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『あの伝説の公演はここから始まった』

「やっぱ演劇って観るよりやるのが楽しくない?」
 香奈がそう呟いた時、私たちはとある和菓子屋さんにいた。
 店の奥に並んだ椅子にたむろして――あれを「イートインスペース」とは呼びたくないのだが、どんな言葉が正解なんだろう?――たい焼きとお茶を頂きながら観てきたばかりの舞台について話していたのである。
「ね、演劇の美味しいところだけかじることってできないかな?」
「美味しいところ?」
 私が聞き返すと、隣の鏡くんが分かるかもと説明してくれた。
「要するに辛い稽古期間をすっ飛ばして本番を迎えたいんだろ?」
「でも、そんなことしたら――」
「グッダグダになるだろうね」
 しれっと香奈が言う。
「だったらお客さんなんか呼ばなきゃいいじゃん。あたしは演劇がしたいのであって、観客を楽しませるのは二の次でいいと言うか」
「身内で楽しむための公演か」
 鏡くんが何かを考えながらたい焼きにかじりついている。
「……三日あればいけるか」
「え?」
「読み合わせして配役とスタッフのこと決めるのに一日。最低限の買い出しと稽古に一日。で、本番当日」
「……マジで?」
「香奈が言ってることってそういうことでしょ?」
 鏡くんの確認に香奈の方がビックリしていた。
「できるの? ホントに?」
「真紀が仕切ってくれればできると俺は思う」
 そう言って、私の方を見た。
「スケジュールとタスクの管理は真紀の仕事だったからね。真紀がケツ叩かないと香奈も脚本書き上げられないだろう?」
「確かに」
 なんて香奈までこちらを見つめる。
「……ああ、もう!」
 私は一つ溜め息を吐き、紙コップのお茶を飲み干した。
「いつやるの?」
「へ?」
「あんたたち『やりたい』しか言わないじゃない。まず仮スケジュール押さえちゃって、会場探して……あ、さすがに三人じゃ厳しいけどあと誰に声掛ける?」
 鞄から手帳を引っ張り出す。
「やべー、真紀のスイッチが入った」
「なに他人事みたいに言ってるの? 会場探しは鏡くんの仕事だからね」
「俺?」
「当たり前でしょ。他に誰が機材のチェックするの? それとも照明機材のないレンタルスペースとかでもいい?」
「……やだ」
「そりゃそうだ。鏡にとっての美味しいところは機械いじりだもんね」
 香奈がにっこり笑う。
「あれでしょ、たい焼きも餡子より生地の方が好きなんでしょ」
「確かに生地の方が好きだけど、上手いこと和菓子屋を回収しようとしなくていい。まったくこれだから物書きは」
 それから三人で頷き合った。
 劇団夢物語の立ち上げの瞬間である。

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