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さよならのあとさきに 小雪 (4)


  女性としての幸福って何?
  私は、家庭より女を選んだ。
  でも、女は変われる事を知った。

 「おう、お帰り。何年ぶりかな。」
 蒼が実家に帰省した。
 先日話のあった脱毛サロン開業の眼科医、早乙女に会う為。そしてお腹の子の事を目の前の男に告げる為。サロン開業後は勤務しながら子育てをするつもりである事を告げようと考えている事。
 「お母さんの三回忌以来かな、、、ゴメン、寄り付かなくて。」
 「いや良いんだ。それぞれ考えるところはあるから。」
 「明日早速、早乙女先生に会ってくるわ。いつの開業としてるか確かめないと。」
 「そうだな、今のところ辞めてこないとならないしな。」
 「……ううん、それだけじゃないの、、、あのね、私子供が出来たの、、、産もうと思うの。それで開業とタイミングが合わなければこの話は無しでも良いかなって。」
 「……えっ、、、、子供?、、、、相手は?、その人と一緒に帰って来るのか、、、じゃあ住む処も考えないと、、、お前一人だったらどこかのマンションでも借りようかと思ってた。」
 「ううん、一緒には帰ってこない。っていうか結婚する気はないの。一人で育てるつもりなの。」
 「えっ、、そ、そうか、、、お前が決めてるんならそれで良いが、、、でも、父親か父親代わりは居た方が、、、」
 「代りは要らないわ。血の繋がらない父親って可愛がって貰えるか心配だし、、、、あっ、ゴメン、お父さんの事、言ってるんじゃないの。お父さんは私の事、心配してくれて可愛がってくれたから。お父さんみたいな人なら父親になって貰っても良いんだけどね。」
 「子供の父親は、、、、妻子持ちか、それとも事情が有るのか?」
 「家庭があるわ、、、だから言わないつもりなの。一人で産んで育てる覚悟なの。」
 「そうか、分かった。俺ももう歳だが面倒見るよ。お前を育てた様にな。」
 「あれ、家政婦だったあの人に育てて貰った気がするけどな、、、うそうそ、冗談よ。頼んだわ、お父さん。」
 「相変わらず気が強い言葉だな、お母さんそっくりだ。でもお前の方が人に優しいな。まあ、お母さんは俺にだけ辛く当たってたんだけどな。」
 「嫌いだったお母さんに似てきたよね、私って。子供が出来たらますます同じになっちゃうかもね。」
 「お前の好きなようにすれば良いだけさ、頑張れよ。お金のことは心配無いから。仕事の縁はまたどこかで繋がるよ。焦らなくても良いよ。早乙女も分かってくれるさ。」
 「うん、そうする。」

 翌日、眼科医早乙女を訪ねた。
 サロン開業の目標は一年後だと言っていた。
 今の眼科とは別棟として新築したいとの事。待合や受付、施術室のレイアウトなど、蒼とこれから相談したいとも話した。
 設備機器については、良い所があれば紹介してほしいとも言われた。井上へ声をかけてみようと蒼は思った。
 【あの街から引っ越すことになるからお別れかもと思ったけど、繋がりが保たれるんならそれでも良いか、、、向井とはおしまいにしなくっちゃ、、、、いや、月に1,2回会うのなら、今と同じか、、、、上手く行けば全てが継続できるかも、、、、】

 その夜、新が男性を家に招いた。
 「葡萄畑を継いでもらおうかと思ってる斎藤駆(かける)君だ。30少し前だ。」
 高校時代、初めて好きになったあのイタ車の男性にどこか雰囲気が似ていた。
 「どうも斎藤っす。駆って呼んでください。昔やんちゃが過ぎて前科あるっすけど、もう昔みたいなことは絶対にしませんので安心してください。」
 「初めまして、蒼です。心配はしていません。お父さんが見込んだ人ですもの、大丈夫だと思ってます。」
 「あ、ありがとうっす。なんか嬉しいっす。俺いまでも人から信用されなくって、みんな遠慮がちなんすよ。最初っからそう言ってくれたの、すっごいうれしいっす。」
 「なあ蒼、、、お腹の子の父親の件だが、、、駆君を考えてくれないか、、、ただそういう事は本人が見極めないと上手く行かないから、、、、ちょっと考えてくれないか。」
 「この子のお父さんに?、、、、ううん、私ひとりで大丈夫だよ。シングルマザーって最近増えてるから変な目で見られないし、、、それに駆君だってこんな年増じゃ嫌でしょ。」
 「嫌いじゃないっす。熟女、好きっす。若い子も好きっす。オールラウンドプレイヤーっす。」
 「えっ、オールラウンドプレイヤーってそっち方面なの?、家族でって考えたんじゃなくって?」
 「あ、すんません。俺ってバカで、男と女って言ったら直ぐにそっちに結びついちゃって、、、そうすよね、家族っすよね。俺、頑張るっす。家族ってものよく知らないすけど、蒼さんの言う通りにするっす。」
 「ウフフフ、正直よね、駆君って。」
 「ああ、正直で真っ直ぐな奴だ。人に使われるのが苦手で、葡萄相手だったら楽しいんだそうだ。」新が後押ししている。
 「ま、その話は遠慮しておくわ。でも葡萄の後継ぎさんなら私との付き合いも長くなるわよね。よろしく、駆君。」
 「ハイっ、よろしくっす。」
 蒼、例えワンナイト相手でも駆け引き上手な都会の男性とばかり付き合ってきていたので、駆の真っ直ぐさは新鮮に見えた。
 向井や井上とは全く違うタイプの男性。しかも初めてのイタ車男をほうふつとさせている。
 【奇貨置くべし、、、ってか。今の内だけだよね。私も50歳を過ぎる頃位からあっち方面も衰えるかもだし、、、駆君と繋いでいてもいいかも。
  ただ結婚まではどうかな、、、、都合のいい時だけで良いんだし、すぐそばに居るんだし、、、声を掛ければ直ぐに応えてくれそうだし、、、考えておこうかな。】

 蒼は住んでいる町へ帰り、半年もしないうちに実家へ帰る事を向井と井上に告げた。そしてお腹に子度がいる事も、一人で育てていくつもりである事も。
 「そうか、、、俺ももう歳だ。これから会えることも減るだろう。子供への養育費の援助、してやりたいんだが。」と向井が困惑とも照れ臭いとも取れるような曖昧な笑顔で告げた。
 「会う事は今まで通りよ。回数が減るのは構わないわ。貴方も歳ですから、、、養育費は要らないわ。もちろん認知も。私ひとりの子だから。」
 向井との優しい時間の流れは失いたくない。食事の時から、ベッドに入る前から始まっている向井の雰囲気造りは他の誰にも真似できない。
 「えっ、出来ちゃったの?、、、ここから居なくなるの?、、、ちょっと待ってよ。俺、蒼ちゃんの事、失いたくないよ。もう蒼ちゃんの様な女に出会えないと思うからさ。
  子供にお金かかるよね、、、ゴメン、俺出してあげれないわ。だからさ、あの苦悶イクもんで払っていくからそれで勘弁してよ。」
 「縁が切れる訳じゃないのよ。新しいサロンの機材、上手く行けばあんたの所に任せるんだから、、、それに誰かと結婚するわけじゃないから会えなくなるって事も無いし。」
 痛さではない苦しさと同時に湧き上がるあの快感とその向こうにある恍惚は、やはり井上しか出せない。捨てがたい存在と蒼は思う。
 結局、関係は継続し、蒼は実家に帰るが今まで通り会う事にする。但し子供が生まれたらイレギュラーも起こりうる。それは理解して欲しい。出来るだけ実家の近くに来て頂戴。という事で纏まった。
 全てが蒼の思惑通り進んでいる。後は駆との関係構築が待っている。自信はある。自分でも怖いくらいに思える。
 女としての悦び、母としての充足感、働く人としての達成感。すべてが手に入る。
 結婚したり、一人の所有物になったとしたら絶対に得られない境遇がそこに見えている蒼だった。
 【お母さんも私がお腹にいた時、こんな気持ちだったのかな、、、】日々膨らむお腹と愛おしさ。初めての落ち着き。

 勤めていた職場を辞め、実家近くに引っ越しして、出産をする病院を早乙女に紹介して貰い、順調すぎる程だった蒼の計画も、秋も深まった頃、頓挫した。

 お腹の子の心臓が止まった。

 既に24週を過ぎており、中絶ではなく死産という事になる。
 そうなると市役所へ出生届と同時に死亡届を提出するのだと聞く。
 蒼は、泣いた。自分でも呆れるほど泣いた。病院のベッドで一人で泣いた。
 こんな時、人生を共に歩むパートナーが居てくれたらどんなに心強い事かと思ってしまう自分がそこに居た。
 あの時描いた未来予想図から、出産と子育て、シングルマザーとしての生き方のページが、消えた。

 駆が見舞いに来てくれた。
 駆との関係はまだ無い。
 「蒼さん、身体大丈夫っすか?、、、俺が出来る事、無いっすか?」
 「ありがとう、駆君。今は無いわ、、、心配してくれてありがとう。お見舞いのお礼は身体の調子が戻ったらするからね。」
 「あの、、、蒼さん。一緒になりませんか、、、ってか結婚しませんか。いや、してくれませんか?」
 「何言ってるの、駆君。子供、ダメだったんだよ。父親になる事も無いんだよ。」
 「子供の事は関係ないっす。俺、蒼さんの力になりたいっす。傍に居てあげたいっす。バカですけど、出来る事精一杯したいっす。」
 「駆君、、、ありがと、、、でもね、大人の男と女なんだから結婚に拘らなくても良いんだよ。そういう時代じゃないし、元気になったらどっか行こうよ。連れてってよ。」
 「蒼さん、、、そうするっす。元気になるまで俺、待ってます。……実は俺、、、縁が切れない女が二人いて、、、このままじゃイケないんじゃないかって、、、
  結婚するってなったら無理くり清算出来るかなって、、、、でもそれもしたくないし、、、、なんか、、、都合良すぎっすよね、俺。」
 「へえ~、駆君にもそういう人居るんだ。そうだよね、良い男だもん。……じゃあさぁ、私を3人目にしてよ。仲良くしよ。」
 「え、え~、、、蒼さん、、、やっぱあなたは凄い人っす、良い女っす、離れたくないっす。」
 「ウフ、照れるわね。実はね、、、私にも今、縁を切れない人が二人いるの。子供が生まれても続けようって事にしてたの。駆君もそういう人居るなら続けなよ。縁切れないんでしょ。私、3人目でよろしくね。」
 「ハイ、よろしくっす。」

 蒼、向井は年齢的に無理な時が来る。井上はいつ奥さんにバレるかという地雷を考えた時、新しい関係をキープしたい思いはいつも持っていた。
 実家近くへ戻り、その実家には若い駆が居る。こんな条件の良い相手はもう見つからないはずと思う。
 「縁の切れない二人の事、少し聞いて良い?知ってるのと知らないのではこれからの心も持ちようが違うから。」
 「はい、、、一人は市役所に勤める人で40過ぎの人っす。旦那さんが構ってくれなくて、姑さんがイヤミばっかりで、実家のお母さんがボケてて、、、、気が狂いそうだって話してたっす。それを俺、慰めてあげたっす。3年になります。
  もう一人は、二十歳の子で風俗してるっす。仕事で男のちんちんしゃぶってばっかしで、プライベートじゃ彼氏が出来ても振られっぱなしで、、、付き合い始めても風俗してるって言うと怒りだすんだそうっす、男って。
  で、気晴らしにドライブ連れてったり、海釣に行ったりして、帰りに女として扱ってやると喜ぶっす。付き合おうって言われるっすけど、もう一人の事もあるし、蒼さんが現れたし、
  こういうのだったら何時でも良いからって、釣りとドライブとエッチな関係っす。」
 「駆君、、、人の役に立ってるんだね。良いじゃん。頑張りな。」
 「はい、ありがとうっす。」

 蒼、今アラフォー。人生の約半分過ぎた。いやまだ道のりが半分だと言おう。
 結婚とか生涯一人だけのパートナーと言う自らを束縛することを嫌い、愛人セフレワンナイトと自由に生きてきた。
 「自分はSEX依存症だな、、、母さんも多分、そうだった気がする。親子よね、ビッチの子はビッチ。他に選択肢はなかったのよ。」

 こんな女が居ても良いんだよね。多様性の時代って言うじゃない、、、
 え、何か言いたい事でもある?
 私はこういう女なの、、、

 それが何か?

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