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どうすれば幸せになれるのか?:グッド・ライフ―幸せになるのに、遅すぎることはない

どうすれば幸せになれるのか――この問いは、古代から現代に至るまで、一般市民から哲学者に至るまで、人類を虜にしてきた普遍的な問いです。アリストテレスは人間の目的を「幸福(よく生きること)」だとしましたが、その幸福の内容理解は人によって大きく異なり、富・名誉・快楽を幸福として挙げる者もいると『ニコマコス倫理学』で指摘しています。現代でもそれは変わらず、大金持ち、社会的地位の高い者、自由気ままに快楽に溺れる者を幸せ者だと見なす人は少なくありません。しかし、それは科学的に正しいのでしょうか?

ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著の『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』という本では、主観的・経験的に解釈されがちな「幸福」という分野を、最も科学的なアプローチで紐解き、幸福の条件を定義しています。本書は「ハーバード成人発達研究」という、1938年から現代まで、被験者1300人以上(3世代に渡る)に及ぶ大規模な縦断研究(一人一人の人生を追跡&観察分析する手法)結果と、ハーバード以外の幸せに関する様々な研究論文(女性、LBGTQ+、有色人種等多種多様な被験者を対象とした研究)を元にした、一般向け書籍の中では最も科学的に信用できる内容です。本書曰く、どのような境遇の人であれ、どんな地域に住む人であれ、幸福の条件として最も重要な大原則を、科学はしっかりと浮かび上がらせています。

健康で幸せな生活を送るには、よい人間関係が必要だ。以上。

『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』18ページ

お金も、社会的地位も、快楽も、幸せには寄与しません。家族、友人、職場、近所、あらゆる領域において、友好的な人間関係を育むこと。これが最も幸せに寄与するというのが、著者の主張であり、科学的結論となります。裕福な家庭でエリートコースを歩み、社会的地位の高い職業に就き、お金持ちになったとしても、人間関係が上手く行っていなければ不幸になり、逆に、子供時代から苦悩に満ち、貧困に苦しんでいても、人間関係が上手く行くようになればいつでも幸せになれるというのです。だからこそ「幸せになるのに、遅すぎることはない」。

他者との交流の頻度と質こそ、幸福の二大予測因子である。

『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』125ページ

人間関係が身体に与える具体的な影響も紹介されています。最近の研究によれば、高齢者にとって孤独感は肥満の2倍健康に悪く、慢性的な孤独感は1年あたりの死亡率を26%も高めるようです。逆に、親密なパートナーと手を握るだけで、軽度の麻酔薬と同等の痛覚・不安の軽減効果があることが確認されています。更には、晩年の健康状態の予測因子として、コレステロール値よりも50歳時点での結婚生活の幸福度の方が優れているという事実も判明しています。健康だから人間関係が上手くいくのではなく、良い人間関係に恵まれていると健康になっていくと研究は示しています。

なぜここまで人間関係が重要なのか?これは単純な1つの事実、ヒトは集団を形成する動物であり、その集団で生存競争に勝ってきたという、遺伝子に深く刻まれている事実が、その答えになります。孤独でいることは、自然界ではすぐ死に直結するが故に、多大なストレスホルモンが分泌されます。ストレスが過剰に分泌されれば、心身共にボロボロになっていきます。人間関係が破綻すると孤独を感じやすくなり、脳内のストレスホルモンが急増して、どんどん不幸と不健康になっていくわけです。アリストテレスは人間のことを「ポリス(都市国家)的動物」だと表現しましたが、それは的確な表現だったと言えるでしょう。

おそらく皆さんも、経験的に上記の学説に納得される部分があるのではないでしょうか。これまでの人生を振り返ってみた時に、人生の浮き沈みの相当程度は人間関係が関与しています。幼少期は親や兄弟との関係、学生時代は友人や恋人との関係、社会人になると配偶者や同僚との関係…。新たな出会いはワクワクしますし、元恋人との喧嘩や別れは世界がひっくり返ったかのようでした。その絶望の中でも、友人が励ましてくれれば世界は明るくなりました。仕事上のトラブルも、同僚と愚痴や冗談を言い合いながら取り組めば、明るい気持ちで課題に対処できました。

究極的に、どんな危機にも立ち向かえる防波堤になるのは、1つひとつの瞬間に対する生き方であり、人生、生活の中で出会う人―家族、友人、地域社会の人々―とのつながりだ。

『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』359ぺージ

悪い人間関係は猛毒ではありますが、良い人間関係は苦境に対する最強の防波堤になります。そういう意味では諸刃の剣と言えるかもしれませんが、ここを避けては永遠に幸せにはなれません。人間関係には課題が付き物ですが、その課題に真正面から取り組むことが、むしろ地盤固めとなり、後々には幸せになると本書は力説します。課題があるからといって人間関係を安易にブロックする人は、自分の身の振り方を再考しない限り、幸せになることはできない、ということなのでしょう。

結局のところ、人間関係においては、直面する問題そのものよりも、問題にどう対処するかが重要だ。

『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』233ぺージ

まだまだ本書には紹介すべき興味深い事例やエピソードも盛り沢山ですが、そろそろ以上にしたいと思います。結論は最初に引用した通り、幸せになれる最も決定的な要因は「よい人間関係」しかありません。すると、SNSやリモート、個人主義が過度に発達した現代では、最も幸せになりにくい時代とも言えるかもしれません。どうしても地理的な距離がある場合は上記テクノロジーが人間関係を維持するポジティブな側面もありますが、やはり物理的な接触に勝るものはなく、テクノロジーに依存すればするほど不幸になり得ます。コスパやタイパは空虚なものであり、泥臭い人と人の繋がりにこそ、人間の本質があるのです。このことは、私自身もしっかりと肝に銘じておきたいと思います。幸い、私は現時点では、妻・家族・友人と、極めて良好な人間関係に恵まれていますが、ギリシャ研究にリソースを割きすぎず(人間関係よりもギリシャを優先しがちですが…)、しっかりと人間関係を育んでいきたいと思います!笑

幸せな人生とは道そのもの、道をともに歩く人たちそのものだ

『グッド・ライフ:幸せになるのに、遅すぎることはない』360ぺージ

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