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韓国 政府vs医師たちの攻防①

ニュースで目にした方も多いかと思いますが、韓国で大勢の医師たちが職場放棄をして、手術などが次々と延期になった事態。

この話、状況が日々動くので、どのタイミングで書くべきか迷っていたのですが…3月25日、韓国全土の大学病院で教授たちが大挙して辞表を提出するという新たな局面になりました。
また、この問題は4月10日投開票の韓国総選挙を左右するポイントの一つになってきたので、ここらで整理して背景を考えてみます(2回に分けます)。


世界を驚かせた職場放棄の波

まずは流れを振り返ります。
今年に入って尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が大学医学部の総定員を増やす方向だと伝えられると、これに反対する医師たちの抗議活動が起きるようになっていました。
しかし、2月6日、尹政権は医学部の定員を現在の3058人から2000人増やし、5058人にする方針を発表
これに医師会が猛反発、職場放棄も辞さない強硬姿勢を打ち出しました。

と、ここで一つ個人的にかなり迷いました。医師たちの行動を何と呼ぶかです。医師側は「スト」「ゼネスト」「自発的辞職」といった言葉を用いています。一方、政府やメディアからは「スト」に加えて「職場放棄」「職場離脱」などの表現も。

ニュースを伝えるにおいて、言葉の選び方は大事です。例えばロシアは自分たちがウクライナに攻め込んだことを「特別軍事作戦」と呼んだわけですが、それを採用した外国メディアはほぼ皆無で、「侵攻」「侵略」「戦争」などと伝えることで、伝え手としての立場というか矜持を示しています。
自民党が裏金のキックバックを「還付金」と強弁したのも似た話です。それに一部のメディアが同調したのには暗澹たる気分になりましたが…

話を韓国の医師たちに戻すと、私はこの記事では「職場放棄」で統一することにしました。賛同できる点が少ないためです。

2月半ばから、まずは研修医たちが職場放棄をし始め、同月下旬にはその数が9000人にも膨れ上がりました。さすがに日本や欧米などのメディアも「驚くべき状況」と大きく報道するに至ります。

それでも政権側が医学部の定員拡大の方針を崩さないと、職場放棄の動きは医師たちにも広がり、そして3月25日には各地の医学部教授たちが一斉に辞表提出…となった次第です。

聯合ニュースによれば、25日、全国に40ある大学医学部のほとんどで教授たちの職場放棄が確認されました。
総数は不明ですが、例えば天安(チョナン)市にある順天郷(スンチョンヒャン)大学系列の病院では、勤務する233人の教授のうち93人が辞表を出したそうなので、尋常ではありません。

背景は医師不足

医師たちが病院から消えているので、当然ながら治療に深刻な影響が出ています。とりわけ手術の延期救急医療現場の麻痺が各地で伝えられていて、患者たちにしてみれば、たまったものではありません。
ついには、一連の混乱で病院を「たらい回し」にされ、命を落とした人も出たという痛ましい報道が。

そもそも、政府が医学部の定員拡大を掲げたのは、韓国の医師不足、とりわけ地方での医師不足に対応するためです。
国全体でもみても、人口1000人あたりの医師と看護師の人数は、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で下から3番目という少なさです。

具体的にいうと、2021年のデータでOECDの平均は人口1000人あたりの医師が3.7人、看護師が8.4人ですが、韓国は医師2.6人、看護師4.6人です。

都市部&「ピ・アン・ソン」への集中の歪み

韓国全体でも医師らの人数は少ないのに、そこに大きなアンバランスが事態を悪化させています。
それは、医師たちが、①都市部と②皮膚科・眼科・整形外科に偏っていて、地方の医療機関での勤務や、救急医療・産婦人科・小児科などを志願する医師が、まるで足りていないのです。

①でいうと、実はソウルの人口1000人あたりの医師は3.9人。OECD平均を上回っているのです。しかし、これが例えば忠清(チュンチョン)北道になると1000人あたりの医師は1.9人。
地域間で大きな格差がありますね。

②は、「皮・眼・整」のハングル表記をとって「ピ・アン・ソン/피안성」という呼び方があると今回知りましたが、要するに、その3つの科の医師になれば高収入に結びつくので人気が高いというわけです。
眼科はともかく、皮膚科と整形外科が儲かるのは、外見を大事にする現代の韓国ならではでしょう(揶揄しているわけではありません)。

いずれにしても、このままでは地方の医療が破綻する公算が大なので、政府としては医師の数を増やすことが必要だと考えているわけです。それは、定員拡大の2000人分を、地域別に振り分ける計画にも表れています。
ソウル市内の医学部は定員増加なし。ソウルに近い京畿(キョンギ)道と仁川(インチョン)市は合計361人。残る1639人(全体の80%強)はそれ以外の地方大学が対象となります。
つまり、地方の医学生を増やすことが地方での勤務医増加につながることを期待しているわけです。

各種世論調査をみると、韓国の多くの人が政府の方針を支持しています。医者の不足は数字で示されていますし、地方在住者はソウルや釜山などとの医療格差を実感することが珍しくないのでしょう。
そうした世論の後押しもあり、尹政権は強気です。一方の医師側も職場に戻ることを頑なに拒否しています。
こうして、政権と医師たちの攻防は、否が応でも総選挙に向けた焦点となっているのです。そのあたりは、次回。

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