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チチンプイプイで何も飛ばしてやれないが

そろそろチチンプイプイとかいう古風な呪文をアップデートしないと現代っ子に蔑まれちゃう…

と、ふと思ったのだけど、

そもそもチチンプイプイ的なおまじないは今の子達にも通じるのだろうか。

もしかしたら私たちが知らないだけで、現代っ子たちの間ではチチンプイプイごときで何も解決しないというのが共通認識として、とっくのとうに普及している可能性無きにしも非ずである。

それに気付かず、転んだ子に駆け寄って善意の塊みたいな顔してチチンプイプイと唱えてしまった場合、

「いい大人なんだから、ふざけないでください」と子供に咎められたり「あ、すみません、気持ちはうれしいんですけど、この傷、そういうのとは違うんですよね」と逆に気を使われてしまう最悪の結果が待ち受けている。

この場合、痛いのはケガではなく私だし、なんならケガしたの私だし、痛いの飛ばす前に私が飛んでいくべき、ということになる。

いや、チチンプイプイで何も飛ばないことはじゅうぶん分かっている。「知仁武勇御代の御宝」(ちじんぶゆう-)を起源とするのが通説である――とか言われたところで、やっぱり何も飛びやしない。

でも、あるだろうに。

チチンプイプイの根底に、愛、あるだろうに!

お姉さん、そこんとこ君たちにわかってもらいたいなぁ!

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「えーんえーん、転んで皮膚がえぐい感じに剥けて血が滲んでグロいよーお風呂に入るの想像すると余計痛むよー」

「あらあら、大丈夫?」

「ひっく…お姉さん、何?」

「お姉さんが人間だってことは認めて頂戴。何?じゃなくて、誰?よ」

「傷を抱えた僕にそういう細かいところを指摘するなんてロクな大人じゃないね…ヒック…」

「通常なら臀部横でうずいてる拳を傷口にグリグリと押しつけるタイプの暴力をふるう所だけど、お姉さん、憎たらしいあなたにおまじないしてあげようと思って声かけた手前、我慢するわ。痛いのはどこかな?」

「ここ…」

「よーし、ちょっとみせてごらんなさい。うーん、痛そうね。大人の私でも顔しかめちゃうくらいだから、相当痛そうなのよ。

ここから雑菌が侵入して、傷が膿んで、尋常じゃない具合に腫れあがって、そこから病気にかかり、家族友人に見舞われ、最後の葉っぱが落ちた時にゃ…なんて自らの不遇に酔いしれたりするんだけれども、結局葉っぱが落ちた日に退院するみたいな1週間を送りかねないもの」

「お姉さん、邪悪すぎて人なのかどうか判断しかねる…」

「あら御免なさい。何もあなたの不安を増殖させるつもりはなかったのよ。最悪のケースを考えておけば、ちょっとやそっとのことではショックを受けなくなるものだからね。よし、お姉さんがおまじないをかけてあげる。はい、チチンプイプイ…」

「何も飛んでかないよ、お姉さん」

「!!」

「お姉さん、一体どんなJ-POPが流行っていたころに生まれたの?痛みはそんな陳腐なおまじないじゃ飛んでいかないことはぼくらの中では常識だよ。そんなことより、絆創膏をちょうだいよ。最近はただのガーゼじゃなくて、キズ口から出る体液を保持して最適な環境を作り、自然治癒力を高めてくれるようなものも販売されておりますので、ぜひご検討いただけますようよろしくお願」

パチンッ

「傷口をぶったね!最も卑劣なことしでかしたね!お姉さんどういうつもり!」

「これは俗に言う"愛の鞭”。もっとも、初対面のあなたに愛の鞭を御見舞いできてしまう私は隣人愛に満ち溢れていて、人間的にできてるわーと思わずにいられないのだけれど、とにかくあなたは何も分かっていない。何もわかっちゃない!」

「道行く大人たちー!傷を負った少年が得体のしれない豆みたいなみてくれの女に絡まれるという不幸に見舞われてるよー!誰か、助け…フゴッ」

「減らず口を叩く子の口には、ふ菓子って昔から決まってるのよ。溶けるまで喋っちゃだめよ。

……確かに、チチンプイプイは少し古風かもしれないわ。でもね、ここまで来てしまったら、もうやり通すのが暗黙の了解、みたいなところがあるのよ。

『開けごま』だってそうでしょう?いいのよ、もう。仮に、仮にね?チチンプイプイじゃ弱そうだということで、〝ヒポポタマス”と唱えたとしましょう。ちなみにカバのことよ。野太い声でゆっくり唱えてみればチチンプイプイよりも効力ありそうじゃない?

でも、やっぱり違うのよ。効きそうならいいって話でもない。チチンプイプイという言葉には、唱える人の愛情と妙な滑稽さ、安っぽい摩訶不思議感が内在していて、それぞれ絶妙なバランスで支えあってるの」

「…」

「それにね、痛いのは飛んでかないこと、お姉さんも知ってるわ。いっそのこと、飛んでけ、なんて言わなくたっていい。痛いの痛いの屯田兵だってかまわないと思ってるわ。

大切なのは、この一連の行為なのよ。そう、それはおまじないというよりは痛いと泣くあなたをこちらは心配していますという意思表示と、早くよくなりますようにっていうお祈りみたいなものかしら。

あら、私すごく真っ当なこと喋ってない?ひとり悦に入りかねないほど完璧な回答をしているわ。あら、麩菓子がいいかんじに溶けてきて、口の中が泥地獄みたいになってるわね、そろそろごっくんの頃合いよ」

「(ごっくん)…口内環境が劣悪で、ボクなんかもう戦意喪失しちゃう…」

「でも、そうね。このニュアンスを踏襲する形で、現代っ子たちにも見合うスタイルが出てくるといいわね…」

»»

「この間、不思議なお姉さんに声かけられてさ。いやー参ったよ。どうも善意を履き違えて長いこと歩いてきちゃったみたいでさ。でも、今考えてみると、お姉さんの言いたかったこと何だかわかるんだ。チチンプイプイはおまじないじゃなくて、優しさの印なんだ、ってね…」

「ふーん、よくわかんないけどジャングルジムで遊ぼうぜ。今日はジャングルジムをバリケードに見立てた全共闘ごっこ!ゲバ棒はリコーダー、ヘルメットは防災ずきんな。いこ!」

ワイワイガヤガヤ

「いってー!」

「大丈夫か?」

「ちくしょう、…う、投石とは卑怯な…」

「チチンプイプイ痛みこそ消してやれないが唱えることで一層強きものとなる友情!」

「え?」

「うん」

「え?」

「うん」

「友情?」

「友情」

「痛みは消してやれないが…なんて?」

「うん。チチンプイプイは友人の身に降りかかった痛みを活用した友情の再確認ツール。大丈夫?立てる?」

「お、おう…チチンプイプイ、すこし照れくさいけどなんかいいな…」

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