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台湾総統選 民主の進歩

世界が注視した台湾総統選挙は、与党・民進党の頼清徳(らい・せいとく)氏が勝利しました。

得票率(小数点は含めず)でみると、頼清徳氏が40%、国民党の侯友宜(こう・ゆうぎ)氏33%、民衆党の柯文哲(か・ぶんてつ)氏が26%という結果でした。

各種世論調査の平均値で一時は民進党と国民党の差は3ポイントまで縮まりましたが、最終盤で民進党が突き放した形に。
いくつかの角度から今回の選挙を読み解いてみます。


国民党には痛かった馬英九氏の発言

侯友宜氏の追い上げに、明らかに水を差したのが、国民党・馬英九前総統の「ズレた」発言でした。投票直前の1月10日、彼がドイツの放送局とのインタビューで話した内容が報じられたのですが、これが中国共産党に、習近平国家主席に、あまりにすり寄っていました。

(中国と台湾を意味する)両岸関係については「習近平国家主席を信用しなければならない」と述べた馬英九氏。何をどう信用するというのか明確ではないのですが、忘れてはいけないのは習主席は近代の中国トップでは突出して「武力での統一も放棄しない」と公言していることです。一般の台湾人からすれば、その人物を「信用する」のは違和感しかないでしょう。

本人に聞かないと分からないところですが、馬英九氏は自らのレガシー(政治的な遺産)を守りたい、歴史に名を残したい、という自意識に絡めとられているように思えます。彼は2015年にシンガポールで習近平主席との首脳会談に臨みました。1949年に中華人民共和国が建国を宣言し、中華民国(国民党)が台湾に逃げ込んで以降、初の首脳会談でした。

自らが主役となった歴史的な会談を、後世に語り継いでもらいたい。その思いが強すぎて、台湾の民意が分からなくなっていたのでしょう。馬英九氏は同じインタビューの中で中台統一について「本来、台湾は受け入れられる」とも述べました。

このインタビュー内容が伝わるや否や、国民党の侯友宜陣営は「自分たちの考えとは違う」と火消しに走り、選挙集会に馬英九氏を招かないなどして距離を置こうと懸命でした。が、あまりに投票日に近く、「国民党は中国共産党の手先」という民進党のネガティブ・キャンペーンを勢いづける結果となりました。

中国の介入に動じず

ほかにも民進党の勝因としてあげられるのは、以前の記事でもお伝えした中国の選挙介入に、大半の有権者が動じなかったことがあるでしょう。

中国は、以前の総統選挙でも硬軟織り交ぜて介入し、そして裏目の結果を招いてきました。「独立志向が強い」と中国がみなす候補を、落とそうとして、むしろ当選を後押ししたのです。
その筆頭は1996年。李登輝氏を勝たせまいと台湾近海にミサイルを撃ち込み、李登輝氏の圧勝をアシストしてしまいました。

これも以前の記事で紹介しましたが、今回、中国は気球や恣意的な貿易措置、ニセ世論調査&フェイク情報などバラエティー豊か(褒めてないです)に介入をしました。
ですが、やはり国民党への後押しには、なりませんでした。いや、多少は効果があったかもしれません。ですが、頼清徳氏のリードを覆すには至らず。

逆効果になるリスクは理解しつつ、なぜ中国はまた介入をしたのか?
多くの方が感じる疑問でしょう。

これは想像混じりではありますが…習近平主席があれほど台湾統一に意欲を示すとあっては、軍や官僚組織は「何もせずに総統選を傍観しては怒られそう」という忖度がベースにあるように思えます。今どきの表現を借りれば「やってる感」を出そうという…

今回の結果を総括すると…

さて、今回の総統選に関する分析や評価は、様々です。民進党に対する肯定的・否定的なポイントに分けてみます。

(肯定的)
▼一つの政党が3期続けて総統の座を守ったのは初めて。新たな歴史をつくった。

(否定的)
▼得票数は前回よりも200万も減った
▼国民党と民衆党の得票率を合わせれば60%で自分たちを上回る
▼国会にあたる立法院選挙では過半数を失った

総統選で勝ったのに民進党に否定的な声が目立つのは、蔡英文氏が再選を決めた前回2020年と比べてしまうからでしょう。前回は民進党の圧勝でしたので。それと比較すると、確かに当選したとはいえ頼清徳・簫美琴(しょう・びきん)の総統・副総統コンビの評価が控えめになるのはやむを得ません。

私の見方は、やや違います。

前回の総統選は、中国共産党による香港の民主化抑圧・一国二制度の骨抜きが進む中での投票となりました。「今日の香港は明日の台湾」という危機感が一気に高まり、中国に毅然とした姿勢をとる民進党・蔡英文氏への強力な追い風となったのです。

今回はそうした「中国ファクター」がそれほど強烈ではありませんでした。台湾経済の停滞や不祥事が目立つ民進党への批判など、全体として頼清徳氏には逆風でした。
それを踏まえて考えると、台湾の有権者たちの投票行動は次のように整理できるように思えます。

▼総統は3期続けて民進党に委ねる
 →中国に関して、国民党のような融和姿勢はノー。蔡英文路線への広い支持。

▼立法院で民進党過半数割れ
 →民進党に権力を持たせ過ぎてはいけない。不祥事も多いし、地方自治の手腕もイマイチだし…

▼若者を中心に第3の選択肢・民衆党に一定の支持
 →若い世代からみれば、「自分たちが生まれたときから台湾は独立国の状態」であり(「天然独」)、中国がどうこうではなく暮らしの改善を最優先してほしい。

世代交代が進むにつれて、「台湾は台湾。中国とは別の存在」というアイデンティティーは強まる一方です。結果、有権者たちの多くは「独立か、統一か」という議論を過去のものにしつつあり、「中国とは別の存在であり続けるのは大前提。その上で暮らしをどう上向かせるか」という意識が、今回の総統選挙と立法委員選挙の結果として世界に示されたように思えるのです。

それは、民主進歩党(民進党の正式名)の勝利ではあると同時に、台湾の民主の進歩でもあるといえそうです。



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