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『ヒロインになりたくて―2014 ver.―』

登場人物 ルイ(♀) ショウ(♂) ムク(♂)
「劇中小説」作中ルイが書いている小説です。暗転中にルイ or ムク or 第三者の声で読み上げてください。


   1

「運命の人に出会った。気がした」

 舞台中央にスポット。ルイが一人立っている。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 クラップの音。そして男(ムク)が入ってくる。手には丸めた脚本。

ムク カット!
ルイ ……。
ムク 気持ちが全然入っていないじゃないか。ほら、頑張って伝えるんだ。テイクツー。

 クラップ。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 クラップ。

ムク カット!
ルイ ……。
ムク 愛だよ、分かってるの? そんなんじゃ全然胸に響かないよ。もっとぶつけてこいよ。テイクスリー。

 クラップ。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 クラップ。

ムク カット!
ルイ ……。
ムク こっちは付き合ってやってるんだからさ、ちゃんとやってくれないかな。テイクフォー。

 クラップ。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 クラップ。

ムク カット! テイクファイブ。

 クラップ。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 クラップ。

ムク カット! テイクシックス。

 クラップ。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。

 ムクが呆れたように脚本を投げ捨てる。

ムク カット、カット、カーット!
ルイ ……。
ムク 好き、なんだよね?。

 ルイはじっとムクを見つめ、しっかりと頷く。

ムク 素直に、ね。もう一度、テイクセブン。

 ムクが舞台を去る。そして真に迫るようなルイの声が響く。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています!

「けれども、彼女は全く別の方向を向いていて僕の気持ちになんかこれっぽっちも気づかない」

 舞台全体が明るくなる。ルイの仕事部屋、ムクが捨て置いた脚本は原稿用紙の束だった。
 そこにショウが入ってくる。手にはビニール袋を提げている。

ショウ ごめん、遅くなって。
ルイ 好きです。私はあなたを愛しています!
ショウ え?

 しばし沈黙。

ショウ それは何、新しいネタ? お話の話、いや違うな。えっと――
ルイ 違う! 嘘、そう。じゃなくて違うの。そうお話。だからえっと……ちがくて、そうなの。だから違うの。
ショウ 何言ってんだかさっぱりわからない。
ルイ うん、あたしも分からない。

 再び沈黙、しかし先程とうって変わって和やかに、

ショウ 調子はどうよ?
ルイ よかったらあんたを呼ぶ暇ないわ。
ショウ だな。執筆に忙しいか。

 入り口付近に突っ立ったままだったショウは中へ。辺りに散らばった(はずの)原稿用紙を見つめる。

ショウ でも、案はあるんだろ。いきなりコクられたし。
ルイ だから違うって。でもそう、新しい小説を書きたくて。
ショウ よ、作家大先生!
ルイ 違うわ。
ショウ 売れたら俺も養ってくれ。就活で死にそうなんだ。
ルイ 断る。
二人 (笑う)
ショウ で、どんなん書くの?。
ルイ まだ全然。ラブストーリーなんだけど、主人公の人物像だけ決めたの。大学四年生。超絶イケメン。
ショウ まんま俺だな。
ルイ どこがよ。演劇やっててね、そっちの道に進みたいんだ。
ショウ へえ、そう。そこは小説家目指してるお前みたいだな。
ルイ ある程度自分に似てる方が書きやすいからね。まあ、そこに飲み込まれないように気を付けないとだけど。
ショウ そんなもんか。……ちょっと待てよ。
ルイ ん?
ショウ 俺、小学生の頃からルイのこと知ってるけど、彼氏いたことないよな。
ルイ 大きなお世話だ。
ショウ いやそうなんだけど、それで恋愛もの書くのが不思議でさ。
ルイ あんたね、恋してるやつが自分の体験で恋愛もの書いたらただの惚気だよ。の、ろ、け!
ショウ はあ。
ルイ 自分の想像力を最大限膨らませてさ、本当に好きな人がここにいたらとか考えてみる訳だよ。目があったら? キスしたら? たまんないね。
ショウ ただの妄想じゃん。
ルイ そうだよ、小説なんてフィクションだもん。多かれ少なかれ妄想だよ。
ショウ うわ、超きもい。
ルイ あ?
ショウ ……すんません。
ルイ よろしい。
ショウ んで、ネタの続きと俺を呼びだした訳をお聞かせ願おうか。要するになんか手伝えって話だろ?
ルイ はいよ。あ、その前にお茶でも淹れようか。それ(ビニール袋)差し入れでしょ。
ショウ ああ、そうだった。

 ショウは落ち着けるスペースを確保すると袋からお菓子を取り出す。
 同時にルイは「お茶」を取り出す。淹れると言ったのに五百ミリペットを手渡し。ペットボトルを見つめるショウ。

ルイ ん?
ショウ ……なんかいろいろ突っ込みたいところだけどいいや。(以後、適当にお菓子をつまみながら)で?
ルイ 主人公の名前はムク。
ショウ 犬みたいだな。
ルイ あ、あたしも思った。でもちゃんと深ーい意味あるんだよ。だから意地でも変えない。
ショウ そう?
ルイ で、せっかく犬みたいな名前だから純粋従順キャラにしようかなって、忠犬ハチ公みたいな?
ショウ それは後付けなんだ。
ルイ 悪い?
ショウ いや。
ルイ で、さっきも言ったけどムクは大学生の設定なんだ。あたしのイメージだと大学生って比較的時間のゆとりがあって、だからこそ趣味に没頭できるいい御身分なんだけど。

 ショウの顔が若干引きつっている。

ルイ ?
ショウ それで?
ルイ でも、あたしは実際に大学に通ってるわけじゃないからどんなところか現役から教わりたいかなって思って(視線でショウに返事を促す)
ショウ 俺から?
ルイ だめ?
ショウ ダメじゃないけど、何を知りたいんだ?
ルイ 大学生の常識で、あたしが知らないこと。だから何って言われても困るんだけど。
ショウ こっちだってそれじゃあ困る。
ルイ だからさ、ショウの大学にあたしが潜入するとか。
ショウ あ、そういう。
ルイ いいかな?
ショウ 大学は結構オープンな場所だから問題ないと思う――
ルイ だから、ね?
ショウ ん?
ルイ 案内しろって言ってんの。
ショウ はあ……はあ?
ルイ 何でそんな嫌そうなの?
ショウ だってそりゃ、大学行かずに小説家になるとかぬかしてほとんどバイトもせずに親のすねかじってる二十二歳という社会不適応者のお手本みたいな友達がいる、っていうのは俺の大学生活のトップシークレットだぜ?
ルイ ……。
ショウ あー悪い悪い。言い過ぎた。
ルイ ……。

 悲嘆にくれるルイ。が、ショウの軽さとルイの重さが逆にわざとらしい。

ショウ でも実際、俺が大学案内すんのはどうよ?
ルイ 何で?
ショウ それは……。
ルイ あ、女か!
ショウ へ?
ルイ 学内に女がいるからあたしを連れて歩くのは嫌なのか!
ショウ ……?
ルイ 裏切り者。

 悲嘆にくれるルイ。が、やっぱりわざとらしい。

ショウ あーはいはい。わかったよ。俺の方が忙しいんだから、俺が日程決めるからな。最近就活で全然大学行ってなかったんだよな。
ルイ ふうん。そんなにいい御身分でもないんだ。
ショウ 三年間いい御身分してきたのは否定できないけど。
ルイ ほう? それがいわゆる華の大学生ってやつ?
ショウ あれ、もしかしてインタビューモード入った?
ルイ あの、キャンパスに恋は転がってるってやつはホントなの? あっちもこっちも色めき立ってる、みたいな?
ショウ え? さあ、俺は縁がなかったから何とも……転がってても拾えなかったら意味ないからなあ。
ルイ あ、今のイイ。転がっている恋を拾えない。
ショウ いいの?
ルイ つうかホントに拾えてないわけ? ノリで裏切り者とか言ったけどさ、華の大学生を四年もやってて何で彼女がいないのさ。
ショウ んなこと俺が知りたいわ。なんかさ、中学生の頃は高校生になったら彼女くらいできるだろって思ってて、高校生の頃は大学生になったら彼女くらいできるだろって思ってたけど、そう簡単にできるもんでもないんだよな。現実って残酷だよな。
ルイ あ、それあたしの嫌いな奴。
ショウ 何が?
ルイ 現実はうまくいかないって奴。「事実は小説より奇なり」って小説のなかに書いてあったり「ドラマみたいにうまくいかないよな」ってドラマのセリフにあったり、お前それ作り話の中でよく使えるな、って。
ショウ 小説の話に戻ったの? 俺の話は?
ルイ お話と現実はどっちが「奇」でどっちが「ご都合主義」なのか、どっちだっていいわ。第一お客が求めてるのはリアリティーじゃなくてエンターテイメントでしょ。
ショウ それは違うだろ。リアリティーもエンターテイメントの一つなんだから。真に迫ってるからわかりやすい、泣ける、みたいな?
ルイ まあ、そういう考え方もあるだろうけど。
ショウ それにルイだって現実にネタ提供を求めてるじゃないか。それはリアルも面白いからだよな?
ルイ あーね、でもだからこそ「事実は小説よりも奇なり」は嫌いなんだよ。いくら現実設定でも、あんたが書いてるのは小説なんだから、そこは二番煎じを認めなさいって感じ。
ショウ まあ言えるかも。
ルイ 男と女がいて恋に落ちるってご都合主義の最たるものだからね。逆に両思いだったら普通もっと早くくっつくでしょ。あんなに回りくどいやつのどこがリアルなのさ?
ショウ 現実の恋愛はドラマチックじゃないと?
ルイ あたしはそうだと思ってる。
ショウ え、してるの?
ルイ はい?
ショウ 恋。
ルイ ……。
ショウ なぜ黙る?
ルイ いやー。冷静に考えるとあたしに恋愛を語る資格があるのかと恥ずかしくなってきた。
ショウ いいじゃんか、妄想上等で書いてるんだろ。
ルイ うー、よしサンプル。
ショウ 俺?
ルイ 恋したことありますか?
ショウ やめろ。
ルイ じゃあ一般論。一目惚れってホントにあると思う? 相手のことほとんど知らないのに好きになれるものかな?
ショウ ええ?
ルイ ほら、考えて考えて。
ショウ うーん……惚れるだけならあるんじゃないか?
ルイ というと?。
ショウ 顔だけで好きになること自体はあると思う。見た目に幻想持っちゃうこともあるし。ただ、中身がタイプじゃなかった時にそれでも好きでいられるかは別。
ルイ あ、確かに!
ショウ 好きになったら。
ルイ 何でも許せる。
二人 わけがない!

 通じ合えたぜ、の間。親指立てるとか。

ルイ あ、こういうのは? 恋のライバルがいたとして、客観的に自分より相手にふさわしいとかで、その人のために身を引くっていうのはあり得ると思いますか?
ショウ はー。
ルイ どう?
ショウ もっかい聞いていい?
ルイ だから、相手の幸せのために自分の恋はあきらめるってやつ。
ショウ そうだな……相手の幸せを願うってとこはあってると思うんだよ。でも、ライバルに任せてられないんじゃないかな。俺が幸せにするんだ、って自分磨きに励む。
ルイ お、前向き。
ショウ だろ、いいだろ。
ルイ じゃあさ、男と女の友情ってありだと思う?
ショウ え、俺たちじゃん?

 間。

ルイ あ、あー。そうだね。
ショウ 何を今更。
ルイ だね……あの、じゃあその友情が――
ショウ (時計を見て)あ、もうこんな時間? 俺、帰るわ。
ルイ え?
ショウ 明日も面接なんだ。
ルイ あ……頑張れ。
ショウ ああ、じゃあな。

 ショウが帰る。ルイ、玄関の方を向いてため息。
 間。呆然と虚空を見つめるルイ。そこにムクが現れる。

ムク 男と女の友情は、二人の間に全く恋愛感情がないことで成立するんだな。
ルイ そうじゃない場合は?
ムク 無理だろうね。
ルイ どうして?
ムク どうしてって、振られた後に零か百かは嫌だって友情を求めるのは虫が良すぎる話だろう。だいたい恋愛感情がある相手に「ここまで」なんてラインは引けないだろう。結局全部求めたくなってしまうから。
ルイ そうかな?
ムク きれいさっぱり諦めて、零でもいいと思えるまでは友達にはなれない。
ルイ そう、なのかもね。ところでムク。
ムク なあに?
ルイ さっきとちょっとキャラ違くない?
ムク そう? まあ、僕はルイちゃん次第だから。
ルイ いい子だ、さすが忠犬ハチ公。
ムク (極上のスマイル)
ルイ きゃあ、愛してる!

 ルイがムクに抱き着く。ギュッとなるか否かぐらいで暗転。

「あたし一応女なんだけど。彼女が口をとがらせて言う。一応、なんてつけるまでもなく僕は彼女を女性として見ている。けれど、彼女の意中の男はそうでもなくて、女として見ているのなら決してできないような言動を見せるらしい。ちなみにその男というのは彼女の幼馴染だそうだ。幼馴染か、いい響きだ。羨ましい響きだ。いいじゃないか、それでも一緒に居られるなら。そう言おうとして、僕も彼女に男として見られないことへの虚しさを感じる。そしてやけを起こしたような考えが込み上げてきた。ねえ、だったらいっそ、告白しちゃえば――?」

   2

 仕事部屋で転寝しているルイ。一場よりも紙が散乱している。ショウが上着を脱いでルイに掛けてやる。と、ルイが目覚める。

ショウ あ、起こした?
ルイ ふぇ?

 間。

ルイ ごめん、ちょっと状況がつかめない。
ショウ え、うたた寝してたから。
ルイ だって、え、いつからいたの?
ショウ いつからってずっと前から。
ルイ ……?
ショウ すごいな、ずっと書いてるんだもんな。(原稿用紙を拾う)
ルイ あ、だめだめ。だめ!

 暗転。

「好きです、僕はあなたを愛しています。渾身の思いを込めても、しかし彼女の瞳は揺らがなかった。だから冗談交じりに尋ねる。どうだった、僕の告白? すると彼女は『格好良かった』『さすがは未来の天才演出家だ』なんて調子のよいことを」

 明転。ショウがいたポジションにムクがいる。

ルイ ムクかー(脱力)
ムク どうしたの?
ルイ なんでもない。
ムク そう。
ルイ ……大学、行ったんだ。
ムク じゃあ、僕がどんな大学生か分かったの?
ルイ ちょっとはね。やっぱり専攻は日本文学。文学青年っていいよね。演劇やってるって言ったけど、役者じゃないんだね。演出家志望。
ムク 演技指導してあげたじゃん。
ルイ 確かに。いや、演技じゃないし。
ムク じゃあ今度は文学青年っぽいことしようか。
ルイ え?

 ムクはどこからか文机を持ってくる。その前にルイを座らせ、筆を握らせる。

ルイ これ……?
ムク 手紙書こうか。ルイちゃん面と向かって話すの苦手みたいだし。
ルイ 苦手なわけじゃないよ。ただ適当なことしかしゃべらないだけだよ。
ムク それがダメなんじゃないか。告白、できないままだよ。伝えないと絶対伝わらないんだから。
ルイ それは、そうかもしれないけど。って、え? ラブレター?

 ムク、笑顔で頷きルイを促す。文机に向かうルイ。しかし進まない。

ルイ 何書けばいいの?
ムク 書くことはルイちゃんの得意分野でしょ。
ルイ だって本当のことは書かないもん。全部妄想。そもそも誰に書くの?
ムク (人差し指を口元にあて、次いでこめかみに当てる)
ルイ え?
ムク 分かってるでしょ?
ルイ ……。
ムク ほら。
ルイ ……で、何書けばいいの?
ムク (少し考えて)一筆啓上申し上げます。
ルイ え、そこから? 時候の挨拶とかしちゃう?
ムク ああ、じゃあ前略で本題に入ろうか。
ルイ 草々で結ぶラブレターも珍しいね。

 筆を構えてルイはうんうん言っている。そして気付く。

ルイ ねえ、今時はメールじゃない?
ムク え?
ルイ むしろライン? 「831」で「アイラブユー」らしいよ。
ムク ……。
ルイ あと、今時の「KY」は「空気読めない」じゃなくて「恋の予感」なんだって。
ムク なんか、情緒がないなあ。

 ムク、はける。

ルイ あ、ムク。

 置いてけぼられたルイがしばし呆然。そしてショウが入ってくる。

ショウ こんちわ。
ルイ ああ。よう。
ショウ ……何で文机?
ルイ ……何でだろう?
ショウ 分からんのかい。
ルイ 今どき文机で書くかな?
ショウ 誰が? 何を?
ルイ ムクがラブレター。文学青年なの。
ショウ 俺も一応文学部だけど、それだけで文机はないわ。
ルイ だよね。演出家と文机も関係ないよね。
ショウ ……?
ルイ まあ、いいさ。何か面白い講義でもあったんだろう。
ショウ 講義? どんな?
ルイ 例えば……習字とか?
ショウ ああ、あるな。
ルイ え、あるの?
ショウ 国語の教職課程として。要するに先生になりたいやつが習字の授業を受ける、と。
ルイ はあ、教職課程ね。思いつかなかったわ。
ショウ 教師になる気がなくても教職課程とってるやつって多いよ。文学部だと他にとれる資格とかないし。
ルイ ふうん。
ショウ 教育実習に憧れてって、よく分かんない動機の奴とか。
ルイ あー、出会いとかあるかな。
ショウ それは……そう言えばヒロインはどんな人なの? まだ主人公しか聞いてなかったよな?
ルイ ……美女。
ショウ だけ?
ルイ 今のところ。
ショウ なにゆえ?
ルイ どうして?
ショウ どうしてってどうして?

 間。

ショウ いや、何にも決まってないのに美女だけ決まってるのはどうしてって聞いたんだけど。
ルイ ……。
ショウ え?
ルイ ……男は美女とそうじゃない子と、どっちが好きなのよ?
ショウ まあ、一般的には美女。
ルイ 女は美男子とそうじゃない男と、どっちが好きだと思う?
ショウ ……一般的には美男子かと。
ルイ そういうこと。
ショウ どういうこと?
ルイ フィクションなんだから需要に合わせる。ね?
ショウ でも美男美女カップルじゃ、嫌味っぽくならないか? 大丈夫なん?
ルイ 何で? 目の前にいる訳じゃないんだよ。妄想で卑屈になる人なんているの?
ショウ はあ。
ルイ 実在しない人間に対して嫉妬する必要なんてないし。そもそもビジュアルなんて決めたところで文字なんだから自由だし。読者様のイメージにお任せするわ。
ショウ はあ……ちょっと難しい話やめようや。
ルイ なに? ふっといて。
ショウ ふったつもりもないんだけど。
ルイ フッたつもりない? じゃあ付き合っちゃおう。
ショウ ……だいぶいかれてるな。
ルイ だとしたらショウのせいだ。
ショウ へ?
ルイ ショウがケチ付けるからじゃん。
ショウ え~、ケチ付けた俺? いつケチ付けた?
ルイ ていうか、あたしはショウにネタ提供的なことを依頼しているのであってプロデューサー気取りでダメ出しとか……(急に黙り込む)
ショウ ルイ?
ルイ あ、プロデュース。
ショウ え?
ルイ 恋愛のプロデュース! いこう!
ショウ ええ?
ルイ そうだよ。最初からムクは演出家だったじゃん!

 ルイは新しい原稿用紙を引っ張り出し何やら書き始める。

ショウ おーい。

 ルイは書くのに夢中でもう取り合わない。呆れたショウが一度はけ口へ。入れ替わるようにムク登場。ルイに優しく語りかける(でもルイは聞いてない)

ムク ようやく僕の役割を見つけてくれたね。そう、僕は恋のプロデューサー。だから、ヒロイン志望のルイちゃんの背中を押し続けるってわけ。(ショウがはけた方を見て)彼のことが好きなんだよね? さてさて、この恋の行方はどうなるのかな。

 暗転。

「面と向かって好きだと言うのが一番効果的で誤解のない告白方法である。少なくとも僕はそう思う。彼女もそれには同意のようで、先程の僕の告白を『最強だった』と述べる。本当に最強だったら今頃彼女は落ちているわけだけどね」

 明転。仕事部屋で転寝しているルイ。ショウが上着を脱いでルイに掛けてやる。と、ルイが目覚める。

ショウ あ、起こした?
ルイ ふぇ?

 間。

ルイ ごめん、ちょっと状況がつかめない。
ショウ え、うたた寝してたから。
ルイ だって、え、いつからいたの?
ショウ いつからってずっと前から。
ルイ ……?
ショウ すごいな、ずっと書いてるんだもんな。(原稿用紙を拾う)
ルイ あ、だめだめ、だめ!

 間。

ルイ あれ、デジャヴ?
ショウ こんな散乱させといて見るなってのもどうかと思うぞ。
ルイ ……いやー、まあそうなんだけど。
ショウ どうせ後で読めって渡してくるくせに。
ルイ あのね、出来上がった後ならいいの。完成する前の頭の中がなんかこにゃこにゃした感じのところを見られるのが苦手なの。
ショウ ん?
ルイ ほら、あたし構成練って下書きしてる間は原稿用紙でしょ? それで清書が始まったらパソコンで打って。プリントアウトした奴なら見られても平気なんだよね。
ショウ 別に内容たいして変わんないじゃん。
ルイ そうなんだけど、なんかこう作品化? あ、独立! そう作品として独立した感じなの。あたしの手を離れてるから平気なの。
ショウ はあ?
ルイ しかもラブストーリーでしょ。今回は出来上がってもちょっとショウには渡しづらいね。
ショウ ほう、その心は?
ルイ 処女が書いたベッドシーンってどうよ?

 間。

ショウ ん、んー。(やたらと咳払い)
ルイ やっぱダメか。本物を知ってる男には。
ショウ んん……いや違くて。もう何でそういうこと言っちゃうの!
ルイ は? 今の恋愛小説にはいくらでも書いてあるよ、大サービスだよ。マンガとか映画とかと違ってビジュアルないからもうやりたい放題。
ショウ いやそうかもしれないけど。
ルイ でもあれこそ恋愛小説家たちの妄想だろ。そうに違いないんだ。どこまで体験してるかなんて本人にしか分からないし。
ショウ お前ホントそれ――
ルイ これがホントの処女作ってね。

 間。

ルイ あ、処女作って言葉の意味知ってる? 初めて書いた作品ってことだけど。
ショウ ああ、うん聞いたことある。
ルイ なんかこういう言葉の綾って好きなんだよね。前にね、あたしが「R十八」の意味で「十八キン」って言葉を使ったらウチの母親が完全に「十八K」の意味で会話続けてたんだよ。あの人の思考回路だと「AV」も「オーディオヴィジュアル」なるのかな?
ショウ ……そろそろセクハラで訴えていいか。
ルイ どうぞどうぞ。誰に訴えるのか知らないけど。
ショウ (溜息)
ルイ そんな溜息つかないでよ。頑張ってクオリティー高いの書くからさ。
ショウ そういうことじゃないんだけど。
ルイ じゃあどういうこと?
ショウ ええ?
ルイ ほら言ってごらんなさい、セイ!
ショウ ……ルイさ、そういうこと俺に言って平気なわけ?
ルイ へ?
ショウ へ、じゃねえよ。俺、一応男だからな。
ルイ 一応なんかつけずに男だと思ってるよ。
ショウ だったらさ、もうちょっと恥じらいとか躊躇いとかないわけ?
ルイ あるよ。
ショウ え?
ルイ あるに決まってんじゃん。今回のは色んな意味でショウに見せるのはガチで恥ずかしいんだって。でも小説的には、一番大事なのはクオリティーだし、今更ショウの前で恥ずかしがること自体恥ずかしいし……処女の限界だと思われたら恥ずかしくて死ねるね。
ショウ (呆然と)あ……そう。
ルイ それだけ?
ショウ いや、なんて言うか……ごめん理解がおっつかないわ。いきなり畳み掛けられてあっさり回収されたから。
ルイ それも狙いだから。
ショウ そうか。
ルイ うん。
ショウ ……あと、どうでもいいんだけど。
ルイ うん?
ショウ その……俺も本物は知らないから。

 ルイが呆気にとられて空気が凍ったところで、暗転。

「あたしってさ、恋とか似合わない人間なんだよね。なんて言うか……絶対『ヒロイン』にはなれないキャラクター。いや、いい話をするつもりはないんだけど、誰しも主人公にはなれると思うんだ。どんな話かを別にすれば、みんな人生ってストーリーの真ん中にいるしね。でも『ヒロイン』はダメ。英語の‘heroine’は女主人公だけど、カタカナの『ヒロイン』は主人公のマドンナ。かなり選び抜かれた人材なわけ。そしてあたしは選外。
そして彼女は、僕と二人で出掛けてもドラマなんて皆無だと笑う。そんなことないって言いたかったんだけど、そこにドラマは――」

   3

 舞台中央に花かごを持って立っているルイ。小指には赤い毛糸が結ばれており、糸の先はくねくねと舞台袖まで続いている。と、そちらも気になるが気にせずルイは花占いに興じている。

ルイ 好き、嫌い、好き、嫌い……。

 結果は「好き」一瞬顔をほころばせるが、すぐに不安な表情に。

ルイ 違うよ。「好き」なのは知ってる。問題は「ライク」か「ラブ」か、だもんね。

 改めて花占いを始める。

ルイ 好き、友達、好き、友達……。

 結果が出る前にムク登場。彼はもこもこした赤い毛糸玉を抱えている。

ムク ルイちゃん。
ルイ ムク。それ……ムクの赤い糸?
ムク そう。ルイちゃんが続きを決めてくれないもんだから、こんがらがっちゃったよ。
ルイ ああ、ごめんね。ちょっと行き詰っちゃって。
ムク ルイちゃんが自分のことで手一杯だから。
ルイ ごめんごめん。
ムク ルイちゃんの赤い糸は?
ルイ え?

 言われて初めてルイは自分の小指を見つめる。

ムク 花占いもいいけどさ。(糸をさして)気にならないの?
ルイ そりゃあ、気になるけど。
ムク 誰とつながってるのか、知りたくない?
ルイ そりゃあ、知りたいけど。
ムク 辿ってみようか?
ルイ (首を振る)それは、ちょっと……。
ムク どうして?
ルイ だって……。
ムク 怖いのかー。
ルイ ……だって。
ムク そうだよね、怖いよね。
ルイ ……。
ムク みんな怖いのは一緒。でも、一歩踏み出した人だけが前に進める。そして前に進める人間だけが主人公になれる。ルイちゃんはヒロインになりたいんだよね?
ルイ (頷く)
ムク 運命の人と結ばれたいんだよね?
ルイ でも、運命の人って誰なの? 彼なの?
ムク それは確かめてみないと分からないよ。でも大丈夫。これは君が作るお話なんだから、君の望むものが見つかるはずさ。
ルイ そうかな?
ムク さあ、真実を見つけに行こうか。

 ルイは意を決して糸を辿り始める。逆にムクは手にしていた毛糸玉をほどいていく。

ムク ごめんね、ルイちゃん。

 なんて呟きながら。そこへふらふらっとショウが登場。夢の世界に迷い込んだ感じ。

ショウ あれ?
ムク やっと会えたね。
ショウ 誰?
ムク 知らないとは言わせないよ。
ショウ ……え?
ムク 君が言ったんだ。ライバルには任せておけない、俺が幸せにしてやるって。
ショウ それって。
ムク だから僕は君に任せることができなくなった。ルイちゃんがそう決めてしまったんだ。
ショウ あんたが、ムク?

 ムクは答えない。が、沈黙の肯定と受け取れる笑みを見せる。

ムク ラブストーリーに三角関係はつきものだ。主人公は「自分が好きな人」と「自分を好いてくれる人」と、どっちと結ばれると思う?
ショウ は?
ムク 結局最後に我を通せるのが主人公の特権だよね。どんなに周りを傷つけようと、どんなに自分が不幸になろうと、ロマンチックラブは「ただこの人と一緒にいたい」って思いが勝つと決まっているんだ。
ショウ あの、さっぱり意味が……。
ムク 分からないかな。ルイちゃんはヒロインになりたかったんだよ。僕にプロデュースしてもらってさ、君に思いを伝えられたらハッピーエンドだ。だって、君もルイちゃんのことが好きなんだから。
ショウ 俺?
ムク そうでしょ?
ショウ 俺が、ルイのこと……?
ムク あーあ、無自覚か。幼馴染って設定はずるいよ。
ショウ ルイ……。
ムク でも残念。この物語の主人公は僕なんだ。
ショウ ……?
ムク さて、クライマックスだ。

 突然、ムクはショウに銃を突きつける。

ショウ ちょ、ちょっと待てよ。落ち着けよ。意味が分かんねえよ。
ムク 簡単だよ、主人公とライバルの直接対決。いいじゃないか、お話なんだからちょっとくらい大袈裟でも。
ショウ お、おい。
ムク いいの? 抵抗しなくて。どっちにしたって僕が勝つけど。だって僕は主人公だから。
ショウ そ、そんなんで。
ムク そうだね、お話としてはかなり出来が悪い。僕も勉強不足だな。
ショウ ル、ルイは……?
ムク 彼女が本当にヒロインだったら、この場に駆けつけてくれるだろうね。そして僕を説得して改心させるんだ。でもルイちゃんは来ないよ。だって彼女はヒロインじゃないから。僕が演出したただの女の子。主人公の僕と結ばれれば絶対に幸せになれるのに、自分がヒロインになりたくて自分の恋に生きようとするからこうなっちゃったんだ。
ショウ お前……。
ムク じゃあね。

 暗転。銃声がとどろく。ガシャンと、その銃を投げ捨てる音。
 明転。倒れているショウ。立ち尽くしているムク。
 そこに赤い糸を辿り続けていたルイが現れる。糸の先はムクがほどいたものだった。そこまで辿り着いてルイはショウが倒れていることに気付く。

ルイ きゃああああああああああ!

 崩れ落ちるルイ。その傍らに投げ捨てられた銃に気付く。

ルイ これ……そう、そういうこと。あたしがなるのは悲劇のヒロインってことなのね。天国で一緒に結ばれようって、そういうことなのね。……いいよ、やってやるよ。

 ルイはゆっくりと銃を拾い上げ、それをこめかみに当てる。目を瞑り、人差し指に力を込めた瞬間――彼女は腕を掴まれる。振り返るとムクがいる。

ルイ 放してよ!
ムク 放さないよ。
ルイ 何で!
ムク 何でって、僕は君たちをロミオとジュリエットにする気はないからさ。
ルイ ムクがそう演出したんでしょ。
ムク そんなわけないだろ。
ルイ だって!
ムク そんなわけ……ないだろ。

 長い沈黙。いつしか二人とも腕の力が抜け、銃は再び地面に落ちる。

ムク まったく、どういうヒロインだよ。
ルイ ……。
ムク しょうがない。一ついいことを教えてあげよう。
ルイ なに?
ムク ヒーローに奇跡の生還はつきものだ。
ルイ え?
ムク だからさ、彼が本当に君の王子様だったらこんなところで死ぬはずがないって言ってるの。
ルイ え? だって。
ムク ロミオとジュリエットの悲劇はロミオの勘違いが原因なんだ。ジュリエットが死んだって早とちりしてさ。ルイちゃんは見たの? 彼が撃たれて倒れた瞬間を、本当に。
ルイ それは――
ムク 見てないよね。ここで何があったのか、彼に何が起きたのか、ホントは誰も知らないんだ。
ルイ ショウ!

 ルイはショウのもとに駆け寄る。身体を揺さぶったり「起きて」と声を掛けたりするが、反応はない。

ルイ 起きないよ!
ムク そりゃ、そう簡単に目覚めないよ。ここは物語のクライマックスなんだから。
ルイ じゃあ、どうするの? ヒロインは、奇跡を信じてただ待ってるの?
ムク 昔話のヒロインなら、確かに王子様を信じて待っていればそれでいい。でも、ルイちゃんは「今どき」にこだわっていたじゃないか。今の女の子はもっと積極的だよ。
ルイ じゃあ。
ムク 奇跡を起こす恋の魔法なんて、今も昔も一つしかない。

 沈黙。そしてルイは何かを悟る。

ルイ そうね、それしかないよね。
ムク ああ。じゃあ僕はお暇するよ。こんな大事な場面に演出家の姿があったら、せっかくの雰囲気が壊れちゃうからね。じゃあ、また。

 といって、ムクはける。それを見届けたルイはショウの隣にひざまずき、じっと彼を見つめる。しばらくして、覚悟を決めるとそっとショウに口付ける。暗転。

「まずは彼女の幸せを思えばと考える。そして、鈍感な幼馴染に任せておけるのかと考え直す。どちらが正しいのだろう。いや、僕が彼女にふさわしい男ならばそれが一番簡単じゃないか。告白方法はいまだ検討中。だから直接言えばいいのに、無理だと否定する彼女が可愛くて……僕は一つの答えに辿り着いた。
電話にしよう。彼女の希望を鑑みた最善の譲歩策だった。提案してみれば少しずつ乗り気になっていく。彼女はじっと携帯電話を見つめる。そして僕に『掛けようか』と問いかけた。僕はうなずいて、電話を抱える彼女を見守った。コール音が響く」

 電話のコール音。

   4

 再び、雑然とした仕事部屋。ルイは床に化粧品を並べ、鏡と睨めっこしている。そこにショウが現れる。

ショウ こんちゃー。
ルイ きゃ、ちょっと勝手に入ってこないでよ。
ショウ ……へ?
ルイ もう。
ショウ 今更言われても……何してるの?
ルイ 見りゃわかるでしょ。
ショウ ……化粧?
ルイ 何で疑問形?
ショウ いや、する意味が分からなくて。
ルイ 明日出かける用があるの。久しぶりにメイクするからやり方覚えてるかなって。
ショウ へえ。
ルイ ごめんね、普段すっぴんで女子力なくて!
ショウ いや、化粧はむしろ女の子が意識しすぎなだけだと思うけどな。だいたいの男はすっぴんの方が可愛いって言うよ。
ルイ あれはすっぴんも可愛い女と付き合いたい、化粧に騙されたくないって男の方便でしょ。服装規定も男女差別ばっかりだし、結局見た目を要求してるよね。
ショウ ……あ、そういやファミレスでバイトしてる友達も男女差別だって言ってたな。
ルイ へえ、どんなルール?
ショウ 髪を伸ばしちゃいけないって。衛生面がっていうけど、女子は結べばオーケーなのに、何でって。
ルイ (最後にかぶせて)って、男かよ!
ショウ 男だけど?
ルイ あー、でもなんか納得。伸ばしちゃいけない理由は見えないね。
ショウ 最近は髪長い男も多いからな。
ルイ さらに昔は髷結ってたからね。
ショウ 確かに。
ルイ って、ああもう、片付けないと。
ショウ 今更散らかってても別に。

 ルイは化粧品を片付ける。それを見てショウもなんとなく散乱しているものを拾う。と、手にした「紙」が気になった。

ショウ 何これ?
ルイ ん、ああそれ? 婚姻届。

 間。

ショウ え? 何、結婚するの?
ルイ まさか。ちょっと本物を見てみたくて。

 間。

ショウ ちょっと見てみたくて?
ルイ ああ、資料として。役所行ったら思ったより簡単にもらえたよ。
ショウ あ、そう?
ルイ 結婚は人生のゴールとか墓場とかいうけどさ、こんな紙切れ一枚でその後の人生が決まるって考えるとやっぱ怖いね。
ショウ はあ。
ルイ その決意表明のための結婚式は近頃めっぽう経済的で簡略化でしょ。
ショウ あ、親戚しか呼ばないってやつ?
ルイ そうそう。あたしもウェディングドレスには別に憧れないけど。あ、どっちかっていうとあれ? 綿帽子か角隠し。
ショウ 神道式か。
ルイ 指輪の交換より、三々九度?
ショウ でも指輪は欲しいとか。
ルイ 言うよね。
ショウ そんな君にこれをやろう。

 ショウは懐から小箱を取り出す。

ルイ 何これ?
ショウ 見りゃわかる。

 開けてみるルイ。中には指輪……ではなくペンダント。

ルイ まあここで指輪が出てきたら若干引くところだったよ。
ショウ でもあれだからな。
ルイ 何?
ショウ 給料三か月分!
ルイ 就活難民の給料っていくらよ。バイト代が月一万ちょっとで三、四万ってとこ?
ショウ う……。
ルイ 図星だな。それでも生活できちゃう実家生。
ショウ ルイに言われたくねえよ。返せよ。
ルイ ヤダ、返さない。
ショウ だったら大人しく受け取れ。
ルイ うん、もらっとく。

 ルイは箱にペンダントをしまい込む。

ルイ これって何? こいつ(紙の束=小説)の完成祝い?
ショウ まあ。「ついにできたんだ読め」って電話越しにめっちゃハイテンションだったから。
ルイ ああごめんね。
ショウ いいよ。俺もハイテンションだったから。
ルイ え?
ショウ ついに内定が出ました!
ルイ おー。よかったじゃん。
ショウ ホントよかったよマジで俺がどれだけ……(このまま愚痴が続きそうな感じ)
ルイ (聞き流しながら)じゃあ、あれだね。来年から給料三か月はこんなものじゃないってことだね。
ショウ え? あ、まあそうだと言えばそうだけど。
ルイ いつ指輪が出てくるかな。
ショウ 何だそのガメツイおねだりは? もっとなんかいい感じにいい雰囲気を作り出せよ。ここもっといいシーンだろ。
ルイ うちらでそれは無理。
ショウ か。
ルイ ショウは将来、結婚したい男の三条件にぴったり一致するかもね。
ショウ え? 高学歴、高身長、高収入? いやー、さすがにそれは。
ルイ 今どきは、三高じゃなくて三平だぞ。
ショウ へ?
ルイ 平凡な顔、平穏な性格、平均収入。
ショウ ……。
ルイ 高いか並みかより、学歴よりも性格ってところの方に今どきを感じるよね。
ショウ 変なフォローを入れるな。
ルイ (聞いてない)あ、次の作品なんだけど。ショウはさ、同じ小説家の作品が並んでるときに「この作品とこの作品は全く別の世界」ってパターンと、「同じシリーズではないけどどこかリンクしてる」ってパターンと、どっちが好き? あたしはリンクしてる方かな。
ショウ え? よく分かんねえんだけど。
ルイ だから、関係ない別の作品に同じ登場人物とか事件とかがちらっと入っているやつだよ。作者の遊び心だよ。ヘタすると辻褄あわなくなって逆に追い詰められるタイプの奴だよ。
ショウ はあ……てか、今から次の書くの?
ルイ まだ書かないけど。明日はこいつを出版社に持ち込んでみようかと思ってるし。
ショウ ああ、それで出掛ける。じゃあ今日は別にいいじゃん。
ルイ あ、じゃあ何? 今夜は祝杯? 飲んじゃう系?
ショウ 金もないのにな。
ルイ お金も仕事もなくたってお酒を飲むのは若者の特権だい!
ショウ イエッサー!
ルイ そうと決まればほら。買い出し。
ショウ え、俺かよ。人使いの荒い家主だな。
ルイ あたしはここ片付けとくから。
ショウ そうかいそうかい。
ルイ いいから行ってこい。

 と、ルイはショウを追い払う。一応片付けの続きらしきこともする。ホッと一息。そこにムク登場。

 留守電のアナウンス「お留守番サービスに接続します。ピーッという発信音のあとに――」
 通信遮断の音。

ムク 終わったね。
ルイ なんとかね。
ムク これでよかったの?
ルイ だってあたしはヒロインになりたかったの。
ムク ホントに自分勝手な子だ。でもそういう子、嫌いじゃないよ。
ルイ お客さんの期待を裏切って?
ムク 裏切れたのかはお客さんに聞いてみないと。
ルイ そうだね、ショウにも早く結末を知ってほしいな。あの小説、最後のどんでん返しが気に入ってるの。
ムク うん。

 二人見つめ合う。

ルイ 好きです。私はあなたを愛しています。
ムク 僕も、愛してるよ。

 暗転。

「運命の人に出会った。確信した」

                             〈了〉

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