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きものの仕立てはなぜ手縫いがよいと言われるのか ① メリット編

きもの暮らしの中で、わたしが感じる「手縫い仕立てのよさ」についてのメリットを
仕立て屋目線から記してみます。

手縫いのメリット
・縫いあとがつきにくい
・生地を痛めない
・ほどきやすい
・細やかな急所が正確に出来上がる
・針目を縫いながら調整できる
・柔らかく、温かい仕上がりになる
・体のラインや動きによく馴染む
・洗濯による狂いやツレが生じにくい

これらのことがなぜメリットなのか、もう少し詳しく記してみます。

縫いあとがつきにくい、生地を痛めない、ほどきやすい

「ほどいて反物に戻る」「ほどいて仕立てかえ、または別のものを仕立てられる」
これは、きものの最大の特徴であり、最強のメリットです。
ということは、
反物に戻る時には、縫い跡や、印の跡、引っ掛けられた傷などがない方が断然いいわけです。
ミシン縫いは一本の縫いに上下2本の糸を用いて鈍角な針先と機械の一定力で、生地の織り糸を切りながらブツブツと垂直に抜き差しをして生地を糸でしっかり締めていくイメージ。
対して
手縫いは一本の糸で、鋭角な針先と人の手による力加減で布の織り糸の隙間を選び、差す角度が垂直だったり幾分斜めだったりしながら針が運ばれて、糸が布に絡んでいくイメージ。

縫いをほどくと、薄くてなめらかな天然素材の生地ではその縫いあとの差が顕著に見られます。
違いを考えると、どちらの方が生地を痛めない(=仕立て直しが美しくできる)かがお分かりいただけると思います。
「ほどきやすさ」は、言うまでもありません。

細やかな急所が正確に出来上がる、針目を縫いながら調整できる

きものには「急所」と呼ばれる仕立て上がりの上で重要なピンポイントがいくつか存在します。
それは、ミシンの押さえが入らない狭い領域や、押さえに視界を遮られると仕上げられないポイントだったり、2枚の生地を反対方向に異なる力加減でよじりながら一点を狙うシチュエーションだったりします。
そして、縦縫い一本のなかでも力がかかる箇所は細かく、そうでないところはおおらかに。
繊細なきもの生地ですが、着られることにはタフでなければならない。それには生地自体の強さとそれに相応しい「目加減、手加減」が要求されます。これらの「よい加減」は人間の手に勝るものはなく、その細やかで正確な急所の美しさと着ることに配慮された仕立ては、腕のよい職人の証でもあります。

柔らかく、温かい仕上がりになる

仕立て上がりの風合いを、編み物に例えると
・オールミシン仕立てのプレタ
「機械編み」でできた丈夫で硬い風合いのセーター
・ミシン、手縫い併用仕立て
プラスチックの編み針で編んだ、編み目は美しくかっちりと。幾分きしみ感のある「手編み」のセーター
・オール手縫い仕立て
木製の編み針を使い「手編み」で編んだ素材感あふれるふんわりなセーター

わたしの中では、そんなイメージです。
手縫い仕立てはその生地の特性を活かした、風合いを損なわない仕上がりになります。

体のラインや動きによく馴染む

わたしも日々着物を着て体感、納得できる「きものは手縫いがよい」と言われる最大の理由はこれだと思っています。
特に女性は着付けをするときの基本に「空気を抜いて。」といわれるほど、きものは体にぴったり巻き付けて着るものとなっています。
きものの生地や糸、縫い目は、
「まっすぐ切られて、まっすぐ縫われる」
という原則を守りながら、曲線であるその人の体のラインに着付けでぴったりフィットされ、その後体の動きをいかに把握して柔軟に沿っていけるか。常にその課題を課せられています。
その課題を一定のレベルでクリアできると、その人にとって「着やすくて、快適で、着崩れしにくいきもの」と認定される訳です。
手縫いは、針を進めながら糸が生地の厚みを潰すことがないよう「糸こき」というひと手間で、糸を緊張した張力から解放します。できあがると縫い糸は生地に溶け込んだように一体化します。
体の動きによる生地の伸び縮みやよじれに反発することなく寄り添い、また元に戻る。この糸と縫いの優しさが、着崩れの少ない、着心地の良いきものに繋がっています。

洗濯による狂いやツレが生じにくい

洗いできものが歪んだりツレたりする理由は様々あるのですが、今回は縫いに焦点をあてて記します。
現在では着用される方の使用頻度や好み、洗いの方法などを考慮して糸の材質を選ぶことも多くなりましたが、
基本的には、生地と糸の材質は可能な限り同じものを用います。生地と相性がよい糸と、熟練した職人による手縫いの縫い目は、先に記したとおりできあがったときには生地と限りなく一体化しています。
糸には適度な含みがあるため、洗いに出したりご家庭で洗濯しても、縫い目だけがひどく釣り上がってしまうということが少ない、あるいは干した直後は釣っていても、乾くとさほど気にならなくなるレベルで収まります。
ご家庭で洗濯することを前提とした反物を仕立てに出すときには、ご家庭で洗うことを仕立て屋さんに口添えしていただくとよいと思います。

次回は、手縫いのデメリットについて記してみたいと思います。

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