『未来断捨離』 #毎週ショートショートnote
「あなたの未来、断捨離しませんか」
怪しげな看板をでかでかと掲げた怪しげな店が、市内の大通り沿いにできたのは最近のことだった。
そのうさんくさい雰囲気とは裏腹に、連日行列が止まないほどの大盛況を呼んでいるので、たまたま部活が早く終わった日に、滑り込みで行ってみることにした。
「お名前は」
「大河です、宍戸大河」
「大河様は高校2年生でいらっしゃいますね」
「はい」
「そろそろ受験も考える時期。悩みも多いことでしょう。志望校は決まっておられますか?」
「いや、まだ悩んでて」
「今、大河様には複数の選択肢がありますから、当然といえば当然です。しかし、ご安心ください。当店が、そんなお悩みを一瞬で解決してさしあげましょう。学生さんで、初回ですから、うんとお安くいたしますよ」
「えっ、ほんとですか」
「ええ。ささ、どの未来がよろしいですかな」
担当のおばさんが提示した未来には医者や政治家、YouTuberにバックパッカー、フリーターなど無数の選択肢があった。
「あの、これって」
「全て、大河様の未来でございます」
「どれを選んでもいいんですか」
「ええ、もちろん」
それぞれの未来の横には何やらパーセンテージが書かれている。
「この数字って」
「そちらはその未来が実現した場合の大河様の幸福度を示しております」
「幸福度......」
ミュージシャンやモデルなど華々しい職業は意外にも幸福度が低い。一方で、警官や消防士といった安定した職は比較的幸福度が高いようだった。
「そしたら、これを」
「かしこまりました。お題は500円をいただきます」
支払いを済ませると、別室に連れて行かれ、誓約書を書かされた。頭に変な機械を取り付けられた後、おばさんは言った。
「宍戸大河様の無限の未来よ、どうか只一つに収束したまえ」
すると、機械はぐるぐる回りだし、ライトが数回点滅した。けれど、それだけだった。
「ただ今より宍戸大河様の未来は只一つに定まりました。もう未来に思い悩む必要はございません。どうか安寧のあらんことを」
断捨離はそれだけで終わってしまった。とんだインチキだったなあと思いながら家に帰る。一体、なぜあんなにも人気なのだろう。この世も末かなあとため息をつきながら、リビングのテレビをつけると、戦争についての特番が流れていた。
凄惨なものだった。こんなにもぬくぬくと暮らしている自分が恥ずかしい気がした。世界平和というものが、真に迫って感じられたのはこの時が初めてのことだった。
(*)
それから20年が経つ。未来断捨離はあれから瞬く間に普及し、今や郵便局よりも多く店を構えているらしい。
高校卒業後、私は軍に入隊した。初めて未来断捨離をしたあのとき、もっとも幸福度の高かった兵士を選んだのだから、その通りの未来になっている。
最初は半信半疑だった。けれど、次第に確信した。私は、兵士になるために生まれてきたのだと。すると、自分が何をやりたいのか、どう生きたいのかさっぱり分からず、それまでずっとモヤモヤしていた心が、ウソみたいにすっと晴れたのだった。
私は、思うことがある。世界はある時点で自由になりすぎたのではないかと。あまりに自由過ぎると、私たちはかえって何もできなくなる。何でも出来るがゆえに、何がしたいか分からなくなり、そんな現状にただただ焦って追い詰められてしまう。
人にはきっと"使命"が必要なのだ。ただ、それだけに専念してもいいのだという免罪符が。
友人はみな、未来断捨離で行く末を決めた。職業も、恋人も、結婚も、出産も、全部断捨離で決めてしまえば迷うことはない。子どもは増え、経済は上向き、社会は随分とよくなった。
「宍戸大河様、こちらへ」
「パパ、呼ばれてるよ」
「ああ。ママ、海人を頼む」
私もまた、恋人、結婚、出産、子どもの名前に子どもの進学先まで、あらゆる未来を断捨離してきた1人だった。そして今日、最後の大決断をする。
「ささ、どの未来がよろしいですか」
あの時と同じように、目の前に無数の未来が広がる。私は迷わず、それを選んだ。
「お国のために、この命をささげます」
ーーーーー
あとがき
深夜、夏の夜の寝苦しさにX(Twitter)を見ていたら、ふと楽しそうな企画が目につき、それからするすると頭の中で物語が流れていきましたので、唐突ながら初めて参加させていただきました。
これまでちっともいいアイデアが出ず、ざっと3年ほどの間、ショートショートの筆を置いていたものですから、1作書き上げられたことが大変うれしく、また、そのような機会を作ってくださったこと感謝いたします。
なるべく簡潔にということを目指したのですが、久しぶりの執筆で筆が乗ってしまい、レギュレーションの字数を大幅に超える約1600文字となってしまいました。申し訳ありません。
正式な参加とは言えないかもしれないですが、お礼の意味も込めてハッシュタグ等もつけさせていただいております。
今後、このまま私が書けるようになるのかは定かではありませんが、次に何か思いつく機会がございましたら、そのときはぜひ参加させていただければと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
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