愉快ジン#24

時計の針が3を指す。
そろそろ僕の昼食タイムが始まる。
休憩はいつも遅めだ。と言うか、わざと遅めにしてもらうようにお願いしている。あまり早くから休憩しても午後が長く感じちゃうだけだし、何より昼食の食べ合わせが上手く噛み合わないと食後から頭痛を引き起こす。食事を摂ることで急に血糖値が上昇するからなのか。あるいは休憩後から退勤までの時間が憂鬱だからと思っているからなのか。実際のところはわからないが。
とにかく昼食は決まって外食である。これはただ単にコンビニ飯に飽きてしまったことが原因である。今となっては15時に近づくにつれて今日はどこに行こうかなって頭の中でマップを展開する日々である。しかし、今日はなかなか行きたい店が決まらない。そうなると、困ったらもうマクドナルドに決まりという具合に行き先は決まる。こうして休憩時間にマクドナルドに向かった。
店内に踏み入れると、コロナ禍で集う場を失った高齢者サークルの皆さまが新たな拠点として井戸端会議を行っていたり、下校後に友達と恋バナを楽しむ女子高生がいたりと、さすがマクドナルドと言わんばかりの賑やかさだ。
僕はそんななか人通りの少ないテーブル席に腰掛けた。すると、エントランスからある男性がやってきた。なんとも切れ目で鋭い眼とポケットから垂れ下がるウォレットチェーンが縦横無尽に空を舞う物騒な歩き方である。金色に染めた長髪を靡かせ颯爽とレジまで向かう。ギラギラした大きなピアスが眩しい。そしてメニュー表も見ずに注文を済ませると、僕のテーブル席の前方に腰掛けた。マクドナルドの朗らかな雰囲気に危険因子が突如現れたような緊張感が漂う。こんなことを考えながら僕は男性を注視していると、不意に鋭い眼が僕の目を捉えた。「うわ、睨まれちまった」慌てて視線を逸らす。なんだかこういった場面は苦手である。いや、それにしてもかつて僕がアルバイトしていた職場で一緒に働いていた先輩にそっくりな顔をしている。その人は僕に仕事のことで一度ああだのこうだの言ってきたため、少し苦手だった。そんな人と似ている人が目の前にいる。これは気まずいなと記憶の奥底にある苦手センサーが疼き出した。
「あーあ、さっさとハンバーガー食べて帰ろう」折角の休憩が台無しである。と、思っていたのだが、目の前の男性はおもむろにカバンの中からテキストとペンを取り出すと、一心不乱に勉強し始めた。正直この光景に見慣れるまで時間がかかった。いかにも勉強とは程遠い存在にしか見えなかったからだ。その後も僕はチラチラ男性の方を見たが、こっちの視線なんて気にもせずテキストを睨み続けていた。ここで僕も休憩時間の終わりが近づき店を出た。
そして翌日。また昼食の予定が決まらなかった僕はマクドナルドに向かった。すると、昨日の男性がそこにはいた。昨日と同じようにテキストを読み込み、気になったところに線を入れるという作業を繰り返している。彼の真剣な眼差しがとても印象的だ。
それからも僕がマクドナルドに行けば賑やかな雰囲気の中に勉強している彼がいる、という光景が当たり前になっていった。なんだがこの男性を見てると2年前の自分が重なる。というのも2年前は自分も毎日のようにカフェに行ってとにかく本を読み漁った。とにかく「人生を変えたい」という思いだった。何か人生を変えてくれるヒントがあるのかな、不明瞭な淡い期待を信じるしかなかった。
その時の必死さが彼からひしひしと伝わってくる。彼も人生を変えたいのだろう。だって、テキストには「人生を変える英語力」って書いてあるのだから。
こんなふうにいつもと変わらない日常の中で変わりたい人が集まっている環境が好きだ。そんなマックだろうがカフェだろうが誰もが集まる場所に1人はいるであろう「人生を変えたい」と努力する人に触発されながら、僕も精を出す日々である。
あ、ハンバーガーの食べ過ぎは身体に悪いから行く頻度は控えようと思う。だけどマックに代わる手頃な昼食が思いつかない。だから手軽に美味しい物が食べられる店を脳内マップにインプットするために、午後からの仕事はパソコンで「手軽 安い 美味しい ランチ」を検索しよう。

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