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この大声を聴け!:「モアー・ダンディズム」でものすごく声の大きい宝塚歌劇団星組の掛け声を堪能

文化庁芸術祭賞 演劇部門 新人賞受賞、礼真琴さん、おめでとうございます(賞状読み上げの語順)。以下、文化庁HPから受賞理由を引用する。太字強調は筆者。

「柳生忍法帖」の柳生十兵衛役では、強さの中に温かみのある人物像を的確に造り上げた。「モアー・ダンディズム!」では、レビューの根本である明るさ華やかさが横溢。2作品を通じて明瞭で幅広い発声による歌と芝居、指先まで神経の行き届いたダンスと、全てに安定感があるとともに、今後一層の可能性を感じさせた

ほぼ150字。素晴らしい。字数制限のある仕事をしている筆者はこういう(言うべき要素が横溢しているところを削りに削って)凝縮された文章を見ると嬉しくなってしまう。演劇人には当たり前の賛辞が並んでいるようで、太字にしたところは他の誰でもない礼さんの特質について言及している。文章の筋肉率が高い。プロテインのような誉め言葉を、筋肉率の高いトップにありがとうございます。

『モアー・ダンディズム』での礼真琴さんは確かに素晴らしかった。お披露目公演では華形ひかるさん、今回は愛月ひかるさんと、組を超えた伝説的な、堂々たる男役の惜しまれる退団を華やかに送りだす役目も果たしながらの、トップとして面目躍如、八面六臂、神出鬼没の活躍だった。評価されてよかった。そして筆者はもはやもう二度と生では観られない公演『柳生忍法帖/モアー・ダンディズム』ブルーレイの販促をする呪いにかかっているので今日はモアー・ダンディズムの話をします。

それにしても声が大きすぎる

ブルーレイを買ったらまず特典映像を観るのがオタクの常ではあろうが、そうではない人にもこの作品に関しては特典映像をお勧めしたい。わりと素っ気ない稽古場、素化粧、私服で行うトップスターたちの稽古の様子が伺えるだけでもかなり面白いのだが、それにしてもこの稽古場での豪快な歌い上げっぷりがすごい。私服なのにほぼリサイタル状態で、礼さんにつられてか愛月さんも瀬央さんも大変な熱唱。極めつけ『モアー・ダンディズム』の白眉たるキャリオカ場面(の稽古)、礼さんがひとり、大階段に見立てて稽古場の床に均等に引かれたバミリテープを軽やかに踏み下りながらひときわ優美に「今宵っ一夜をっ踊りあかそう~~~」と歌い上げたあとの掛け声、海を割る怒号と言っていいほどの「ウ"ア"アアアアアアイッ」、いくらなんでも大きすぎないか。漫画でいうと窓が割れて電線の鳥が軒並み落ちているところ。ほそっこいお兄ちゃん(的な)体のどこからこんな大声出してるのか。公に受賞を果たした演目に対してまず声の大きさを書き立てるのもどうかと思うが、本当にこの大声にビックリするので見てください。笑ってしまう。こういうチームびっくり人間みたいな、シンプルに身体能力が高い感じも星組らしい……のかどうか。ここの掛け声、もちろんただの大声ではなく、黒燕尾の男役たちを上手から下手から召喚するという極めて呪術性の高い「ウ"ア"アアアアアアイッ」で、公演本編で見るとさらに衝撃が増す。何が始まるのか。これはこういう試合なのか。剣道の稽古場ってまあこういう感じですよね。背筋に熱湯浴びせられるような礼さんの気合である。

『モアー・ダンディズムの見どころのひとつ、掛け声(気合)の多彩な表現

いまや宝塚好き芸能人のホープたる南海キャンディーズの山里さんがパートナーの蒼井優さんに連れられて、初めて星組公演『ロミオとジュリエット』にて宝塚観劇デビューをしたのが2021年3月、毎週のTBSラジオ「たまむすび」やご自分のレギュラー番組で大変興奮しながら初見の感想を述べていたのを覚えている(以下大意)。

『(場面の終わりとかで)ウォイッ……ていう吐息が入るのね、それがとんでもなくかっこいいの。スターさんしかやっちゃいけないのよそのウォイッは。愛月ひかるさんて方がやっててね、それがすごくかっこよくって……』

というように、とにかく愛月ティボルトの「ウォイッ……」の色気に脳天が痺れた話をされていた。吐息!なるほどあれは吐息に聞こえるのかと感心したのだった。武道の気合じゃなかった。思えば宝塚初心者にはとても気になる、が、次第に慣れてしまうのが、折をみて男役が発するさまざまな掛け声だろう。あれには名前があるのですか。

『モアー・ダンディズム』、見方によれば礼さんの多彩な掛け声、吐息、気合を楽しむ演目でもあった。先述の「ウ"ア"アアアアアアイッ」をはじめ、著作権の兼ね合いで無音になってしまったテンプテーションの場面、愛月さんとサシで(獰猛に&嬉しそうに)踊り始めるとき、無音と無音の間を切り裂くように残された野性味迸る「ア"アッイ!」もいい。ハードボイルドの瓦割りに入る前の「ウォイ…」は、愛月ティボルトにも迫る男臭さ。掛け声だけでも、実に多彩な表現を披露してくれた。現代的な前作のショー『Ray』ではこれほど多様な掛け声は見られなかったので、宝塚の男役の伝統に沿ったこうした掛け声のバリエーションを楽しめたのは『ダンディズム』ならではだったと思う。

そして礼さん率いる現星組がたどりついたダンディズムとは、やはり気合によるものが大きいかもしれないとも思った。その声の大きさはまず劇場に豊かに響くし、キレがよく爽快。礼さんの演技や在り方が「少年漫画的」と揶揄されることに対して、逐一反例を挙げたい気持ちも筆者には大いにあるが、確かにこのキレのいい気合によって主人公の元気玉的なものが受け渡されているのは間違いない。皆の元気玉をわけてくれなんてみみっちいことは、星のスーパーダンディは言わない。その体幹から無限に湧き出る美声は気前よく横溢し、ミラーボールで拡散される。この気合のかけ流し感というか、溢れ出る健やかな寛容さこそ、礼さんが表現しうるダンディズムだったのではないかと思う。「大声が面白いから見てね!」って言いたいだけなのに結論らしきものが出た。

ミッドサマー的、星組総出の陽キャの祝祭に堪えられるか@キャリオカ

礼さんのほかにも『モアー・ダンディズム』における星組の掛け声の見どころはたくさんあって、こんなご時世の中で瀬央ゆりあさんが指さす明るく健やかな未来をつかのま観客が体感できた「ラ・パッション」での「その若さ~~信じて~~~ェウアアアアアアイ!!!」も満点だし、そもそもキャリオカの場面で星組の男役と娘役総出で「◎$♪×△¥●&?#$!」と口々に歓声を上げるところ、陽キャのミッドサマーみたいになってる。高貴なヒャッホー感、ゆめゆめしい奇祭。星組のダンディ&レディたちはゴルフコンペやってそう。この気前のいい、晴れ晴れした、寛容な芸をぜひ味わっていただきたいです。

これだけ文字を費やして柳生はオープニング、モアダンは大声しか褒められていない。文化庁の選考委員の素晴らしさがわかろうというもの。宝塚をほめるのって大変ですよね。一秒一秒面白いんだもの……諸々至らないと思いますが、お許しください。

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