Ryoma Sato

様々な経験や事柄について、気を張らず書いていきます。

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記事一覧

ゆきゆきて、神軍のレビューの下書きを半年放置している。ただ、いまもう一度見返したら、書き始められそうな気がする。

Ryoma Sato
2か月前

大佐に手紙は来ない / G・ガルシア・マルケス 感想

『ママ・グランデの葬儀(集英社文庫)』に収録の中編「大佐に手紙は来ない」の感想を簡単に書きたいと思う。 文庫本裏表紙にこの作品の紹介として、「喘息病みの老妻と恩…

Ryoma Sato
3か月前
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「中」山﨑 萌子 / Moeco Yamazaki @隙間(蔵前)の感想 -偶然的な「中」の邂逅-

山崎萌子さんの「中」という展示会にいってきた。 奄美大島の自然や催事が手漉きの紙に奄美大島独自の泥染めによって現像された写真の前に、それも偶然的に浮かび上がって…

Ryoma Sato
5か月前
1

『人間機械(原題:Machines)』(2016) レビュー -覗きによる美と我々の応答について-

 この映画のテーマは言わずもがな労働問題であり、ドキュメンタリー映画として、劣悪な労働環境とその労働者たちを切り取る。この映画の現場である、まるで1つの有機体の…

Ryoma Sato
8か月前
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2023.08.23-8.31 老いと貧しさ

 最近、朝目覚めた瞬間に、カラダ中にこべりつくどろっとしたタールのような疲労を何千回と繰り返されてきた生活の記憶へのすり替えによって、消し去ることにも限界がきて…

Ryoma Sato
8か月前

2023.08.16 現代的・原始的

日差しが突き刺すような夏の昼間、駅前の大きな通りを日を背にしながら歩いていた。道に沿ってには比較的背の高いビルが並んでいるが太陽の光がビルの間の道路分だけ焼き払…

Ryoma Sato
9か月前
2

2022.10.21 言葉

言葉が意味を持つから語りたくない 追い越してしまったこれまで放った無数の言葉たちが 私の背中を追ってくる 私の歩幅にあわせて ただぴたっと追ってくるだけ 沈黙の中…

Ryoma Sato
9か月前
2

2023.08.08 捨てられたコトバと確かなイカリ

駅のトイレで用を済まして、洗面台で手を洗おうと少しだけ背中をまるめて目線を落とすと、鏡の前の台に名刺ほどの一枚の紙が置いてあった。 そこには青いマジックペンで …

Ryoma Sato
9か月前

2023.07.13/ 01.18/ 02.04 絶対的貧しさ

偶然にも私は恵まれている。 そして無限の選択肢がある。 だから、私は宙に浮いている。 私には相対的ではない、絶対的な貧しさが必要だ。 清貧でもなく、諦念でもない…

Ryoma Sato
9か月前
2

2023.08.05 花火

 今日は大きな花火大会が各地で開催されていることは知っていた。家から数駅の街でも催されるらしく、たまたま夕方前に妻とふたりでその駅に立ち寄ったときには、駅内はも…

Ryoma Sato
9か月前

2016 真夏 大阪中之島 橋の上の眼

 生ぬるい膜が肌にまとわりつくある夏の午後、誰かの目を避けるかのようにどこまでもそびえ立つビル群の中を一定の歩幅で歩いていく群衆の波に乗っていた。今日も皆、ビル…

Ryoma Sato
9か月前

2023.08.03 窓辺

晴れた夏の日、昼過ぎに何気なくカーテンを開けて窓の外を見た。マンションの3階から見える狭めの道路とそれに面している家々。空を区切る幾つもの電線。人工物だらけの景…

Ryoma Sato
9か月前
2

2023.07.20 秋葉原 Cafeにて

通勤ラッシュを少し過ぎた朝、秋葉原駅近くのチェーン店のカフェに入った。テーブルは小さく、席と席の間隔がぎりぎり狭いと感じるほぼ正方形の店内。ホットブラックコーヒ…

Ryoma Sato
9か月前
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ゆきゆきて、神軍のレビューの下書きを半年放置している。ただ、いまもう一度見返したら、書き始められそうな気がする。

大佐に手紙は来ない / G・ガルシア・マルケス 感想

『ママ・グランデの葬儀(集英社文庫)』に収録の中編「大佐に手紙は来ない」の感想を簡単に書きたいと思う。 文庫本裏表紙にこの作品の紹介として、「喘息病みの老妻と恩給のくるのを待ち続ける老大佐の日々を偏執的とも言える簡潔な文体で描いた」とあるが、まさにこの簡潔な文体によって、恩給や軍鶏といった寄る辺ないものにすがる大佐とそれに長年付き合っている妻との鬱屈とした貧しい生活が、レンガがひとつひとつ積みあがっていくように立ち現れてくる。百年の孤独のような即物的かつ超現実的な表現はない

「中」山﨑 萌子 / Moeco Yamazaki @隙間(蔵前)の感想 -偶然的な「中」の邂逅-

山崎萌子さんの「中」という展示会にいってきた。 奄美大島の自然や催事が手漉きの紙に奄美大島独自の泥染めによって現像された写真の前に、それも偶然的に浮かび上がっていたのは、様々な「中」であった。 そこで展示されていた「入」と題された作品について、考えてみたい。 写真が現像されている手漉きの紙は、隙間を埋めるように絡み合った繊維がはっきりと見える。紙全体に泥染めによる漆黒が配置されているが、その漆黒にはうねりがあるようにみえる。紙を構成している繊維が一様に黒く染まっているわ

『人間機械(原題:Machines)』(2016) レビュー -覗きによる美と我々の応答について-

 この映画のテーマは言わずもがな労働問題であり、ドキュメンタリー映画として、劣悪な労働環境とその労働者たちを切り取る。この映画の現場である、まるで1つの有機体のような巨大のな繊維工場では、1つ1つの細胞としての労働者が現場における単純な1つの目的をもとに機能し、有機体にとっての壊死と再生を繰り返しながら、様々な模様をつけた布が出来上がっていく。そして、またその有機体からの排泄物にも小さな細胞が群がり、命のガラクタを探し出す。その細胞たち1つ1つの表情や動きを丁寧に映像で切り取

2023.08.23-8.31 老いと貧しさ

 最近、朝目覚めた瞬間に、カラダ中にこべりつくどろっとしたタールのような疲労を何千回と繰り返されてきた生活の記憶へのすり替えによって、消し去ることにも限界がきているようだ。カラダが、細胞の壊死と再生を繰り返しながら、岩が落ちてくる水滴に長い時間をかけて削られるように、ゆっくりと音もたてず丸く丸く削り取られていく。そして、それを誤魔化すために、生を受けたときから同じ感覚が、ー生の感覚がー、永続しているかのように、感覚の経験をぬるっと重ね塗りをし、欠損した身体を盛り上げていた。た

2023.08.16 現代的・原始的

日差しが突き刺すような夏の昼間、駅前の大きな通りを日を背にしながら歩いていた。道に沿ってには比較的背の高いビルが並んでいるが太陽の光がビルの間の道路分だけ焼き払ったかのように影はない。 日傘を差すもの、汗をぬぐいながらペットボトルの水を飲みつくすもの、無心の顔つきで暑さを滅却しながら歩くもの。みな、各々のやり方で暑さと戦っていた。 チェーン店の牛丼屋やランチが安い焼き肉屋が立ち並ぶ場所に差し掛かった時、店の前の電話ボックスにいる男が目に入った。 ボックスに収まりきらない

2022.10.21 言葉

言葉が意味を持つから語りたくない 追い越してしまったこれまで放った無数の言葉たちが 私の背中を追ってくる 私の歩幅にあわせて ただぴたっと追ってくるだけ 沈黙の中、 私はじっと考える 言葉はそれをただただ見ている

2023.08.08 捨てられたコトバと確かなイカリ

駅のトイレで用を済まして、洗面台で手を洗おうと少しだけ背中をまるめて目線を落とすと、鏡の前の台に名刺ほどの一枚の紙が置いてあった。 そこには青いマジックペンで 「健康保険証の  廃止反対!」 とぎりぎり読める文字で書いてあった。 ちらっとみてやり過ごそうとしたが、ふとそこに確かにあった誰かの怒りを感じた。 その言葉は頭で考えられたものではなく、イメージから来る反射的な不安や恐怖の応答として、染みこみやすい不特定の多数のコトバのように思える。形だけのそのコトバは、数多ある

2023.07.13/ 01.18/ 02.04 絶対的貧しさ

偶然にも私は恵まれている。 そして無限の選択肢がある。 だから、私は宙に浮いている。 私には相対的ではない、絶対的な貧しさが必要だ。 清貧でもなく、諦念でもない。 世捨て人になるわけでもない。 私はそこに居ることを選び取る。 私はいま在ることを引き受ける。 ただそれだけだ。

2023.08.05 花火

 今日は大きな花火大会が各地で開催されていることは知っていた。家から数駅の街でも催されるらしく、たまたま夕方前に妻とふたりでその駅に立ち寄ったときには、駅内はもちろん、近くの商業施設も厳戒態勢で数年ぶりの花火を楽しみにしている大勢の人たちを迎え撃とうとしていた。 そんな状況を尻目に家路についた。今日も蒸し暑い。汗が噴き出る。家に着くなり、シャワーを浴びた。夏のシャワー後は格別に気持ちがいいと、さっぱりした気持ちで床に寝転んだ。 ・・・居眠りから、ふと目覚めるとすっかり暗く

2016 真夏 大阪中之島 橋の上の眼

 生ぬるい膜が肌にまとわりつくある夏の午後、誰かの目を避けるかのようにどこまでもそびえ立つビル群の中を一定の歩幅で歩いていく群衆の波に乗っていた。今日も皆、ビルの中に紛れ込み、日常を繰り返すためにパソコンの前に座りにいくのだった。遠くに見える斜めに宙を切る高速道路に向かって、川沿いの歩道を歩いている。汗が額から顔の輪郭に沿って、曲線運動を行い、顎のあたりで落下する。目指していた高架線下の影に入った瞬間、信号が赤になった。信号待ちの人々がどんどん集まってくる。横断歩道のぎりぎり

2023.08.03 窓辺

晴れた夏の日、昼過ぎに何気なくカーテンを開けて窓の外を見た。マンションの3階から見える狭めの道路とそれに面している家々。空を区切る幾つもの電線。人工物だらけの景色に誰かが植えた植物群が点々と生えている。立派とは言えないが、それでも真夏の太陽のお陰で新緑の葉をここ一番に携えている。 今日は風が少し強めで、昼が過ぎ少しばかり穏やかになった日射を艶やかな葉が一斉に揺れながら方々へ照り返している。そこらに生えている木々が共鳴するかのように皆一斉に揺らめいている。 クーラーの風で揺れ

2023.07.20 秋葉原 Cafeにて

通勤ラッシュを少し過ぎた朝、秋葉原駅近くのチェーン店のカフェに入った。テーブルは小さく、席と席の間隔がぎりぎり狭いと感じるほぼ正方形の店内。ホットブラックコーヒーを頼み、角の席に座った。 コーヒーを口に運びながら店内に目をやると、左斜め前の二人用の席に新聞を広げて読んでいる初老の男がいた。白い半袖シャツにカーキーの短パンと長い白ソックス、ショッピングモールで売られているようなスニーカー。少し眺めていると、男はシャツの第2ボタンあたりを口に運び、丹念にしがみはじめた。じわっと