2012年4月の福井のセンターオーバー事故

2012年4月に起こった、福井のセンターオーバー事故に関するまとめ

この裁判は、センターオーバー事故の被衝突車側に4,000万円の損害賠償を命じた裁判として知られるもの。いまだに交通系Youtubeのコメント欄で見かけることのある話題。過去に話題があがったときに一度調べている。今回、その調べたものをまとめなおした。

なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や裁判例原典や弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。


裁判例の原典

裁判例の原典は以下の場所にある。

どのような裁判なのかを原典確認した。すると二つの裁判が同時に行われていることがわかる。事件番号は、福井地裁の平成25(ワ)51と平成25(ワ)310。
場面で原告や被告の立場が変わることになり、わかりにくいところがある。

事故態様、車両や乗車の関係

事故態様、車両や乗車の関係

事故態様(衝突時)

F車が北進車線を走行中、南進するG車がセンターオーバーし、F車に衝突。事故写真がネット上に残っていたので見てみると、ほぼ正面衝突の状態。

乗車状況と人的被害

被衝突車F車はFが単独で運転。ゴルフコンペに参加するため、E社の社用車で向かう途中の事故。後遺障害を被っている。裁判で争われる事件2種類のうち、甲事件はこれに対するもの。

衝突車G車はAが運転。G・Kが同乗。3人はコンサートの帰り。車の所有者は亡G。最初は亡Gが運転していたが、のちにAに交代。Aが運転中に事故となった。

亡Gは助手席で寝ていた。亡Gはシートベルト非着用。裁判で争われる事件2種類のうち、乙事件は亡Gが亡くなったことに対するもの。

Kの位置は後部座席としか記されていない。運転手側の後部座席か、助手席側の後部座席かは不明。Kは寝ていた。車の所有者でもなく、シートベルトをしていたためか、訴訟となるほどの大きな怪我もなかったのかもしれず、この裁判においては訴外。

裁判における上記以外の人物や法人

B・C・Dは、亡Gの相続人。Bが妻、Cが父、Dが母。これらは相続割合に伴う金額の多寡が異なるだけ。そのため、まとめてBCDと取り扱う。

E社はFの務める会社。F車はE社の社用車。E社はF車の自賠責の関係で裁判に出てくる。

取り扱われている事件

取り扱われている事件は二つある。

亡Gの相続人BCDが、物損およびGを失ったことに対する損害賠償金の支払いをAおよびEに求めるもの。これが甲事件と呼ばれるもの。

Fが、物損および入通院および後遺障害に対する損害賠償金の支払いをAおよび亡Gの相続人BCDに求めるもの。これが甲事件と呼ばれるもの。

これら二つが混ざっていること、これら二つに対する法適用の差が話題あるいは混乱のもととなっている。

賠償状況

賠償状況を示す。
金額はいずれも一万円以下を切り捨ててある。
また、遅延損害金と既払金の状況は載せていない。

それぞれの図のうち、
図の左が被害車両側、図の右が加害車両側、
図の下が運転者、図の上が運転者以外の利害関係人を表す。

賠償状況

上図を前提に、矢印ごとに補足する。

甲事件:A→BCD

甲事件においてAは全面的に非を認めている。そのためここは争いとなっていない。

甲事件:E→BCD

自賠法3条を根拠とする、亡Gに対するEの賠償責任が認定された。
ネット記事ではしばしば約4,000万円と言われる。金額を約4,900万円あるいは約5,000万円と表現すべきような気もする。
自賠法3条を根拠とするもの、人身部分のみが認められた。物損に対する賠償責任は認められていない。

乙事件

乙事件には2本の賠償の矢印がある。これはAと亡Gの責任割合によるものなのでまとめて扱う。
ここではFの過失有無、それによる過失相殺が問われていた。ここが通常言われる、センターオーバーが10割過失と言われる部分。Fに避譲余地があれば、有過失と認定されて過失相殺もありえる。これは過去に書いた記事に詳細を記している。

結果、Fの過失、それに基づく過失相殺は認められなかった。

本節の補足

交通系Youtubeのコメント欄などでは、AからBCDへの賠償があることを知らないと思われる意見、亡Gが運転していて運転者同士の過失相殺のすえにFに賠償が生じたと誤解していると思われる意見も見られる。そういう話ではない。

Fの過失、甲乙事件での扱いの差

「甲事件:E→BCD」ではF車側、Eが賠償責任を負っている。
「乙事件」ではF車側、Fの運転には過失は認められていない。

同じ事故に対する評価でありながら、この認定の差は適用する法律による。前者は自賠法3条、後者は民法715条。

通常はセンターオーバー事故における過失割合は10対0となる。『別冊判例タイムズ38号』でもそのように扱われる。先にも書いた通り、これは過去に記事にまとめている。

上記記事内にもあるとおり、被センターオーバー車に避譲余地があったにもかかわらず避譲しなかった場合には、10対0とならない場合もある。この避譲余地があったかという点が争われた。この点の詳細は、この記事のより後の節に記す。

結果は、Fには過失があったともなかったとも認定されなかった。
ただし、適用する法律の性質により、賠償の有無が変わる判決となった。

甲事件では自賠法3条の賠償義務が問われていた。ここでは、Fの無過失をF自身が立証できなかった。そのためF側、F車の運行供用者たるE社は賠償責任を負うこととなった。

乙事件では民法709条や715条の不法行為が問われていた。ここでは、Fの有過失をAやBCDが立証できなかった。そのため、FやE社は賠償責任を逃れた。

自賠法の条文は以下のとおり。

自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない

自動車損害賠償保障法3条

自賠法は被害者救済を第一に考えているため、無過失の立証責任を事故を起こした運転者側に負わせている。亡Gを被害者とする甲事件では、AだけでなくFもまた加害者となる点がモヤモヤするところではある。

民法709条や民法715条の条文は以下のとおり。709条が運転者Fに、715条がFの勤めるE社に問われていた法律となる。

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う

民法709条

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

民法715条

E社の自賠責を使用するに至った経緯

亡Gやその遺族たるBCDの救済を考えると、さまざまな事情により使える保険がなかったと聞く。そして、Aは若く、実家が資産家でもないため、保険を使わない直接的な賠償能力はなかったと聞く。

G車の自賠責は、亡Gが車両保有者かつ運行供用者のため、亡G自身に対する賠償には使えない。自賠法の救済対象は、自賠法3条に「他人の生命又は身体を害したとき」と定められている。この「他人」に関わる部分。以下が参考となる。

自賠法自体には「他人」についての定義規定がないところ、最判昭和42・9・29(判時497号41頁)が、他人を、運行供用者および当該自動車の運転者を除く、それ以外の者をいうとし、次いで、最判昭和57・4・27(判時1046号38頁)が、他人には運転補助者も含まれないとしたことによって、運行供用者・運転者・運転補助者以外の者を「他人」と解することとなり、その後の裁判例も概ねこのように考えている。

交通事故判例百選(別冊ジュリスト233)』第5版 P.49

亡Gの任意保険は、運転者がある程度限られた特約となっていた。どの程度の限定かは分からない。ただ、家族ですらないAまでもカバーするようなものではなかったと聞く。そのためAの運転には適用できなかった。最近は本人限定特約が多いとも聞く。

Aの任意保険には、他車運転特約が付いていなかった。そのためG車を運転しての事故には適用できなかった。

結局、事故相手のF車、その運行供用者にあたるE社の自賠責頼みとなっていたようだ。

亡Gの自業自得的な要素はあるとはいえ、BCDがまったく救済されないのもまた、それでいいのかとも感じる。とはいえ、それでとばっちりを受けるEには傍迷惑な話ではある。

自賠責の死亡に対する補償限度額は3,000万円。判決ではそれを超える約4,898万円となっている。差額の約1,898万円はE社の任意保険で賄われたのだろうか。

事故態様(衝突前を含む)

衝突時の事故態様は上方に記した。衝突前も含めて、事故態様を掘り下げていく。ただし、ドラレコがついていなかったため、詳細がはっきりしない部分がある。裁判例PDFには様々な数値が出てくるが、FやF車の先行車両運転手の記憶や目測によるものが多い。

事故は2012年。ソニー損保が定期的に発表している「カーライフの実態に関する調査結果」によると、ドラレコ搭載率の調査は2013年からの実施で、その2013年の搭載率は8.4%らしい。これより低い搭載率だったことは容易に想像つく。この社会情勢で、E社の社用車であるF車がドラレコ非搭載なのは仕方がないというところだろう。G車のドラレコ非搭載も同様。

事故現場

事故現場はおそらく以下の場所。報道や裁判例PDFでは国道と記されている。国道8号線と県道272号線の重複区間ということだろうか。

北進方向は、南側は田圃、北側はモーテルが建つ状況となっている。モーテルの出入り口に電柱が建っている。そしてこの電柱が、裁判例PDFのP.15にある本件基点電柱と思われる。

避譲の可能性

衝突直前直後の状況は下図のようになる。数値はいずれも裁判例PDFに記載されているもの。

衝突直前直後の周囲の状況
衝突直前直後の周囲の状況

北進方向の南側は路側帯を含めて約4m。完全にセンターオーバーしている、50km/hノーブレーキのG車を避譲する余地はないように思える。

F車には先行車両が2台いた。裁判例PDFでは①②と記されている。これら①②は左に避譲できたという。G車は居眠り運転で徐々にはみ出していった。このことを考えると、G車と①②とのすれ違い時点では、はみだし範囲が少なかっただろうと推測する。①が見たときには約50㎝はみだしていたという。またG車と①②のすれ違い地点はもっと北。北は路側帯が広くなっている。路側帯含めて約5.6m幅の中での避譲だったことも、避譲が可能だった一因のように思う。

F車には避譲の期待可能性が乏しいため、制動による事故軽減の可能性に賭けるしかなかっただろうと思う。

制動による事故軽減の可能性

F車からG車の挙動が見えるようになるのは、先行車両2台目の②がG車を避ける動きをした時点。②とF車の距離は判明していない。そのため、②がG車を避ける動きをした地点もはっきりしていない。

①の位置は比較的はっきりしており、裁判で認定されている。①がG車との位置関係を認識している地点は衝突地点から北に約49.5m、その時のG車までの距離が約29m。そこから推測されるすれ違い地点は衝突地点から北に約64m。F車は衝突地点までほぼ同程度の速度で北進しているから、F車は衝突地点から南に約64m。G車とF車は128m離れている。ただしこの時点では②に射線が阻まれており、G車の挙動をFは伺い知れない。

裁判では、②が①とFの中間地点を走っていた場合や、②が①の後方約40mを走っていた場合を想定し、②がG車を避ける動きをした時点で、F車からG車まで64m以上あった可能性が高いとしている。

F車の64m前方で②車がG車を避ける動きをしたという仮定で考えた場合、GoogleStreetViewではどのように見えるだろうか。衝突地点から南に32mの地点に立って、北方の見え方を確認する。

64m先はどこか。道路左なら、モーテルの建物の、右に最も飛び出た部分。道路右なら、一番近い建物の、やや奥寄り。これが64m付近となる。この時点で前述の判断を掛けることになる。

かなり難しい印象がある。危ないのではないかと疑い、アクセルを緩めようと思うかもしれない。だが、この距離感で即座に制動し停止しなければ自身に過失がつくという判断まではいかないように思う。64m先よりも遠く、時間的猶予がより長いとしても、判断の難しさはさほど変わらないようにも思える。

判決では、完全に停車できる可能性が否定できないため、過失がなかったとはいえないとなった。判決文は以下のようになっている。

時速50kmの車両の停止距離は約24.48mであるところ,仮に,原告Fにおいて,実際よりも早い段階でG車の動向を発見していれば,その時点で急制動の措置を講じてG車と衝突する以前にF車を完全に停車させることにより,少なくとも衝突による衝撃を減じたり,クラクションを鳴らすことにより衝突を回避したりすることができた可能性も否定できないことからすれば,本件事故について,原告Fに前方不注視の過失がなかったということはできない

裁判例PDF P.20

「時速50kmの車両の停止距離は約24.48mである」という想定から、乾燥路、摩擦係数0.7、空走時間0.75sでの計算であることが分かる。これは『図解交通資料集 第5版』に詳しい。同書のP.24「摩擦係数別停止距離表」の数値に符合する。また、同書のP.29「時速別停止時間表(乾燥・湿潤)」と照らし合わせると、制動時間も分かる。

乾燥路、摩擦係数0.7、空走時間0.75、50km/hだと、以下のようになる。
空走距離=10.42m
制動距離=14.06m、制動時間=2.02秒
停止距離=24.48m、停止時間=2.77秒

これに準じておおまかにグラフで表してみる。グラフの精度の都合上、空走時間は0.7秒とした。

64m離れた状態からの距離と時間経過
64m離れた状態からの距離と時間経過

随所で正確でない面はある。制動時の挙動は等速運動ではないなど。とはいえ、おおよそ近似したものとなっていると思う。

グラフを見て分かるように、F車の完全停止から衝突まで0.15秒程度しかない。GoogleStreetViewで示した64m先の状況を見て制動の必要性を判断するまでに、0.15秒しか余裕がない。この時間では、後続車の追従状況を確認しなおす時間もない。

減速による被害軽減はありえるかもしれない。だが完全停止は無理と感じる。そして、もっと手前で気づけば完全停止できただろうという指摘は、結果論に過ぎないとも感じる。

脇見運転との関係性

今回の事故では、Fの脇見運転による制動遅滞の可能性があるとされている。

なお,原告Fは,平成24年6月5日に行われた実況見分において,本件衝突地点の約62.2m手前(南側)付近(別紙2の㋐の地点)で,前方約18mの位置(別紙2のⒶの地点)に北進車線の路側帯を同一方向に歩行している歩行者を見た,その後,本件衝突地点の約16m手前(南側)の地点(別紙2の㋑の地点)でG車が前方約33mの位置(別紙2の①の地点。本件衝突地点から約17m北側の地点)にいるのを発見し,その場でブレーキをかけた旨,具体的な説明をしている。

裁判例PDF P.17

ドラレコ非搭載、重傷事故による入院で1か月以上経過した後の実況見分ということもあり、この実況見分での説明の、位置関係の正確性は認められなかった。これが仮に正確なものだとして、その状況も見てみる。

歩行者を見たと言われる場面のGoogleStreetViewを示す。

左方に見える電柱は衝突位置から約31.3m。歩行者が見えた位置&追い抜く位置は、電柱の手前約13m付近。おそらく電柱からガードレールの支柱3本分くらい手前。

前記、G車と64m離れた地点が電柱手前約1mということを考えれば、脇見運転による制動遅滞というのはあまり考えにくいように思う。G車と64m離れた地点ではすでに歩行者を10m追い抜いている。

果たしてこの実況見分での説明はどの程度正しかったのだろうか。

事故態様に関する考察

①がG車とすれ違う際の、①の認識を裁判例PDFで確認してみる。

G車は,本件衝突地点の約100m手前(北側)付近で中央線上を走行するようになり,そのままゆるやかに中央線をはみ出し,本件衝突地点の約80m手前(北側)付近では,車体が50cmほど対向車線にはみ出す形で走行するようになった。このとき,F車の2台前を北進していた車両(以下「先行車①」という。)は本件基点電柱の約47m北側(すなわち,本件衝突地点から約49.5m北側)を時速約50kmで走行しており,先行車①とG車との距離は約29mであった。先行車①の運転者は,その場でハンドルを左に切ってG車を避けた。

裁判例PDF P.16

①がG車の車線逸脱に気づいたのは、G車と約29m離れた地点と言っているように思う。①には先行車両はいなかったのだろうと思う。その①ですら、G車の車線逸脱に気付いたのはG車と約29m離れた地点ということではないだろうか。

F車がG車とすれ違う際の、F車の認識を裁判例PDFで再確認してみる。

なお,原告Fは,平成24年6月5日に行われた実況見分において,本件衝突地点の約62.2m手前(南側)付近(別紙2の㋐の地点)で,前方約18mの位置(別紙2のⒶの地点)に北進車線の路側帯を同一方向に歩行している歩行者を見た,その後,本件衝突地点の約16m手前(南側)の地点(別紙2の㋑の地点)でG車が前方約33mの位置(別紙2の①の地点。本件衝突地点から約17m北側の地点)にいるのを発見し,その場でブレーキをかけた旨,具体的な説明をしている。

裁判例PDF P.17

FがG車の車線逸脱に気づいたと主張するのは、G車とは約33m離れた地点。①がG車の車線逸脱に気付いたと思われる約29mと比較してもおかしくないと感じる。

はみだし量の違いはあれど、自車線上の前方の危険の把握という点で、大きく違いはなかったのではないかと思う。そのあたりを考えると、実況見分で語った内容はそれなりに正確なものだったのではと思う。

ただし①②と異なり、F車には左への避譲の余地がなかった。そのため衝突が不可避だった。そのように感じた。

まとめ

やや理不尽さが残る印象。まとめるまではFの過失の可能性がもう少し高い印象で考えていた。前節に書いた、亡Gやその遺族たるBCDの救済に重きを置いた判決という印象を受けた。

挙動があやしい車が前方に見えたら、即座にアクセルを緩めて制動可能な準備を始める。対向車の車線逸脱に気付いたら、即座に制動し、早期に停止を行う。クラクションなど、可能な限りの対策を講じる。こういったことに気を付ける必要があるとはいえそうだ。

あとはドラレコ重要。


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