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コミュニケーション馬鹿

いいなと思ったものには、リアクションするべきだ。
特に感心したものには綺麗に整えた感想を送るべきだ。
仲のいいフォロワーの呟きにはリプライを送るべきだ。

そんな義務感と、一歩間違えれば押し付けのような「良いね!」を抱えて生きている。


私は距離感を間違えていると言われることが多い。通常SNSで「絡む」ことは相手への好意を示すのだそうだ。(それも、異性の場合恋情に発展する可能性のある好意らしい)
そもそもフォローの敷居が高い私は、相互フォローというだけで「話すべき」対象とみなしてしまう。

話すべきというのは、つまり媚びるべきということだ。相手の好きそうな話をするとか、好まれそうな言動をするとか。
それがいいねやリプライになるのは、私にとってそれらがお近づきになりたいという証だからだ。

矛盾している気がしてきたが、私にとっていいねやリプライは"下から"の好意なのだと思う。


最近は控えることにしたが、それにしても自分の知っている話している人がいればわざわざ話しかけたい気持ちが湧いてしまう。自分の話(好きな物の話)をしたいという気持ちもあるのかもしれない。

現実では、好きな事柄について看板をぶら下げている人はいないので、迂遠なやり取りから始まるのがまどろっこしい。「ご趣味は?」という決まり文句も冗談事ではない。
建前を取っ払ってしまえば楽なのになと思う私はコミュニケーション下手なのだろう。

タイトルでは、やり方を間違えているとか空回りしているという意味で馬鹿としてみた。
なんとなくポジティブな意味に見えなくもないなと後から思ったが、愛嬌があるのでそのままにしておく。

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