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忘れたいのに覚えておきたい

推しと対面した時のことを、なんの後悔も反省もなく最高の思い出として振り返れる人が心底羨ましい。

この記事はいわゆる「接触イベント」と呼ばれるものに参加した思い出を綴るつもりで書き始めたのだけど、そういう私だからもう思い出どうこうより大反省会の様相を呈する内容になるのが、正直書く前から想像がついてしまうのも確かだ。

しかし一方で、その中で得た感銘を「いま」の自分の感情と言葉で書き残しておくことで、どれだけ時が経ってもその瞬間を鮮明に思い出せる。そんな掛け替えのなさも経験的に知っている。
それはたとえ、文章として可視化する事が、傷口に爪を立てる愚かさの体現でしかないとしても変わりはないのだ。

だから悶絶を伴いつつ、改めて思い出してみたい。





一度目:2018年4月29日

当時NMB48に在籍していた、山本彩さんの握手会だった。

自分の参戦歴によると「18thシングル『欲望者』発売記念個別握手会」と記載がある。

「人生経験として推しの握手会に参加してみたい」と、応募したものが当選したのだった。

その日は大好きなポルノグラフィティさんのライヴも、隣の会場(パシフィコ横浜国立大ホール)での開催が決まり、握手会の参加が終わり次第そちらへ向かう必要があるタイトなスケジュールだった。

本当なら2月開催予定だったポルノさんのライヴが事情によって延期となり、結果的に長いツアーのオーラスとなってしまったため、終わってしまう切なさをどうしたって感じてしまっていた。
しかし一方では、最初で最後かもしれない握手会経験への期待に胸奮わせる。
そんな全く異なる感情を同時に抱くという、人生レベルで考えてもなかなか無いだろう心境で当日を迎えた。
横浜の街を歩くだけでも、見るからに挙動不審な振る舞いをしてしまっていなかったか心配だ。

当時インスタのストーリーズに載せた画像

山本彩さんご本人を目にするのは二度目だった。
一度目は握手会の約半年前。
2017年11月19日、NHKホールで開催されたソロライヴに参戦したのだ。

幕が上がった直後、照明で真っ赤に染まったステージのど真ん中で、ギターを持って真っ白なワンピース姿で佇む凛々しさにただただ圧倒された。
生歌の安定感もパフォーマンスの凄さも含め、その存在が最初から最後まで美しかった。

その時は二階席だった。
二階席から観る小さな姿ですら、綺麗だったという印象しかない。



入念な持ち物検査の後、会場に入り列に並んだ。
待ち時間なんて緊張してたら瞬時に過ぎる。
あっという間に自分の番になった。

本当の本当に目の前、1メートルと離れていない位置で向かい合った。
目の前に推しがいる。
(当然ながらアクリル板なんていう野暮なものは当時は無い)
ステージと二階席という物理的距離からの、いきなりの眼前。

彼女の背が高くないことは知っていた。
今調べたら身長155cmだそうで、私とは13cmの身長差があることになる。
しかしいざ目の前にすると、小柄だという印象以上に、日頃から人前に立つことを生業とする人ならではのオーラに圧倒された。
あの奥深い歌声やキレのあるダンスがこの身体から放たれるのが不思議なくらい、ただただ華奢で、そして美しい女の子だった。私とは骨格レベルで別の存在なんじゃないかと本気で思った。


手のひらと指の繊細な感触を覚えている。
「はじめまして」の返事も覚えている。
むしろその「はじめまして」の声を一生覚えておきたいがために、今これを書いているようなものだ。

その時に自分自身が何を言ったかは、もう完全に忘れてしまいたい。
今日初めて握手会に参加したことと、11月に参戦したNHKホールのライヴの感想を述べたはずだ。
でも緊張が極限に達したせいで、あれやこれや一方的に喋るマシンガントークをぶちかましたような心当たりしかない。
そうやって喋りながらも「10秒間ってこんなに長いのか」と感じたあたり、緊張のあまり頭と心がチグハグになってしまっていたんだと思う。

去り際に、真横にいた警備の男性が「また来てね!」とにこやかな声色で言ってくれたのは、私が握手会初参加だと話したことも影響しているのかもしれない。
正直、推しに会った時間の記憶の最後を飾るのが警備の男性の声て、と思わなくもないが。



参加直後は紛れもなく幸せだった。
そしてその後のポルノさんのライヴも最高に楽しかった。

それゆえのタイムラグだったんだと思う。
数日経って握手会のことを思い出そうとすると、憧れの存在にこんな簡単に触れるなんて畏れ多いという、敢えて名付けるなら罪悪感とでも言うべき感情が、胸の内に渦巻くようになった。

握手会などの接触イベントもそうだし、今のご時世SNSで簡単に「推し」へとメッセージを送ることだって出来る。
この十数年でずいぶん垣根が低くなったと思う。

とはいえその垣根の低さを自分が受け入れられるかどうかは全く別の話で、人生経験として握手会に参加した結果得たのは、好きで堪らない「推し」に触れることへの抵抗感だった。
しばらく経った頃、別の女性アイドルの握手会に参加した人のレポで「参加はするが握手はしない」というものを読み(その人のスタンスに対する女性アイドルさんの対応も素晴らしかった)、ここまで自分を貫いて徹底してるってカッコいいなと感じたのも印象に残っている。

それゆえ二度目を応募する気になれずにいたのだけど、半年ほど経って山本彩さんはNMB48を卒業されたので、本当に「最初で最後」になってしまった。
何が起こるか分からないのが人生とはいえ、握手会に参加したいと思えるほど好きな女性アイドルは今のところいない。だからやっぱり「最初で最後」と呼ぶのが相応しいと今は思う。

なので私が参加した初めての「接触イベント」は、幸せな瞬間でありながらも少し苦い思い出になっている。
ただ人生本当に何があるか分からないもので、この数ヶ月後にポルノグラフィティの新藤晴一さんに偶然遭遇するのだけど(イベント等ではなく完全にプライベートなので詳細は省略)、その時のことを悔いなく幸せな気持ちひとつで思い起こせるのは、握手会で得た「推しに迂闊に近寄ってはならぬ」という自分なりの教訓があったからだ。

行ってみて初めて得心したのだから「無駄な経験なんて何一つ無い」という結論を噛みしめることを許してほしい。
それ単体では苦くとも、長い目で見れば絶対に必要な10秒間だったのだ。





二度目:2023年1月28日

そして人生二度目、つい先日の話。
新日本プロレスで活躍するプロレスラー、エル・デスペラード選手のサイン会に行ってきた。


ここ最近の新日はジュニアヘビー級戦線が面白すぎて、所属ユニットを問わず「ジュニア箱推し」と称しても大げさではないぐらい楽しく追っている私だ。
それに加えて最推し・高橋ヒロム選手と因縁深いライバル関係でもある以上、デスペさんに対しても好ましい気持ちをもって応援していた。
(恋人がもともとデスペさん推しなので、デスペさんのいいところを普段からたくさん聞いていたのも大きいと思う)

その「好ましい」から一歩進んだ感情を抱くようになったのは、今年の1月3日のこと。
デスペさんがご自身のツイッターアカウントでスペースを行った際に質問を募集したのだが、私がツイートした質問を運良く拾ってもらえた際に、その回答を時間をかけてとても丁寧に語ってくださったのだ。

新日本プロレス年間最大のビッグマッチと言われる「イッテンヨン」。その前日という大事なタイミングの深夜に、私だけでなく他の人達をも含め、ファンからの質問に自分の言葉で真摯に答える姿に、率直に惚れてしまった。


それ以来デスペさんのことを、ヒロムちゃんとSANADA選手に次ぐぐらいの「推し」と呼んでも過言ではない感情で追うようになったのだけど。
そんなタイミングで、新日公式のこんなツイートを目にしてしまった。

金曜日のお昼休みにこのお知らせを目にして、冗談抜きで変な声が出た。
新日は大会前に選手のサイン会を行っているが、デスペさんが大会前サイン会に登場するのは地方大会が多く、都内でのサイン会はとてもとても貴重な機会なのだ。


翌日、決めていた休日の予定を全部うっちゃって水道橋へ向かった。
闘魂ショップの営業開始時間5分前ぐらいに到着したのだけど、現地は既に長蛇の列。
それでも小雨降る中50分並んだ甲斐あって、無事に整理券を入手できた。

整理券ゲットォォォォォォォォォ!!!!

開始時間と終了時間の間が10分間なので、サイン書く時間を考慮しても1人につき30秒ぐらいは猶予あるかな、などと計算してはドキドキしつつ。
2週間後を楽しみに待つことになった。



そして当日。
デスペさん好きになる前から、デザインが好きで購入していたニューエラのコラボキャップをかぶって、再度水道橋へと向かった。

でもスマホケースは内藤さんなの(黒赤白が好き)

整理券記載の開始時間5分前から待機列を形成するとのことだったので、ちょうど良い時間に着けるように現地へと向かったものの。
いざ着いてみたらどうも時間が押しているとのことで、その時点でも私よりだいぶ前の時間帯の人たちが列になっている状態だった。

会場は建物の二階なので、どんな様子かを外から覗き見ることは出来ない。
なので、列形成のスタッフさんに呼ばれるのをその場でじっと待った。
水道橋の普段来ないエリアだったので、周囲に美味しそうなごはん屋さんや飲み屋さんが沢山あるなぁと記憶に留めつつ。


その後、私の時間帯の人が呼ばれた際に、様子を見つつ何人ぐらい並ぶのかを確認したら、私を入れて20名ほどのようだった。
「1人につき30秒」という当初の予想で合ってたみたいだと目論みつつ、さらに待機。

会場内の混雑対策も兼ねてなのか、1人出てきたら1人入るという入れ替わり形式だったので、並んでからもさらに待った。

そしてようやく私の番になり、急な階段を上って二階へと向かうと、デスペさんの入場曲『Aguja De Abeja』が流れているのが耳に届いた。
(↓クリックで再生。いい曲!)


そんな感じで満を持して入場。
場内の様子をざっくりとした図にすると、だいたいこんな感じだ。

えらい雑でごめんな

入り口傍にいきなりデスペさんが座っていらっしゃって度肝を抜かれ、中にまだ並んでいる人がかなりいることにも驚かされた。

ただ、それほど広いスペースではない上に、デスペさんの前にあるアクリル板以外は仕切りなどが何も無い空間だった。
つまり中に入ってさえしまえば、待機時間もずっとデスペさんの姿が見れて、話す声も聞こえる状態なのだ。


とはいえ入場直後にいきなり後ろを向いて並ぶことになったので、背後にデスペさんがいらっしゃる空間すごいなと思いつつ、耳をそばだてて気付いた。

持ち時間が思った以上に長い。

思えばデスペさんの神対応はスペースでの質問回答で実感していたはずだった。
それがサイン会という現場でも遺憾なく発揮されており、1人30秒なんてレベルじゃない。
サインをしながらも、目の前に立った人の目をしっかり見て、話す内容や受ける質問にも自分の言葉で答えている。
後ろを向いていたから様子は見えなかったけど、じゃんけんをしている人もいたぐらいだ。一人一人にこれだけ時間を費やすのだから、そりゃ時間押すのも当たり前だという勢いだった。


途端に緊張してきた。
かつて参加した握手会で、推しを前にした10秒間の長さを思い知ったはずだったのに。
あれから数年を経てそんなこともすっかり忘れて、舞い上がったままノープランでここに来てしまった。

「推しの女性アイドルの握手会に参加して罪悪感を感じたんですが…」という切り口で話をふってみようかと思ったものの、いくらデスペさんがオタクの気持ちが分かる人だからってそんなこといきなり言われても困るわ、と思い直してやめることに。

などど考える間も列が進み、デスペさん側を向いて並んだところで、デスペさんが右手中指の爪あたりにカットバンを巻いていることに気付いた。
そういえば爪先にひどい怪我をしたと昨日ツイートしていたっけ、と思いあたり、どの指か書いてなかったけどあれがそうなのかな?利き手側だしサイン書くのめちゃくちゃ大変じゃないか……と思った結果、どうしても話すことが思いつかなかったら「中指は昨日ツイートしてた件ですか?」でいこう!と心に決めた。

そこで多少気持ちが楽になり、デスペさんの姿を拝見する余裕も出てきた。
口元が隠れたタイプのマスク姿で、黒いワイシャツに金色か黄色っぽいネクタイという出で立ちだった。
しかし参加後に他の人のツイートを調べた結果、どうもベストも着ていたらしい。そこまで記憶に残らないぐらい、なんだかんだで緊張していたみたいだ。



そうして私の番になった。
アクリル板を挟んだすぐ向かい側に、デスペさんが座っている。

「今月のイッテンヨン前日のスペースを聴いてファンになりました」という、後になって思えば別に今それ言う必要無くないか!?という内容の言葉が自分の口から出てきた。

緊張しすぎて顔を見れず目線を下に向けてしまい、デスペさんの右手が視界に入った状態でそれを喋ったのだけど。
持っていたマッキーを置いたかと思うと、そのまま右手を握って机の上に置いた。
たったそれだけの動作でも、こちらの話を聞く体制になってくれたのだと、十分過ぎるぐらいに伝わってきて胸がいっぱいになった。

ちゃんと前を向いて顔を見ていたら、きっと真正面で目が合ったんだろう。その勇気を出せなかったことが、今思い出しても悔やまれる。

今それ言う必要あったのか?と自分でも思う私のだらだら喋りに対して、デスペさんは「やった甲斐がありましたよ」と言ってくださり、嬉しすぎて更にテンションがおかしなことになった。

再びマッキーを手にして、ポスターにサインをするデスペさんに対し、1.21横アリのYO-HEY選手とのシングルマッチで走って入場してきた姿のことをまたもマシンガントークで話すと「早くやりたかったから。ゆっくり入場してきて待たせるよりは、早く入ってきた方が〜」との回答をいただいた。
(全部覚えてないのは緊張しすぎた私の記憶のポンコツさのせいだ)
それがまさに深夜のスペースのテンションだったものだから、ただただ目も耳も幸せだった。


そんな感じで終わった。
30秒も経っていないだろう呆気なさで過ぎ去ったように感じただろうか。
でもそれに対しては、山本彩さんの握手会の感想と同じく、私自身が忘れてしまいたいことをとことん省略したからだと言いたい。

お礼を言ってサイン入りポスターを受け取り、階段を降りて外に出たら、整理券記載の終了時間から40分以上が経っていた。
その押しっぷりがデスペさんの神対応を顕著に表しており、改めて振り返って幸せを実感しながら会場を後にした。

そして、後楽園駅のホームに着いたあたりで、中指お大事にって言い忘れた!!!と後悔のあまり頭を抱えた。



後悔したのはそれだけじゃない。
帰宅して、その日から配信開始された1.21のシングルマッチを観たら、現地で自分の席から観た時以上にYO-HEY選手のドロップキックがエグい決まり方をしていたのがよく分かった。
今日の会場に向かう前に、この映像を観ていたらよかった。そしたら絶対にドロップキックの感想を聞いたのに。

ていうかプロレスに関する話題をふっても釈迦に説法なのは目に見えているのだから、いっそのこともっと全然違う話をすればよかった。
以前ツイートで『ガンパレード・マーチ』の作品名を挙げていたこともあったから、ガンパレもご存知なんですね!とお話を聞いてみたかった。
いやそれよりゲーム『ペルソナ3ポータブル』を特別な作品だと何度となく発言されているわけだし、それについて聞けばよかった。
いやいや何よりもまず、中指お大事にしてくださいと伝えたかった。

終わった後になって、そんな考えが次から次へと湧いてきた。
目を見れなかったことも含めて、正直、ああすればよかったという後悔のほうがずっと大きい。



しかしそんな後悔を慰めてもらえたのもまた、デスペさんご本人の言葉だった。

末尾の一文にどれだけ救われたことか。

そして後日、上記の(経験者)の意味も深く実感出来た。
デスペさんはこの翌週に、札幌大会の前日に開催される大サイン会に参加されることも決まっており、来場者に向けてこんなツイートをしたのだ。

ファンとして「推し」の前に立つ気持ちを、自分自身がよく理解している。
だからこその神対応なのかもしれない。

この一連のツイートを読んで、そんなことを考えずにはいられなかった。



後悔のほうが大きいと書いたが、今回は「やってしまったこと」ではなく「出来なかったこと」への後悔なのだ。
そう思えたのは、デスペさんご本人の言葉のおかげでもある。

だから次の機会があるなら、絶対にまた行きたい。
グッズをキャップしか身に着けて行かなかったから、次はもっとTシャツなりパーカーなりも身にまとった状態で行ってみたいし。
それに何より次こそもっとマシなことを話せるように、いやそれ以前にちゃんと目を見て話せるように。そんな自分になりたい。

次もまた行きたいね。

B3サイズのポスターを飾れる額縁を未だに入手できずにいるため、普段は仕舞っておいて、たまに取り出しては眺めている。
後悔も確かにあるけど。
それでも敢えて、感謝しかないと言いたい。




ちなみに、

最後の最後まで神対応だった
(もちろん私だけじゃない)

ちょろいかもしれないけど推さざるを得ない。
2023年、デスペさんもデスペさんのプロレスも、新たな気持ちで刮目していこうと思う。





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