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経済学のビジネス活用から社会実装へ

はじめまして、石川竜一郎(@mxb02762)です。大学で経済学を教える傍ら、SciDe Lab 株式会社ファウンダー兼取締役を務めています。SciDe Lab.は、経済学を用いて社会問題の解決を行うために立ち上げられました。

昨年(2020年)頃から一部界隈で、経済学を社会実装するための取り組みが盛り上がっています。「社会実装」という言葉自体は深層学習でブレークスルーがあった10年ほど前から叫ばれています。一方で、経済学の社会実装、もしくは下記でお話しする「マーケットデザインの社会実装」が言われ始めたのは昨年からではないでしょうか。

この投稿では、こうした経済学の社会実装とはどのようなものかを紹介し、そのなかでSciDe Lab. が何に取り組もうとしているかについてお話しいたします。

経済学は実装できない⁉︎

以前から「経済学のビジネス活用」というフレーズで、GAFAなどのテック企業での経済学者の雇用が話題になっていました。「経済学の社会実装」は、その流れをくんだより大きな潮流ではないかと思います。

2020年のノーベル経済学賞が、オークション理論に貢献した二人の経済学者に授与されたことが一つの象徴です。賞が授与された二人の経済学者は、自身の研究を用いて、周波数オークションと呼ばれる携帯電話などに用いる周波数免許の割り当てのためのオークションを設計し、米国政府に多額の収益をもたらしました。経済学の社会実装が必ずしも収益の大きさで測られるわけではありませんが、大きな話題となりました。

とはいうものの、経済学の社会実装というのは少しおかしな言葉です。経済学は私たちの経済活動の仕組みを理解するための学問であり、経済政策の策定などではすでにそれなりの貢献があります。また社会実装という言葉も、その代表である人工知能やデータサイエンスなどをイメージすると、もうすこし具体的で個別の問題への対処が求められる語感があります。たとえば、どのような業界でどのタイプのデータが得られるかで、実装するアルゴリズムやデータ分析の手法も異なるでしょう。国や自治体などの政策へ指針を与えてきた「経済学」と、個別の問題を多様な手法で「社会実装」する二つを結びつけるには少しギャップがあります。

この意味で経済学の社会実装とは、理工系が中心的だったこれまでの取り組みに経済学も参入します!という宣言的な言葉として捉えるべきです。実際データ分析に関しては、経済学の一分野である計量経済学において因果推論の手法も進み、経済学の社会実装が叫ばれる以前より実質的な参入を行っていたとも言えます。こうした手法を基礎に、東京大学では早々とUTEconという名のコンサルティング会社を設立しています。

しかしここで注目したいのは、必ずしもデータドリブンではなく、経済理論やゲーム理論から発展した「マーケットデザインの社会実装」です。前述のオークション設計もこうした新しい社会実装の一角を担っています。

マーケットデザインとは

「マーケットデザイン」とは、ゲーム理論を応用し価格のない(もしく価格づけが難しい)商品や人材を適切に取引するための場(マーケット)を構築するための処方箋を与える分野です。市場がないところでは、商品や人材はその場のカンや習慣、極端な場合にはヤミ交渉で取引されます。そのような根拠のない取引は、多くの場合で社会にとって望ましくありません。また、その問題は個々の組織や地域特有の経緯に起因することが多いのです。

マーケットデザインの理論では、そうした個別の問題に対処可能な処方箋を提示する枠組みが研究されています。マーケットデザインの教科書として定評のあるハーリンジャーの「マーケットデザイン」を紐解くと、この分野がオークション理論とマッチング理論に分けられていることがわかります。前者は価格がない取引で適切な価格づけを行うための理論、後者は価格づけができない取引で価格をつけることなく適切な配分を行うための理論と考えるとわかりやすいかと思います。

集合知の社会実装:マーケットデザインを超えて

このようなマーケットデザイン理論に基づく社会実装はもちろんですが、SciDe Lab.では別の視点からの社会実装も目指しています。そのコンセプトの中心にあるのが、社名の中のciが意味する「Collective Intelligence (集合知)」です。

SciDe Lab.は、Speculative Collective Intelligence Design Laboratoryを縮めてできた名称です。Anthony DunneとFiona Rabyが唱えるSpeculative Designのように社会に問題を提起しながら、集合知によって解決していこうという思いがその根底にあります。

集合知という考え方自体は、決して新しい考え方ではありません。「三人寄れば文殊の知恵」とも言われるように、複数の人々が集まることで互いを補い、良い考えがうまれ、問題解決につながることは以前より至る所で言われていました。私の専門である経済学でも、市場取引で用いる価格は人々の売買意欲を集約した情報だと考えられています。また経済学や政治学の一分野である投票理論においても、多数決をはじめとするいくつかの選択/選出ルールは投票者の意見を集約するためにあります。

しかし近年の集合知は、より広い意味で用いられています。情報技術の発達で知識や情報の集約が行いやすくなったためです。特に次の二つが特徴的ではないでしょうか。一つは個々人から集約された知識や情報は整理されたのち、個々の文脈に応じたフィードバックが可能になりました。こうした例としてWikipediaや推薦エンジンが対応します。もう一つは、同じトピックにも関わらず、異なるコミュニティーから多様な集合知が構築されるようになりました。

もちろん異なるコミュニティーから異なる集合知が生じることは以前よりたびたびみられます。例えば各政党が政策に対して意見を異にするというのはその典型です。しかし現在の情報源であるインターネット上のつながりをみると、そこまで強固な組織が形成されるわけではありません。個々人が自生的でアメーバのように変化するネットワークのなかで、その場に応じた多様なコミュニティを往来し、意識せずとも集合知が形成されうるのです。認知科学でいう分散知と似ていますが、個々人が複数の柔らかいコミュニティを行き来できる柔軟性がここでは重要です。

さてこうした多様な集合知を扱うために、ゲーム理論が役に立つのでしょうか?答えはもちろんYESです。ゲーム理論は人々のインセンティブを扱う分野です。集合知の精度をあげ、コミュニティに適切な知をフィードバックするためには、個々人に正確な知を提供するインセンティブを与え、それを適切にコントルールする制度の設計が必要です。近年の経済学では、情報デザイン理論として研究が進められています。こうした成果を集合知形成に応用することが重要です。

最後に:SciDe Lab.で創る集合知

こうした拡大した集合知を我々はどのように獲得できるでしょうか?ポイントは二つ考えられます。一つは集合知の質をあげるために、個々人の知識が表出するコンテキストを丁寧に収集・分類することです。文脈依存型推薦エンジン(Context based recommendation system)などの研究が進んでいますが、自然な流れだと思います。SciDe Lab.でも文脈に応じたいアンケート調査の考案を進めています。

もう一つは、インターネット上の柔軟なコミュニティ変化の特徴を的確に捉え、その変化に応じてどのような集合知が形成されているかを把握することです。私自身は株式会社Gaudiyのコミュニティサイエンス顧問を務めさせていただいている関係から、ブロックチェーンを利用してこうした特徴の把握と良いコミュニティの形成に寄与できればと考えています。

今後、こうした社会実装に必要な経済学や集合知について、みなさんにお伝えできればと考えています。

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