見出し画像

つらつらと①畑やら対面で喋ることやら

はじめての佐久の梅雨は、いまのところ梅雨らしくない。もちろん雨は降るけれど、小雨で済むことも多いし、雨の予報なのに降らずに1日が終わる日もある。晴天率の高さに、間違いなく心が救われている。青空に加わるのが、果てしなく広がる田園風景や、彼方にそびえるアルプス山脈、目の前に厳然と佇む浅間山。ふらりと外に出て足を動かし続ければ、自分の矮小さを突きつけられる。人間ごときが思い上がっていた、と実感する。それがとても心地好い。

そういえば、4月から自分で畑を耕し始めた。ラディッシュやカブなどの春野菜が無事にできて感動したのも束の間、雑草との戦いが勃発している。特にここ2,3週間ほど体調が優れないことが多く、晴れているのに畑に行けない日が続いたのが良くなかった。雨と日差しの恩恵を受けた畑は、いつの間にか荒れ放題。植物たちはこれから更に勢いを増すのに、あの雑草たちと格闘して勝てる気がしない。とはいえ白旗をあげていたら、いま植わっている野菜たちが可哀想なので、猫の手を借りなければ。今度、佐久に遊びに来てくれる友達が畑の作業を手伝いたい、と言っているので、善意に甘えようかとも思う。

6月からは、農家さんでのお手伝いも始めさせてもらった。引っ越し直後から時々お世話になっていた人たちなので、そのお手伝いができるのはもちろん、このエリアとの繋がりが太くなっていく感覚もあるのが嬉しい。こないだ作業に行ったら、別の知り合いもお手伝いを始めたということで、思いがけず一緒に作業することになった。いろいろお話しながらの作業が楽しく、そんな機会が生まれるのも豊かだなぁと感じる。雨続きで、全然作業に参加できてないけど。人生で初めて晴耕雨読を体現した気がする。

自分で畑を耕しつつ、農家さんの作業のお手伝いをしたことで、食物をつくることの大変さと尊さが身に沁みてきている。なんなら、狩猟をしている知人もいるからなおさらのこと。野菜にしろ肉にしろ、ひとりでに生まれるものではない。そこに至るまでの手間暇、ひいてはそこに命があったという事実を普段は忘れてしまっている。忘れるどころか、気付いていなかったことを痛感する。下処理前の鹿肉ブロックをもらったこともあったけど、そこからでさえ血抜きや皮剥ぎなど大変だった。既に書いたように、畑は気付くと雑草だらけになるし、お米なんて今の時期は毎週のように除草しないと、ちゃんと育たない。誤解を恐れずに言うけれど、一次産業の価値は別次元にある気がしてくる。身近な農家さんへの尊敬の念が、日々増している。

自身の働きでいうと、変わらず編集長をしているのに加えて、佐久のコワーキングスペースのスタッフをしている。受付や掃除、水やり、書類作業、案内板作成…etc。新卒入社から数年間してきた仕事とは、属性が違うことをしている感覚がある。仕事ではあるのだけれど、生活と地続き。それはきっと、自分が暮らすまちで身体を動かしながら、繋がりを感じることができるから。一緒にシフトに入るスタッフ、声をかけてくれる会員さん。シフトじゃなくても作業しに行くことが多いので、そこでも会話が生まれる。仕事が切り離されていない。良い感覚がある。

思い返すと、今年の2月頃に仕事が手につかなくなった時期があった。パソコンを開いても頭と指が動かない。動かしたくない。空虚な穴をその目に見据えながら、身体を入れ込もうとする感覚があった。けれど、コワーキングのシフトには出ることができた。その事実が、実はかなり嬉しかったし支えになった。他の仕事も地続きなものにするには、どうしたらいいんだろう。農家さんのお手伝いを始めたのも、そんなことを考えるようになったから。編集長の仕事も大好きなので、悪しからず。

誰かと話す。身体を動かす。誰かと同じ空間にいる。どれも“いま”を生きないとできないのかもしれない。強い日差しのなか雑草を抜くとき、「コーヒー淹れるけど飲みます?」と声を掛けるとき、「そういえばさ」と話しかけてもらうとき。僕が、しっかりとここにいる。この世界に両足をつけている。「生きる」ができている。

鷲田清一の『〈ひと〉の現象学』の一節を思い出す。

いまじぶんがここにいるという、存在の重しは、なによりもじぶんとは別の存在との降りることをゆるさぬ関係、やむにやまれぬ関係、あるいはともに何かを作っていくという関係のなかに生まれるものであろう

佐久に来てから、存在の重しがかなり増えた。人との繋がり、自然との繋がり、生きることとの繋がり。そのどれもが“しがらみ”となって、留まらせてくれる。吹かずとも飛んでしまう僕は、この重しを増やす必要がある。正直、最近の2,3週間は飛んでいきそうになっている。

“いまじぶんがここにある”と感じられるよう、佐久での日々を過ごしていこう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 あなたが感じたことを、他の人とも分かち合いたいと思ってくださったら、シェアいただけるととっても嬉しいです。 サポートは、新たな本との出会いに使わせていただきます。