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女神 (29) 動き始めた過去

  動き始めた過去

8月お盆休み、雄大、榊の家に帰省した。
お父さんが一番楽しそうだった。お母さんは笑っていた。妹のひかりは、仕事の事、珠美の事、友達の事、好きな人の事、喋りっぱなしで報告してくれた。
香織も誘ったが、行かないと言った。いつかは会って欲しいと思った。
榊の家族に、香織の事はまだ話さなかった。どうなるか判らなかったから。
【自分の事、調べなきゃ。香織さんが話せない事を話して貰えるには、自分の事、、、話さなきゃ、調べなきゃ。】

東京に戻った雄大、気になる事を確かめたくなり、ある人にメッセージを送った。
”久し振り 雄大です
 都合のいい時間おしえて 聞きたい事がある
 お盆休み 会いたかったが仕事だと聞いた
 今度帰った時 飲みたいね”
夜、返信があった。風呂に入っている間、テーブルの上に置きっぱなしのスマホの通知メッセージを見て香織が、
「雄大さん、副島さんからメッセージ来てたよ。副島さんて誰?」
「おお~、同級生。こいつも近所で小学校から高校まで一緒だったやつだ。……ちょっと出てくる。」
「……そう、電話ならここでも良いのに、、、」
雄大、少し歩き東京武道館の前のベンチに座る。メッセージから電話マークを押す。数回の呼び出し音、相手が出た。
「もしもし、珠美?雄大だ。久しぶり、、、すまん、急にメッセージ送って、、、」
「ヤッホー、雄大?元気だった?あたしの事忘れてなかったんだ、、、嬉しい!。……で、いつプロポーズしてくれんの?」
「いや、プロポーズって、約束してねぇ~し、、、」笑いながらツッコむ。
「えっ、保育所の時の事、忘れたの?ひどぉ~いっ!あたしずっと待ってたのにィ~」
「保育所かぁ~。あ~良太と取り合ったんだっけっ?……で、俺が勝った。何で勝ったんだっけ?」
「面白い事して、あたしをたくさん笑わせた方!で、雄大がお猿さんの真似で、、、そのままだったけどね~」
「は、は、は、、、、俺は今でも猿だ!。珠美を笑わせる自信があるぞ!」
「ハハハハハっ、お盆、会いたかったね、、、ゴメンね、仕事で、、、」
「良いよ、良いよ。もうちょっと俺がゆっくりしてたら会えたのに、すぐ帰っちゃたから、、、」
「誰か東京で待ってたの?急いで帰るなんて、、、」
「……ああ、待たせてた、、、今、一緒に住んでる。」
「そう、良かったじゃない。良太から卒業出来るじゃん、、、」
「うん、、、卒業は出来てるつもりだけどな、、、もう居ねえし、良太は。」
「そうね、、、、で、聞きたい事って何?」
「……ああ、病気ってゆうか、、、手術跡ってゆうか、、、」
「一緒に住んでる人?」
「うん、毎日、ピルとか薬、飲んでて、、、おへそのかなり下、ちょい右の方に、、、丸いやけどの様な、、、手術跡の様なものが二つある、、、」
「……」
「これって、婦人病って奴か?、、、」
「……多分ね、、、正確には言えないけど、腹腔鏡手術かな?……毎日のピルは子宮の病気かな?、、、
 詳しい事は言えないし、判らない。……本人から聞いて。」
「ありがとう、、、本人から聞く前に心の準備をして置きたくってさ、、、すまん。久々の電話がこんな話で、、、」
「そうだよねぇ~。雄大からメッセージだったんで、すっごく期待してたのにィ~。」
「すまん。今度、帰ったら飲もう。バカ話、しながら、、、」
「でも、今度帰る時はその人も一緒でしょ?、、、フラれたら連絡ちょうだい!。受け止めてあげるからっ!」
「ああ、そん時は頼むよっ、、、じゃあな、、、ありがとう。」
「じゃあねっ、バイバイ」

9月、金曜日に有給休暇を取った。
免許証に記載してある本籍地へ向かった。愛知県小牧市
市役所で戸籍謄本を取った。本人申請なのですんなり貰えた。
謄本を見た。雄大、涼子の長男、父親不詳、涼子 渡部雄介と婚姻の為、除籍、栃木県宇都宮市
驚く事は無かった。本籍地の住所には今、誰が居るんだろう?と思い、謄本を確認した。
渡嘉敷 学、 涼子の弟で雄大の叔父さんになる人が静と言う人と婚姻し、筆頭者になっている。
良く見ると、涼子の父 渡嘉敷 孝造と、学の母 斉藤 朋子、つまり雄大の祖父母は子連れ再婚同士の様だ。学が孝造と養子縁組をしている。
昼食を軽く取り、本籍地の住所をカーナビに入力し向かう。
閑静な住宅街。昭和な時代の住宅団地。古い家と新しい家が混じっている。建て替え時期や世代交代、転居や売買だろうか。
比較的新しい一軒家。表札には”渡嘉敷 学”。家の前に公園がある。
公園を挟むように車を止める。公園には誰も居ない。錆びたブランコ、ペンキの剥げたジャングルジム。使用中止の紙の貼られたシーソー。
想像する。どんな人だろう?どんな家族だろう?榊のお父さんやお母さんの様な家族だったら良いなと思う。
恨む気持ちは沸いてこない。捨てられたとは思った事が一度も無い。榊の父や母のおかげだと思う。
眼を閉じているといつの間にか寝ていた。夕方だった。学校帰りの子供たちが車の横を胡散臭そうに通る。
渡嘉敷の家に自転車が止まる。高校生の男の子。なんとなく雄大の高校時代に似ている。家の中に入る。
暫くして、紺色の大きなワンボックスが渡嘉敷の家の前にある駐車場に入ってきた。
運転席から降りてきた中年男性。背は低く、小太りで、髪は白髪交じりで薄く、おでこが頭の上まで広がっている。
顔をこちらに向けた。その顔に、、、、、、驚いた。
「そうか、、、そう言う事か、、、は、は、は、、、」雄大、納得できた。謄本の父親不詳の理由。
【お父さん。はじめまして、、、いや、お久しぶりかも知れない、、、雄大です。……また、来ます。】

東京への高速道路、雄大の運転する軽自動車が走る。
【栃木県宇都宮市か、お母さん、、、涼子さん。今は 渡部涼子さん。……会えるか?面と向かって話せるか?】
大きく鼻で息を吸い、大きく吐きだした。………覚悟を決めようと思う。

翌週月曜日、香織は総務部長の灰原から呼ばれた。テラスの会議スペースで切り出された。
「山下君、、、すまないが社員全員の考課の推移表を作成して貰えないか、、、過去5年間からの。」
「……リストラですか、、、」香織、小さな声で返した。
「ああ、業績悪化が止まらない。役員からの指示だ。年末考課の前に希望退職の募集を出す。
 応募者へは3割増しの退職金を支給する予定だ。……3月末時点で目標、25%減員。」
「考課表の推移は、何に使われますか?、、、」
「リストアップ者は個別に希望退職を勧める、、、損な役回りだが、仕方ない、、、すまないが頼む。山下君。」
「……判りました。今週末まででよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。すまんな、、、君は、リストアップには入れないつもりだから、、、」
「……ありがとうございます、、、では、失礼します。」
前任者からの引継ぎの際に、”考課の推移”と言うファイルが総務課の共有フォルダ(社内ホストPC)があると教えられていた。
そのファイルを開けるには、社員証の認証機器へのセットと上司からの認証パスワード、社内ホストPCからのワンタイムパスワードが必要になる。
上司からの認証パスワードは灰原から送られてくるはず。
【灰原部長は社員への登用を進言してくれた恩人、、、でも、同じ職場で働く皆さんは私を受け入れてくれた、、、
 その人たちを数字で、グラフで表していく、、、。ツライ、、、でも応えなきゃ、、、部長の恩に報いなきゃ、、、自分のためにも。】

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