愉快ジン#22

「今年は忘年会参加できそう?」
 今年もこの季節がきた。ここ数年は緊急事態宣言もあって忘年会は死語みたいなものだったが、今では緊急事態宣言も明け実質制限は何もない。久しぶりに色んな話をして飲み明かしたい。しかしありがたいことに年末に舞台の予定がある。みんなに会うために東京に行くのはもう少し後回しにしよう。
おっと、こんなことを話したくて書き進めたのではない。これからが本題だ。
 この連絡をしてきた彼は大学の友達である。遡ること大学時代。大学生活はとにかく充実していた。とにかく何ひとつ不満を抱くことはなかった。毎日くだらないことで笑いあい、「〇〇のラーメンが美味かった」「△△の音楽がイケてる」なんて他愛もない話題で盛り上がることができていた。僕はそんな純粋に自分の好きなものを語り合い、馬鹿騒ぎするのが好きだった。しかし人は変化する生き物である。変化というと見た目の変化が取り上げられがちだが、僕は人間の内面がどんどん変わっていく様子に哀しんでいる。というのも、今となっては開口一番から「仕事の話」で持ちきりである。まあ、それぞれの仕事について話を聞くことは嫌いではないのだが、嫌なのは「おれはこんなことしてがんばってます」がいつの間にか「お前よりおれの方ががんばってます」という会話に変わってきたことである。マウントの取り合いが起きる忘年会(飲み会)ほどつまらないものはない。実際4年前にみんなに会った時は散々言われて苦しい思いをした。「世の中結果である」ということを改めて痛感させられた。当然、地元に帰ってきて就職した僕の社会的地位なんて肩身の狭いものである。さらに、これまで友達として対等に関わっていた関係がいつのまにか「格下」に見られることが増えてきた。もちろん、今現在もまともな仕事をしているとは思えないからそう思われるのも仕方ないかなと諦めている部分もある。
 彼は沖縄育ちで両親はスキューバダイビング体験ができる海の家を経営してる。そう、経営者の息子である彼は生まれつき裕福な家庭で育っているのだ。だからなのか「生きること」に関して僕と基盤が異なる。悔しいくらい金に困っていない。それに対して僕はなんといってもアルバイト生活である。正直言うと毎日とてもしんどい。
 昔はそんな生活基盤が異なっていても意気投合できていたのに、今となっては「金」「社会的地位」なんかで友達としてのパワーバランスが崩れてしまっている。汚い言葉も平気で使われることがある。なんだがとても虚しい気分だ。
しかし、それが逆に自分を燃え上がらせてくれることもある。全員見返してやるという気持ちがガソリンとなって僕のエンジンを突き動かす。いや、もはや見返すだけでは足りないくらいだ。そんな言葉で片付けられない熱意と野望がある。だからこそ毎日目まぐるしく変化する環境と気持ちを上手くコントロールしなければならない。
とにかくここ数年で沢山友達が減った。「心から会話できる友達」がほとんどいなくなったが正しいだろうか。だからといってもう一度過去に戻りたいとは思わないが、あの頃の彼のように忘年会の開口一番にとんでもない下ネタを放ちみんな大笑いするみたいな、そんな普通なおしゃべりができる関係にもう一度なれたらいいな。

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