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置き土産 (3)

 妻に先立たれた友作は、ある少年と顔見知りになる。
 それは、ある姉弟が平穏な家庭を手にする為のストーリーの始まりだった。

 プロット3 動かす

 木下若菜の告別式を葬儀屋所有の家族葬ホールで行った。友作が受付をした。
 参列者と言っても、若菜が経営していたというクラブから数名、社会保険労務士や税理士事務所の事務員、、そして開業時に物件を紹介した不動産屋、友理奈と雄太の学校から教頭が参列してくれた。
 午後、火葬場から骨壺に入った母を抱えた友理奈と雄太を、友作は連れ帰る。
 「友理奈はもう17歳だから住民票の戸主として雄太とここに住むことが出来るそうだ。出来そうか、、、家賃とか払えるか?お母さんの貯金とかあるのか?」
 「貯金なんてほとんど無い、、、生活費や学校へのお金とか、私のバイトで払ってた。家賃なんて、、、ムリ。」友理奈が首を振る。
 「そうか、、、じゃあ、俺んちへ住め。下宿すれば良い。丁度2階が二間空いてるし、お前たちが使え。朝と夜の食事つきだ。」
 「……えっ、、、」友理奈と友作が驚いた顔で友作を見る。
 「考えておいてくれ。放っておけないしさ。」

 アパートのドアの前で姉弟にそんな提案を友作がしていた時、アパートの前に黒い1ボックス車が止まり、中からスーツ姿の男性が降りた。
 その男は2階を見上げ、友理奈へ向け手を上げた。
 「よう、友理奈、急な事だったな、、、、若菜もこれからだったのにな。」2階に上がって来た男性、葬儀にも来ていた不動産屋だった。
 「この前、お前たちが病院へ行ってる間に上がらせて貰った。若菜の持ってたブランド品を幾つか貰ったぞ。」
 【あっ、送って帰った時に見た部屋の中、、、、】
 友理奈、その男性の顔をじっと見て、軽く頷く。
 「こちらさんは?、、」男性は友作を流し眼で見ながら、友理奈へ問う。
 「あそこの家の姫野さん、、、迷惑掛けちゃって。」
 「あ、そうすか。俺、不動産してる河野と言います。若菜さんに今の店を紹介して、出資もして店も固定客増えてこれからって時で、、、」
 「あの朝直ぐに来られたんですか?」友作、河野の行動があまりに速かった事に疑念が湧いた。
 【ブランド品?、、、薬物とかなんとかいってたよな、あの警官。それか?】
 「まあ、出資してるもんで、、、それに店の支払いとか待てない物をね、取り敢えず払っといて迷惑かけない様にね、、、良いよね?友理奈ちゃん。」
 河野が不敵な笑みを浮かべ、友理奈を見た。いや、睨んだ。友理奈、コクンと頷く。
 「ご心配無く。リスト作ってるんで幾らになったってのは直ぐ分かるし、残りは利息に当てるし、、、信用してよ。」
 河野は持ってきた紙袋を友理奈へ手渡した。友理奈が上から覗くと白や紫の花のアレンジメント。
 「ありがとう、、、」

 それから姉弟の所には、入れ替わり立ち替わり色んな人が尋ねて来た。
 市役所の福祉課、児童相談所、教育委員会、学校、、、、
『これからどう生活されますか?』、『生活されるだけの収入の当ては?』、『御親戚の方で引き受けて頂けそうな方は、、、』、
『……破綻する前に、、、手続きしましょうか?』、
『施設への入所、こちらが手引きになります。』
 それぞれ学校を休み、落ち着きを取り戻す時間を作る二人に友作は、
 『おい、風呂に入りに来い。飯、食って帰れ』と、友理奈の携帯へ電話を入れる。
 『いえ、、、大丈夫です。』と最初は返していたが、数日すると『じゃあ、遠慮なく。』と二人でやってきた。
 葬儀の後に話した事は一先ず置いておいて、そうめんやちらし寿司、パリパリ麺サラダなどで夕食を取った。
 「あの、姫野さん、、、この前の話、下宿のこと、、、お願いして良いですか?」友理奈が頭を下げている。
 「おじさんっ、お願いします。」雄太も頭を下げた。
 「ああ、良いとも。一応下宿と言う事だから月1万で良い。週一回、掃除を頼めるか、、、それが一万。月4回してくれたら、4万で下宿代引いて、3万渡す。それでやりくりできるか?、、、足りなきゃ遠慮なく言ってくれ。」
 友作、申し入れをしてからどんな形で受け入れるかいつも考えていた。それが今、一気に出た。
 「そ、そんなにまで、、、ありがとうございます。」
 「学校とか市役所とか届け出が要るものもあるだろう。先ずは住民票の変更をして、学校関係かな?う~ん、、、分かんないから窓口で聞こう。明日、一緒に行ってくれ。」
 「はい、分かりましたっ。」雄太が明るい顔で返事をしてくれた。

 初老の男性と、孫の様な姉弟との同居が始まった。
 朝はご飯とみそ汁、目玉焼き程度。夕食は畑の野菜とスーパーで調達。
 男が作る料理は単純だ。肉を焼く、魚を焼く、カレーやシチュー、よせ鍋や湯豆腐などその繰り返し。
 その内、友理奈は夕方のアルバイトが無い日、夕食を担当してくれる様になった。
 明るい家庭がそこに出来た。友作の笑顔が増えた。

 姫野友作。妻を3年前に亡くした。子供はおらず親戚と呼べる関係も今は無い。縁を切られた。
 施設育ち、少年院の前科があり、倉庫配送業の会社へ就職し、指定された部品を探し、配送へまわす孤独な仕事を30年続けた。
 同じ会社の人に紹介された女性と仲良くなった。子供が出来ない事を理由に浮気された離婚経験者だと彼女は笑っていた。
 若い頃の過ちを十字架として背負う男と、出来損ないと周囲から言われたサレ妻だった女。
 双方とももう次は無い、縁は無くても構わないと思いながら付き合い始め、二人で住む方が経済的だしの一言で同居を始めた。
 結婚はしてもしなくてもどっちでも良いとはなしていたが、賃貸で払うお金で家を持とうかで今の家を購入。その購入時に、他人同士で共同購入よりは、夫婦でと言う事で、結婚。
 それから20数年、入れ込みすぎず無関心でもない、緩やかな家庭を作って来た。
 その妻に膵臓癌が見つかり、2年前に旅立った。
 仕事に身が入らない。妻の可愛い仕草を思い出す。喧嘩くらいしておけばよかったと後悔する。友作は仕事を辞めた。
 無くなった存在の大きさに、日々酒におぼれた。
 ある日、妻がこまめに育てていた畑が荒れているのを見て、【何やってんだ、、、俺は、、、】と笑いながら草取りを始め、育てられる野菜を植え始める。
 ホームセンターで肥料や苗を買い、妻の残した防虫ネットやら支柱を使いこなし、収穫の喜びを生きる喜びに変えて来た。
 生きる喜びが笑顔を作ってくれた頃、あの少年に会った。

 友作、身体が痒くなる日が増えて来た。高齢者になれば皮膚に潤いも無くなり、そうなるだろうな位に考えている。
 お腹や背中も重苦しい気がする。目の白い部分が黄色くなり始めた気もする。
 以前、死んだ妻が似た様な事を言っていた事を思い出す。病院嫌いで先延ばししていた妻は、手遅れになった。
 妻の主治医を訪ねた。結果は、すい臓がんのステージ4。持って2年、早ければ1年の宣告を受ける。
 病院の帰り、車の中で笑った。

 【お前と一緒だってよ。なんか嬉しいな、お揃いなんてよ。ハハッ。】

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