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愛をする人 (6)


 再開の後、手繰り寄せられた糸

 同窓会の後、亜希子とは連絡を取り合ったりはしていない。
 自宅の電話番号は覚えている。連絡しようと思えばいつでもできる。
 それよりも、亜希子が俺を責めていない、怒っていない、嫌っていなんかいないと思える笑顔を向けてくれたのが嬉しくて仕方ない。
 と同時にみんなの手前、嫌いな素振りは見せないでその場を取り繕い、本当は恨んでいるんじゃないかと思ってしまう事がある。
 もしそうならば、連絡しない方が良いのかもと、電話する事を躊躇してしまう。
 本来の俺である意気地無し、問題先送りの性格が出てしまい、俺らしいなとも思えて、苦笑いする毎日となっている。

 同窓会から暫く経った頃、俺はショッピングモールの中にあるギフトショップへ行った。
 義両親の法事がある為、その際に親戚筋へ持たせて帰る品物を見に来ていたのだった。
 昔なら有名デザイナーの名前が入った食器や寝具だったのが、今やカタログギフトだそうだ。
 今回は俺も、そのギフトにした。
 高齢者しか出席しないし、何か品物を貰っても既に持っているものばかりになる。
 カタログギフトにすれば、家族の誰かが欲しいものを頼めるし、話題や会話のネタを、送る先の家族に提供できると考えたんだ。
 しかし、いつ見てもこのカタログギフト、、、5千円相当と謳っていながら、どう見ても千円くらいだろう、、、と見てしまう。
 物によっては、ダイソーにもあるんじゃね、、、と、テンションが下がる。

 【良いんだ、世の中こうゆうもんだ。】と言い聞かせながら、手配を済ませコーヒーショップへと入った。

 注文して渡されたものを持ち、通路側の席に座る。目の前を色んな人が通るのをぼぉ~っと眺めていた。
 ふと目の前に立ちふさがる人に気が付く。
 目線を上げると、、、

 亜希子だった。
 顔が微笑んでいる。思わず微笑み返す。

 亜希子は店内へと入って来て、俺の座っているテーブルの前に立った。
 「何、買いもの?」
 「ああ、今度法事があって、その手土産何しようかと、、、亜希子は?」
 「私は母さんのパジャマ。今度持って行こうと思って。」
 「お母さん、入院中か何か?」
 「施設。ほぼ寝たきり、、、病院へ移ると言われたら、覚悟と準備しときなさいってやつ。」
 「そうか、、、、ところで同窓会の世話人、お疲れ様でした。楽しかったよ、、、、亜希子の顔見れて嬉しかったし、、、」
 「またまたぁ~、、、本当に口上手くなっちゃってぇ~、、、あ、私も何か買ってくるね。席取っといて。」
 亜希子は俺の肩を軽く叩き、持っていた手提げ袋を席に置き、カウンターへと向かう。

 俺を見かけて、俺の目の前へ来て、微笑んでくれた。
 会話の端緒を亜希子がくれた。揶揄う様に俺の肩を叩いた。
 嫌われていない。恨まれていない。
 俺はホッとしている。
 亜希子の発する言葉や態度が、今の俺には心に滲みる。
 家庭持ちの宿命とは言え、妻の実家の事をすべて行おうとするには、釈然としない気がどうしても残る。
 それは、、、自分の両親が無くなり、実家をどうしようか、いつまで維持しようかと奥さんに相談した時の事が気にかかっている。
 『処分すれば良いじゃん。』と、事も無げに言い放ったんだ、、、奥さんは。
 それに対して反論しなかった自分が情けない。
 自分の実家は大切で、例えパートナーの物でも自分が要らないと思えば、関係を持ちたがらない、そんな奥さん。
 自分の物は自分の物。人の物で必要なものは自分の物。要らないものは、、、ゴミ。
 そんな人だと知らなかったとは言え、その人と結婚したんじゃないのか。
 そういう人でも、家庭を守り続けてきたんじゃないのか。
 感情的にならず、解決策を探そうとする事って本当は、、、、間違いだったのかもしれない。
 そう考えてしまう自分が、、、嫌になる。

 自分の好みの物を注文し受取り、俺の座る席の方を見て微笑む亜希子。
 俺は今、病に伏せる奥さんと亜希子を比べている。
 どっちを取る。どちらかを選べと言われたら、答えはもう既に出ている。
 そして、どちらかを捨てろと言われたら、それも答えは出ているのかもしれない。

 どちらも捨てられない。

 「どうしたの?思いつめたような顔して、、、」
 亜希子が座りしなに、ちょっと心配したような顔をした。
 すると亜希子は俺が座る長いソファー椅子の隣に座った。
 少し驚く。でも嬉しさもある。鼻に良い香りが漂ってくる。
 「向い側に座ると、話が遠くなるでしょ。」
 【あ、そうか、、、店内、音楽も掛かってるし、客同士の会話も割と大きめだわ、、、それにモールのあちこちから聞こえる音楽もバラバラ、、、騒がしい所だからか。】
 亜希子は会話をしたいと言う気持ちだろうと俺は解釈した。

 「いや、何でもない、、、今日は休み?仕事は?」
 「うん、お休み。今ね高齢者施設で働いててね、土日も出たりするから代休。健夫君は?」
 「俺は、、、今無職。会社辞めてね。職探しの最中。でも良い歳だからべったりがっつりな仕事はもう良いかなって。」
 「そうなの、、、何か良いところあると良いね。でもお子さんとか居たらしっかり働かないとイケないんじゃないの?」
 「そうなんだけど、、、なんかね、、、」
 「そうね、、、、、それぞれの家庭の事情があるものね、、、」
 亜希子は今まで俺の顔を見ていた視線を落とし、買ってきたラテを飲み始めた。
 それからは亜希子からは、先日同窓会に出席していた同級生の近況やらを話してくれた。
 俺は50を過ぎ、あちこちガタが来始めている事を自虐めかして話した。それに呼応したのか亜希子は、
 「いつも行ってた市民病院が縮小するんだって、、、お医者さんの来てが無いらしいの。産婦人科も出産対応できなくなって久しいし、、、私にはもう関係無いけどね、、、、子供が帰省して出産て言う時には、出来なくなっちゃった。」
 寂しげな憂いを含んだ表情が印象的だった。
 でも、俺には周りの音がうるさいのか、会話中に時折りすぐ横に座る亜希子が、頭や顔を近づけてくることが、気になってしょうがなかった。

 「この後、どこか行かない?、、、、」
 会話が途切れ、次の話題が出てこなくなった時、俺は唐突に亜希子へ言った。
 亜希子は驚いた顔をして、上体を俺から離し目線をラテに移し、そっと飲み始めた。俺には幾分暗い表情に変った様に見えた。

 俺は、ハッと息を?んだ。

 俺は盛大に思い違いをしていたんだ。
 俺は都合よく勘違いをしているるんだ。
 30数年ぶりに会った亜希子は、俺を許していると、思いたがってたんだ。
 いやそうじゃない、、、、許すも許さないも俺は、亜希子がどう思っていたのか、確かめもしていない。
 会えた時の笑顔、笑う時の相手の肩を叩く、、、俺にだけしていた訳じゃないかもしれない。
 俺は、都合の悪い事は見ていないとしてたんじゃないのか、、、
 俺に近づきたい思いが横に座り、会話の度に身体を寄せて来ていたわけじゃない。
 聞き取り辛いだけじゃないのか。
 それに俺は、、、、今の亜希子がどんな暮らしぶりで、どんな家族と暮らしているのかも知らない。
 今ここで、俺の都合を押し付けて良い訳、、、、無いじゃないか。

 「あ、いや、、、ゴメン、、、、もっと話したいって思っただけだから、、、、それに俺、この後行きたい所、あったし、、、ゴメン。」
 何秒か後、俺は取り繕った。
 亜希子はラテを手に持ったまま、俺に顔を向けた。心なしか笑って見えた。
 「……うん、そうだね、、、ここ騒がしいもんね。話しをしても聞こえない時、、、あるもんね。」
 【良かった、、、怒っていない、、、嫌われていない、、、】
 恥ずかしかった。自分の想いのままに突っ走ってしまいそうだった自分が、俺は恥ずかしくなった。
 俺は、冷たくなった自分のエスプレッソを、飲んだ。

 「連絡しても良いか?、、、、今、実家?、、、別なところ住んでる?、、、実家なら電話番号、覚えてるけど、、、」
 「実家だよ。……ライン、交換しようか。」
 「ライン?、、、、ああ、あまり使ってないけど、、、」
 「QR出して、、、」
 俺は携帯を手に取り、アイコンをタップする。
 「……QR、、、どうやって出すんだっけ、、、、実は娘が中学校の時、家に帰ればこの携帯、、、娘の占有でさ、、、昼間は使えなかったし、、、」
 「うん、よくあるよくあるそれ、、、ホームのねえ、、、そうヒト型にプラス、、、それをもう一回タップ、、、そうそれ、QRコード、、、」
 亜希子は自身の携帯画面にQRコードを既に表示しており、俺はそれへ読み取った。
 「で、友だち追加して、、、、あ、これね、、、、可愛いじゃん、この子?」
 「えっ、ああそれはあの頃娘が押してたアイドルの写真、、、、名前忘れた、、、ハハハ。」
 「じゃあたまに何か送ってよ。直ぐには返せないけど、、、」
 「うん、、、分かった。」

 それから俺と亜希子は店を出て、別れた。
 去っていく亜希子の顔は、優しく微笑んでいた。
 それをどう受け取って良いのかは、今の俺には分からない。
 ただ、連絡を取り合う事に拒否は無かった。むしろ自ら言い出してくれた。
 けん制する意味も含まれるかもしれない。
 ラインの場合、既読スルーもある。一定期間後ブロックも有り得る。

 【亜希子次第という事、、、、としておこう。】

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 亜希子との関係が続いて、気がついた事がある。
 俺が亜希子の中に入った時、温かく柔らかい事はその通りなのだが、重要なのはフィット感じゃないのかと思える節がある。
 俺が上になったり下になったりする時や、亜希子から攻められる時など、無理がない。
 数少ない女性経験でも、何か硬いものが当たる様な、無理に折れ曲がる様な感覚がある事もあった。
 でも亜希子にはそれが無い。
 あそこの作りなのか、柔らかさの差なのかは分からない。
 とにかく、相性が良いのだ。

 亜希子は、俺にとって運命の女性ひとなんだと思えるんだ。

 亜希子との関係がこうなる事は必然だったんだろうか。
 亜希子への想いが俺からにじみ出ていて、それを感じ取ってくれたんだろうか。
 いずれにしても、ベッドの上の亜希子は獣の様に振舞う時と、優雅に舞う蝶の如く振舞う時と、その姿形を変えていく。
 俺は只それに合わせ、亜希子の喜ぶ顔や姿を見ることが出来るようにと、それこそ上に下へと舞を舞う。

 俺にはそれが似合っている。
 俺にはそれがしたいんだ。

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