第44話 ダブルワーク


夜の世界にハマって飲み歩くようになってから、みつおは金遣いが荒くなっていた。
飲み代が無いと、前借りをするようになっていたので、給料日になっても半分は前借りで引かれていて、その月もお金が無くなると前借りをするという悪循環になっていた。

そんな時に、東京で一緒だった友達が沖縄に帰ってきた。
最後に居候をして、湘南に遊びに行った友達である。

家に電話すると、たまたまその友達が出たので、家の場所を聞いて遊びに行くことにした。

「おぉ、久しぶりだな、いつ帰ってきたの?仕事は?」

「2ヶ月前に帰ってきて、今キャディのアルバイトしてるよ」

「キャディ?ゴルフ場の?」

「うん、終わった後自分でも回れるから面白いよ」

「面白そうだな」

キャディは、1回ラウンドで5,000円、早朝スタートと昼スタートを2回やれば10,000円になるという。

みつおは興味を持って聞いてみた。

「俺もバイトできないかな?」

「できるよ、人手不足だから喜ぶはずよ、紹介するか?」

「うん、お願い」

最近金欠病なので、しばらく飲みに行くのをやめてバイトしようと思っていたのでちょうど良かった。

早朝からなら、店が終わって一旦家に帰ってから出かけたらちょうだ良い時間である。

紹介してくれるというので、さっそく次の日に面接に行った。
面接といっても、簡単な説明と連絡先など記入をして登録しただけである。
後は出れる日に朝早くきて待っていれば順番にカートの乗って待機し、お客様が決まったらそのグループのゴルフバッグを探してセットし、スタートホールで待機してスタートするのである。

初めは戸惑ったが、1日やるとすぐに慣れて次の日からは自分で準備できるようになった。
最初の一週間は毎日通ったのだが、さすがに夜の仕事の後のキャディはキツかったので、週に三回くらい出勤するようにした。

ゴルフはやったこと無かったが、そこのゴルフ場は常連客ばかりなので、細かいことまで要求される事はなかった。

「キャディさん、ここからだと残り何ヤードくらいかな?」

と聞かれても

「そうですね、あの大きな木が200ヤードの地点なので、それを目安に計算すると…」

そこまで言うとお客様が勝手に判断して計算してくれた。

「ここはどのクラブがいいかな?」

と聞かれても

「残り120ヤードくらいですね」

と教えてあげると、勝手にクラブを選んでくれた。

「キャディさん、7番と8番持ってきて」

「はーい」

そこでは、アドバイスをするキャディではなくて、言われた通りのクラブを持っていくのと、打った球の方向を見るのが大きな仕事だった。

しかし、曇り空だとボールの行方を見届けるのは難しかった。
白いボールは雲と重なって見づらいのである。
大体飛んだ方向に走っていってボールを見つけるしかない。

それ以外は難しいことはなく、なるべく動かなくていい位置でボールを見るとか、丘越えの場合は丘のてっぺんの近くの隠れ場所から見たほうがいいとか、ベテランのキャディさんに教えてもらいながら徐々に慣れていった。

キャディをやっているといろんな事件が起こった。一番ビビったのは、どこかのチンピラのコンペの時である。
普通にやっていれば問題ないのだが、そんな時にやらかしてしまうのがみつおである。

「おい、ピッチングウェッジはどこだ?」

「えっ?」

クラブが一本無いこと気がついた。

「お前、さっきの所から持ってきたか?サンドウェッジとピッチングウェッジを持って行って、ピッチングウェッジを置いてサンドウェッジを使っただろ」

「あーーー、すみません忘れました。すぐにとってきます」

「はー?お前なめとんのか?今使うのにどうするんや?お前、しょうがねぇな、とりあえず9番かサンドで打つからすぐに取ってこい!これで負けたらお前、ただじゃおかないからな覚えとけよ」

チンピラはすぐに脅すから嫌だ。
しかし、もう逃げられないので覚悟を決めるしかなかった。

その後はビビリながらも何とか最後のホールを周りきった。
そのまま挨拶をして、そーっとその場を立ち去ろうとしたのだが…

「おい」

さっきのクラブを忘れて怒っていたチンピラに呼び止められた。

(ヤバイ、殺される)

ビクビクしながら振り向くと

「お前、運がいいな、今日は勝ったよ、次からは気をつけろよ、とりあえず今日は儲かったからチップやるよ」

と言って千円を手渡してくれたのだった。
通常はコンペという大会があって、スコアを集めて集計した結果、誰が優勝かを発表するのだが、チンピラのゴルフはそんなものではなく、直接4人でお金を賭けてやっているので、最終ホールをまわった時点で誰が勝ったのか分かるのである。

聞くところによると、ヤクザは何百万円も賭けることもあるそうで、プロゴルファー並みに真剣勝負なのである。
とにかく無事に終わってホッとしたのだった。

また別の日にはゴルフに付き物の事故も目撃したことがあった。

ヘタクソなグループだったので、みつおはボールを探すために走り回っていた。
そして、まだオッケーを出していないのに、打ち始めたのである。

「まだダメです!」

と声を掛けた時には遅かった。
素振りをした後直ぐに打ってしまったのである。

「あー!あぶない!」

大声を出したが間に合わなかった。
前の組の人の頭を直撃したのである。
距離は100ヤードくらいの所だった。
ふわっと上がった軽く打ったボールが、その人の頭に直撃し、その後ゆっくりと倒れたのである。

みつおは直ぐに緊急電話から救急車を要請した。
しばらくして、タンカーで運ばれていく様子を見ながら、みつおはオロオロしていた。
打った本人ではないが、キャディの責任である。

幸い軽い脳しんとうで済んだとの報告を受けてから安心したのだった。
その後、報告書を書いて提出した。

「確かに走り回って忙しいかもしれないけど、充分に注意してくださいね、合図をするまで絶対に打たないように何度も言わないと、みんな早く打ちたいから自分の判断で打とうとするので危険ですよ」

説教をされただけで済んだのだった。
その日以来、この件を話しながら

「先週も僕が見てない隙に打った人がいて、前の組の人の頭を直撃したんですよ、だから絶対に僕が合図を出すまでは打たないでくださいね」

と言うと、みんなビックリするので言うことを聞くようになった。

そして、もう一つの出来事は今でも鮮明に映像を覚えている感動の瞬間だった。

そこは丘の上からの打ち下ろしのパー3のホールだった。
前の組が完全にグリーン上からいなくなるのを確認して合図をだした。

一人目は手前のバンカーへ
二人目はグリーンを転がってグリーンからこぼれた。
そして三人目

「ナイスショット」

お決まりの言葉をかけてボールの行方を見守った。
旗の手前に落ちて転がったのは確認できたのだが、突然にボールが消えたのである。

「えっ?どこ行った?」

一瞬誰もが不思議な感覚に見舞われた後

「入った!」

「えっ?」

そんな事は誰も想定していなかったので、ボールが消えたとしか思っていなかったのだが、入ったのである。

「ホールインワンでーす」

みつおは慌てて大きな声で宣告した。
それを聞いて後ろの組も見に来て

「何、マジで入ったのか?」

「そうなんですよ、ナイスショットだったのに突然にボールが消えたんですよ」

「おーーすげー」

みんなで感動の声を上げていた。

「おい、お前ゴルフの保険に入っているのか?」

後ろの組の人がホールインワンを決めた人に聞いている。

「もちろん、入ってるよ、まさかこんな事で使うとは夢みたいだな」

後ろの組も同じコンペのグループだったので

「よっしゃー、じゃ今日は宴会だな」

とみんなで喜んでいた。
みつおには意味が分からなかったが、後から他のキャディさんが教えてくれた。
ゴルフの保険に入っていると、ホールインワンが出るとだいたい四〇万円くらい貰えるのだそうだ。なぜなら、ホールインワンを出すとそのコンペの人全員にお祝儀と宴会でお金を使うからである。

「あい、よかったさ、金城さんもお祝儀もらえるよ」

後ろの組のキャディが教えてくれた。
終了した後、バックヤードにゴルフバッグを戻そうしているときに、先ほどのホールインワンを出した人がニコニコしながらみつおの所にやってきて

「今日はありがとうね」

と言ってお祝儀袋を手渡してくれたのだった。

「ありがとうございます」

と受け取り、後から覗いてみると、何と一万円札が入っていたのだった。

それは思わぬ副収入だった。
ヤクザの時みたいに、お祝儀といっても千円くらいと思っていたので、十倍嬉しかった。

そんなこんなで、キャディの仕事は楽しかったのだが、夜の仕事が忙しくなると朝までの営業が続いたのでキツくて行かない日が続いて、ついにはやる気がなくなってしまったのだった。

そしてまた飲み歩く日々が続いたのだが、やっぱり行く先が不安になり、もっと楽なバイトを探そうと思ったのだった。
仕事前に、五番街の向かえにあるA&Wでアルバイト情報誌とにらめっこしていた。

「お、これならいいかも」

見つけたのは、国際通りにある天ぷら専門店だった。
やったことはないが、お店でおつまみを作ったりするので、フライパンとか包丁の使い方は慣れていたから大丈夫だと思ったのである。

そこも忙しかったので、

「じゃ、明日から来て」

と、面接の後即採用だった。

そこは、朝8時からお昼の2時までの仕事だった。
夜の店が終わったら、速攻で帰って少し寝てすぐにバイトに行く感じだった。
毎日はキツイので、お店が忙しい金土日の3日間だけ入ることにした。

次の日からまた違う生活が始まったのだった。

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