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奇跡の人と呼ばれた非凡な教育者でさえ「天職に就いている自覚」はなかった _feat.アン・サリヴァン<やりたい仕事編#1/3>

やりたいことがない。夢が見つからない。天職にどうすれば出会えるのだろう? 

「誰もがやりたいことを見つける・追求することが良いこと」と考えられがちないまの時代、やりたいことが見つからない自分は何かが足りないのではないか。そう考える人も少なくないようです。

キャリアや転職の相談を受けることがあるんですが、「やりたいことがない」と悩み悶々としている人も多いように感じています。

それが天職であるかの自認は難しい

実は、天職かどうか自認するのは難しいこと。やりたくて始めたわけではない仕事であっても向いていてものすごい成果を出すことがあること。これを歴史の事例から導き出せます。

そのケーススタディとしてわかりやすいのは、家庭教師のアン・サリヴァンです。

「見えない」「聞こえない」「話せない」のハンディーキャップを抱えながら活躍したヘレン・ケラーをつきっきりで教育し、才能を開花させた人です。

盲ろう者が教育を受けること自体がほとんど整備されていなかったなかで、ヘレンとサリヴァンは二人三脚で言葉と知性を獲得し、ハーバード大学に合格・卒業する前人未到の結果を出しました。「サリヴァン先生」の愛称で日本でも広く知られる偉人ですよね。

興味深いのは、サリヴァンのように圧倒的に優れた成果を残した人でさえ、渦中にいた時は弱音も吐いているし、自分に務まるか不安の中にいたことです。

この仕事に自分は向いていない、自分にこそ教育者がいてほしいと心もとない状態で進んでいるところがありました。

職業選択理由は「稼ぐため」だった

そもそも、サリヴァンがヘレンの家庭教師に就いたのは、自分が生活していくため、稼ぐためでした。幼いころに母親を亡くし孤児院で育った彼女は頼れる家族も親戚もおらず、自活していかなければなりませんでした。

ただ、視覚に障害があったために通ったボストン郊外にあるパーキンス盲学校を首席で卒業するほど優秀な頭脳がありながら、就ける仕事は多くありませんでした。学校を卒業したサリヴァンは寮母さんの家に居候をさせてもらっていました。

そんな状況で持ちかけられたのがヘレンの家庭教師でした。その職は高給で、住まいも保証されました。「仕事ができるのだったらさせてほしいと思って引き受けた」とサリヴァンは著書に残しています。当時のサリヴァンは学校を出たばかりの20歳で、”新卒”での仕事でした。

最初から大きな慈善の気持ちがあったとか、使命感に燃えていたとかではなかったんです。

ヘレンをどう教育していったか?

そんなサリヴァンでしたが、彼女とヘレンの交流は「最高の教育」でした。
目が見えない、耳が聞こえない、しゃべれない。だからモノには名前がついているという言葉の概念も知らない。学校を出たばかりの20歳の女性が、光と音が失われた状態で生活する盲ろうの少女とどう距離を縮め、教育をしていったのか?

サリヴァンがした偉業を追っていきましょう。

盲ろうで知性を習得した先駆者に学ぶ

家庭教師の職を引き受けたサリヴァンは、まず、ヘレンへの教育の土台を数カ月かけて勉強します。

大きかったのは、ヘレンと同じように乳児で視覚と聴覚を失うも、点字や、指の形でアルファベットをつづる指文字を習って言葉を身につけ、書物を読めるまでになったローラ・ブリッジマンという女性に直接学びに行ったことです。

ヘレンの家庭教師の話が舞い込む以前から、サリヴァンはローラと交流がありました。50代の後半だったローラがたまたまパーキンス盲学校で働いていたことには運命を感じます。

サリヴァンは、ローラの生きた技能としての指文字による会話を経験したと同時に、指文字の習得によって知性を身につけられるとローラ・ブリッジマンの存在で目の当たりにしたわけです。サリヴァンがローラに会えていたことは、視覚と聴覚を失っても教育ができることへの大きな希望になっただろうと思います。

ヘレンへのお土産DOLLを指文字で伝える

サリヴァンに初対面したヘレンは、自由奔放でわがままし放題の7歳でした。サリヴァンが手にしていたかばんを勝手に奪い取って中身を出すという、まるで動物です。

サリヴァンのバッグに用意していたプレゼントの人形をヘレンが手に取ったとき、サリヴァンはすかさず自分の手を握らせて“DOLL”と指文字をつづりました。「これは人形(DOLL)というんだよ」と。

手遊びだと勘違いしたヘレンは、そのまま指の形を真似て「DOLL」と応じます。次にケーキを取ってきて食べさせて「CAKE」とつづる、カードを渡して「CARD」とつづる。ヘレンはおもしろがって真似し返すと褒められます。

ただ、ヘレンはそれが単語であることは知らないし、物に名前がついているという概念もないから何のことかまったくわかっていません。

サリヴァンはこの指文字によるコミュニケーションを続けました。

必要なのは同情ではなくしつけ

ヘレンやヘレンの両親に会ってサリヴァンが最初にしたことは、ヘレンを甘やかさないことでした。ヘレンの自立のために必要なのは、同情ではなくて厳しいしつけであると考えました。反抗しても意味がないとヘレンに自分を信頼させて従わせる。教育はその次だと確信しました。

ただ、サリヴァンがいくら厳しくしても家の人が甘やかすので、自分とヘレンの2人だけで生活をさせてほしいと両親に打診し、条件付きで許しを得ます。

この両親に出した提言は、すごい覚悟です。出会って早々の段階で、雇い主である両親(いわば、クライアント)の意に沿わないことを強い意志を持って実行できる人は多くないはず。仕事をすること自体が初めての20歳という立場で、です。

離れの母屋に2人だけで暮らすようになり、ヘレンは少しずつサリヴァンの言うことを聞くようになります。態度も落ち着いていき、単語もどんどん覚えていきました。

すべてのものに名前があると知る

サリヴァンがやって来て約1カ月後、サリヴァンたちが運命の日と呼んでいる1887年の4月5日に、ヘレンは手のひらを流れる物質としての「水」と、言葉としての「ウォーターとの関係を理解します。

この世の中のすべてのものに名前があることを知り、興奮したヘレンは「これは?」「これは?」と次々に指さします。サリヴァンは指文字で返し続けました。

抽象概念はどうやって理解するのか?

身体的動作を伴わない動詞や、形のない抽象的なものについてもサリヴァンは教えていきます。

ヘレンが作業中に何か考える仕草をした時にすかさず「think」を指文字で伝えたり、6匹生まれた子犬に「dog」「puppy」などをつづりながらひときわ小さい子犬に「very small」と伝えて、ヘレンが「ではこれはvery 〇〇か?」「これもvery 〇〇?」とやりとりによって比較の概念を伝えることをしていきました。

手に触れられるものはすベて教材で、サリヴァンは1日中ヘレンの手に指文字をつづっていました。気の遠くなるような繰り返しが必要な教育であったことは想像に難くありませんよね。

さらに尋常じゃないのは、ヘレンが触れている、感じているその瞬間に間髪入れずに指文字にしたことです。

ヘレンの関心が最高潮で即レス

ヘレンが質問をしてくる時、その関心は最高潮になっていると考えていいですよね。サリヴァンはその瞬間に応じられるようにしていました。「あとで答えるね」「いまはこっちの話ね」ではなく瞬間、瞬間で勝負していました。

子どもが経験的に知っていることであれば、それを教えることは簡単である。サリヴァンは、そう残しています。言葉よりも経験のほうが圧倒的に大事で、経験さえしていればそれを伝えることはできると。

子ども自身が自分で体験し、その関心が一番向いた時にもっとも取得性が高まる。その瞬間の機を逃さず教える。それがサリヴァンでした。関心がなくて経験がないことを、いくら言葉を駆使したところで子どもの中に入らない。教育の本質だと思います。

それをサリヴァンは早々につかんでいました。繰り返しますが、まだ20歳の若者ですよ。サリヴァンの教育によって、ヘレンは抽象的な概念も習得して文章も獲得していきます。

クリスマスを家族で祝える幸福

抽象的な言葉も理解したヘレンに対して両親がもっとも喜んだことは、わが子が「クリスマスの概念を習得したこと」だったそうです。

1年に1度の盛大な祝祭を一緒に祝いたくても、それまではサンタクロースの存在や、サンタクロースから贈られるプレゼントという概念を共有することができませんでした。

それが初めて、家族で認識をそろえてお祝いができるようになったわけです。

娘が渡されたプレゼントを楽しげに開けているとき、父親は言葉にならないぐらいの感動だったそうです。

サリヴァンの仕事観が変化していた

このころには、サリヴァンの仕事に対する想いは大きく変わっていました。

「毎日仕事がおもしろくなっていて、私は夢中になっています」
「世の中でこれほど自分の仕事を楽しんでいる人はいない」

こんなふうに手紙に書いています。「ヘレンのことがとてもかわいい」ともたくさん残しています。

自分に務まるかどうか不安の中で、自分ではその適正もないと思いながらも真剣に取り組んでいたら手応えをつかんできた。どんどん仕事がおもしろくなっていったのでしょう。やっているうちにやりがいも感じていきました。

客観的に見れば、最初の時点からサリヴァンには家庭教師の適正があったとは思いますけどね(笑)。

アン・サリヴァンは、ヘレン・ケラーの才能を開花させたことはもちろん、その成果によって障害のある子どもに教育をすることの重要性、可能性をこの世界に残した偉大な家庭教師です。そんな彼女でさえ、最初はやりたい仕事ではなかったし自分の生業が天職であると思えるまでにタイムラグがありました。

サリヴァンさえも不安と迷いのなか進んでいた。そんな歴史の事実を知ると、励まされませんか。




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このnoteでは、歴史を学ぶことで得られる「遠さと近さで見る視点」であれこれを語っていきます。

3000年という長い時間軸で物事をとらえる視点は、猛スピードで変化している今の時代においてどんどん重要になってきます。何千年も長い時間軸で歴史を学ぶと、自分も含めた「今とここ」を、相対化して理解できるようになります。

世の中で起きている経済や社会ニュースとその流れから、ビジネスシーンでのコミュニケーションや組織づくり、日常で直面する悩みや課題まで、解決できると僕は信じています。

人間そのものを理解できたり、ストーリーとしての歴史のおもしろさを伝えたくて、歴史好きの男子3人で『COTEN RADIO(コテンラジオ)』も配信しています。PodcastYouTubeとどちらからでも。あわせて聴いてもらえたらうれしいです。

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編集・構成協力/コルクラボギルド(平山ゆりの、イラスト・いずいず

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株式会社COTEN 代表取締役。人文学・歴史が好き。複数社のベンチャー・スタートアップの経営補佐をしながら、3,500年分の世界史情報を好きな形で取り出せるデータベースを設計中。