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野球人生はこれから・山野太一

2020年のドラフト、東京ヤクルトスワローズの2巡目指名は山野太一だった。左腕をポイントにしていたのもある。入団時の背番号は21番。2021年に1軍初登板したのは4月1日の事。開幕早々の先発だ。ローテーションを勝ち取ったようにも感じた。だが、KOによる降板だったためマウンドを去るのは早かった。当時は「ほろ苦い1軍初登板」と言われていたが、今思うとほろ苦いでは済まないくらい深刻だったのだろう。その後、山野が2軍に抹消されても2軍ですら顔を見ない日々が続いた。薄々だが何かあったんだろうなとはお気付きだった。上半身のコンディション不良と聞いている。

気付いたころには背番号は変わった。
21番から013番へ。背番号は3桁だ。
つまり育成枠。支配下登録のまま1軍返り咲きを目指すよりも遥かに門は狭くなった。野球を諦めたくなるのも無理ない。だが、ここから山野太一がどん底から這い上がってくる。

2023年、背番号3桁の山野は2軍で登板回数が急増した。イニング数や球数制限は段階を踏んでいたが腕を振る日々は増えていく。そして投球内容も良く安定感があった。「これは支配下登録で文句無しだろう」と思ったが小川GMや池山2軍監督は「支配下の可能性は高い。もう少し様子を見る。」と少し慎重判断だった。見極めが必要だったのだろう。

日々の連続で彼は支配下登録に返り咲いた。背番号は26。彼が2度目の1軍先発を務めたのは8月1日。東京ドームで巨人を相手にゴロとフライの山を積み重ねていく。直球に球威があるようにも見えたが多彩な変化球を低めにばら撒くと狙い球が絞りにくい。加えて投球フォームは入団時に比べると変わったがタイミングが取りにくいだろう。二段モーションとまでは言わずもゆったりしたフォームとギャップがある。

7回 被安打4 無失点

勇ましい復帰だった。その後、2番手の清水や抑えの田口がアウトカウントを1つ取る度にテレビのカメラは山野を映す。いつもなら「先発の勝利投手よりもチームの勝利が大事」と思っているが、珍しく私は「山野を勝利投手にしてあげましょうよ。」と山野の表情に揺さぶられた。そしてプロ3年目で初の勝利投手だった。申し訳ないが監督と同じコメントで想定外の内容。

ここまで蘇ってくるとは・・・
野球人生は何があるか分からないものだ。
野球人生もまだまだこれから!
頑張れ。山野太一。ここからだ!

【あとがき】
本書は読んでいただき、誠にありがとうございました。今回は東京ヤクルトスワローズ関連で書かせて頂きました。遂に勝ち投手になりましたね。ノーデータだったのかもしれませんが、ここから!


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