愉快ジン#21

今週はとにかく身体の奥底に眠らせていたものを起こしてしまった気分だ。これは固い紐で縛られた、いわゆるパンドラの箱みたいなもので、中にはマグマのような粘着性のあるものが入っている。それが内外から刺激を受けることでたちまち外に漏れた。要するに溜まりに溜まっていた「我慢」が限界を迎え、「怒り」が溢れてきた。なんで怒りが込み上げてきたかというとさまざまな要因がある。兎にも角にも珍しく苛々していた。
 これは冷静にならなければ。こんな時でも少しばかり冷静な自分がいてくれて助かる。心を鎮めるためには自然に身を任せてみよう。よく見かけるベタなリフレッシュ方法を鵜呑みにすることにした。
 こうして海にやってきた。やっぱりこの時期になってくると晴れていても肌寒い。もう少し厚着してこればよかったなと少しばかり後悔した。
 ああだこうだと頭を悩ませながら海岸線を1キロ程歩くと、前方にある少年が現れた。
この少年は何やら黙々と砂浜を駆け回り、何かを見つけてはズボンのポケットにそれを入れている。そしてまた何かを探すように砂浜を眺めている。
この少年。何歳くらいだろうか。小学生にしては大きい気がするし中学生にしては子供らしさがある。短いスポーツ刈りと細い目が特徴的だ。
そして足元はもう肌寒くなってきているというのに裸足のまま。半袖半ズボンで夏の延長線上を生きているような格好をしている。見ているだけでこっちが寒くなる。
すると少年の足が突如立ち止まる。そしてその場でしゃがみ込むとポケットから先程拾った何かを取り出してその場に置いた。そしてそこから自分の歩幅で距離を測るとまた立ち止まる。次はその場で座り込んだ。そして大きな流木と木の枝を積み上げはじめた。
僕はその理解しがたい奇妙な行動がなぜか気になって、海を眺めて黄昏ている男を装って状況を観察することにした。すると次は砂浜に円を描くと、その中で泥だんごを作りはじめた。一心不乱に泥を握っている。丁寧というよりかは荒々しく、美しさというよりも強度のあるものを作っているようだった。そして次は平たい石を拾い海に向かって投げはじめた。どうやら水切りをしているようだ。これもただ投げるというよりも何やら目の前にいる目標に向かって投げているようだ。そのまま石を10個程投げると、咄嗟に何を思い出したかのように「泥だんごゾーン」にやってきた。それから石を投げるイメージで泥だんごを力強く投げはじめた。
「こういう意味わからないことを楽しむ人。昔から1人はいたよな」なんて呑気なことを考えていると突然。
「ああああああああ!」
少年は大きな声で叫んだ。
「ああああ!あああああ!」
言葉にならない音から生々しい怒りが伝わってきた。彼は今何かと戦ってるようだ。
次に少年は先程積み重ねた流木に身を隠し、イメージしている相手の出方を窺うように牽制すると、ポケットに忍ばせていた赤色の石を目の前に投げつけた。石が落ちた場所の砂は大きく散乱した。
ここで少年の顔を見るとどことなく哀しい目をしている。なんだか震えているようでこれは寒さというよりも、怒りと哀しみからきたものなんだとすぐにわかった。
そして少年は積み重ねた流木に登ると、
「勝った。勝ったぞ。お前ら全然許さないからな!今度はおれの番だからな!」
なんだがヒーローのような立ち振る舞いだなと思うのと同時に最後の言葉でようやく少年が何をしていたのかピンときた。
彼はおそらくいじめられている。
積み重ねた流木をバリケードのように見立てる。そして海に向かって投げた石は頭の中で思い描いた攻撃のシュミレーション。泥だんごはいじめっ子への精一杯の反撃手段。こうみていくとたちまち、彼が熱心に作っていたものは彼なりの「城」であり、それは心のテリトリーを表しているように感じた。
 なんだが一つの作品を見たみたいでジーンときた。彼が抱えているものはとてつもなく深いものだった。
 その2日後にまた海にきた。
すると彼の作ったテリトリーは残っていたが、そこに彼はいなかった。
「この前のイメージで思い切りやり返してくれてたらいいな」
もうここに戻ってくることがないようにお祈りしておいた。
僕もたまたま彼を見たことでエネルギーを貰った気がする。いま抱えている怒りで目標がぼんやりとしていたが、この怒りも力に変えて、これからも自分の目標に向き合っていきたい。

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