から電話を受けて契約しているドライバーさんにお仕事を紹介していたのだ。

よくよく聞くと、冷凍軽貨物車両の販売業を開始したことで運送に従事する多くの個人事業主ドライバーさんとの取引が増えたのだが、一方で、個人事業主ドライバーのおかける環境の悪さを目の当たりにし「お客様を助けたい」という思い一心で物流の世界に営業をかけ、車を購入してくださったお客様(ドライバーさん)に仕事を紹介しているとのこと。

「義父を助けることでドライバーさんも助かる」そう確信した私は仕事が休みの日はほぼ毎日義父と打ち合わせを行った。

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松本と義父(2013年頃)

6年ぶりの開発と現場(ユーザー)視点

何とか運送の業務を理解した私は、予備校のシステムをつくった時と同じく開発に没頭する。
スキルの再構築には多くの時間を要したが、流石に社会人も経験したので学生の時よりはユーザーの視点に立っていいものを作れるだろうという自信に満ち溢れていた。

満を持して出来上がったβ版を義父に見せる。
義父から一言「文字が小さすぎる」「これじゃ使えない」
とても衝撃だった。そして本当に使ってくれなかった。

そこで思考を停止させて義父の言うままにUI/UXを定義していった。
不思議と義父が使ってくれるようになっていった。

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構築当時の画面。現在もある運送会社で利用されている。
ダメダメなUIに見えるが、現場にとっては使いやすいのだ。

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運送の現場に従事する人は電話を片手にマウス操作することに気付かされたし、「ユーザーになりきる」それが一番大事だとわかった。

ユーザーになりきること=俗に言う当事者意識は今でも難しいと感じることが多いけど、「頭をわざと使わないモードに切り替える」言語化するとそんな感覚である。

義父の死と得られた開発の軸

2013年7月、義父より「一緒に物流を変えよう」「娘との縁が切れても私との縁は続けてほしい」と突然言われた。
単純に嬉しかった。今でもそんなこと言ってくれる人が現れるとはなかなか思えない。すぐに決断し8月末には管制官を辞めていた。
仕事が嫌だったわけではなくむしろ、今でも管制している夢を見るぐらい仕事が好きだったが求められている感と自分の可能性を突き詰めたい気持ちが相まって気づいたら決断していた。
2013年8月に結婚し準備は万全だった。
ただ、物事はそんなにうまく行かない。
新婚旅行から帰ってきてすぐの2013年9月14日義父が急死した。
酒もタバコもしない人だったので殺人も疑われ警察が捜査したが心筋梗塞との判断。54歳だった。
24時間365日電話が鳴り止まない環境にいたのだから過労死なのだろうと今でも思うし、それを助けられなかったのは後悔しかない。

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義父が亡くなった後見つけた手書きの企画書
フリーランスドライバーを助けたいという思いが20ページに渡って綴られている

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数日は何していいのかわからなくなっていたけど、やるしかなかった。
義父が亡くなっても荷主さんからの電話は途切れず、また、多くのドライバーさんの生活もあった。
それこそ気づいたら仕事していた。
荷主さんからの電話を取り、ドライバーさんに電話をかけ、ドライバーさんが足りなかったら自ら走る。帰ってきたら自分を楽にするためプログラミング。

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私が書いたコードは現在も動いているようだ

とてもいい経験だった。

・誰のための開発かが明確
・ユーザーになりきれた
・ユーザーに成長してもらう動きを必然的に求める環境が存在した

3つ目はとても大事だし、その環境を与えてくれた義父に感謝しかない。
義父が亡くなった結果、私だけで行う管理業務(妻にも仕事を手伝ってもらったが喧嘩になって結局一人でするハメに…)に省人化はマストであったがそれを達成するためには当時ガラケーしか持っていないドライバーさんにタブレット端末を持ってもらい電話と紙での報告を減らすしかなかった。
けど、義母から「高齢のドライバーさんもいる中でタブレットを強制するのは酷だから希望制にしてほしい」と言われた。
義母と戦ってしまったのを覚えている。
人がいない中での事業継続と、ドライバーさんの未来を考えれば明らかだった。強引にもタブレットを持たない人は今後お付き合いできないとまで言って全員にタブレットを持ってもらった。

結果は大成功。70代の最高齢ドライバーが一番使いこなしていた。
(今でも毎年お米とカルピスを送ってくれるドライバーさん。いつもありがとうございます。)
もちろん、彼らに使ってもらうためのUI/UXは特に突き詰めた。
皆はダサいというだろうが、それがドライバーさんの笑顔を生むのだ。

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ドライバーさんに貸与していたタブレット
ホーム画面もカスタマイズしてすぐにアプリにアクセスできるように工夫した

ドライバーさんと会話することも多かった。面と向かってタブレットやシステムについて色々言われて傷ついたこともある。
その度に、毎回なぜこのプロダクトを作ったんだっけと回想した。

・開発はユーザーの笑顔のために行うべき。それを忘れない。
・開発をする上では誰よりもユーザーになりきるべきだし、また多くのユーザーを知っているべき。
・楽な成長はない。ユーザーの大きな成長と笑顔のためなら短期的に報われない決断も断行するべき。
・開発に限界はない。

義父から頂いた、私が考える開発の軸である。

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現在のPickGoドライバーアプリは私が2015年10月27日につくったようだ

さいごに

今、CBcloudでは私の原体験から「届けてくれるにもっと価値を。」というビジョンを掲げ、物流を支え、決してかけてはならないドライバーさんや現場の方々の価値を可視化し、さらにその価値を最大化すべく日々取り組んでいます。
今日も、今も、ドライバーさんが物流を支えてくれているから私達は豊かに生活できているのです。多くのドライバーさんの笑顔を見るため、これからも私達は取り組み続けます。
ドライバーの皆さん、物流に従事する皆さん、そして共にビジョンを達成しようと奮闘してくれているCBcloudの皆さんいつもありがとうございます。皆さんの笑顔のために努めていきますので、これからもよろしくお願いいたします!!

創業期

2016年オフィス(義父の家の2階)にて撮影

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