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小ささの大きさ日誌〜生後0ヶ月目〜

小さく大きな存在が、この世界に来てくれてから、はや1ヶ月が経った。いつの間にか、新生児と呼ばれる期間は終了。いまは乳児と呼ばれるらしい。

時間の流れがおかしい。あれ、先週生まれたんじゃなかったっけ?と錯覚するくらい。もう1ヶ月か。子育てを経験した人が、「生まれて数ヶ月は記憶ないかも」と言っているのをよく聞くけれど、こういうことかと思う。ふと気付くと1日が終わっていて、ふむ…と首を傾げていると1週間が終わっている。そして、1ヶ月。うん、おかしい。

「お腹へった!」「眠たい!」「抱っこしろ!」「オムツ替えて!」といった訴えに応えていたら、終わる日々。寝れないとは聞いていたけれど、こういうことか。抱っこor膝上じゃないと寝てくれない時期も。妻とふたりで&分担して向き合っているから、なんとかなっているけれど、これをひとりで抱え込んだら…と考えると、末恐ろしい。産後うつは、本当に誰にでも起こり得るんだなと実感。妻にも感謝です。

ちょっとピリピリしたり、調子が悪かったりの日もあった。そんな日でも、うちの人はかわいい。本当にかわいい。寝顔は天使だし、おなかが減って泣いたとき、抱っこすると「ほ」の口になる表情も愛おしい。泣き叫ぶ顔は悪魔のごとし…だけど、「必死に生きとるんやねぇ」と感心してしまう。大好きなお風呂で気持ちよさそうに洗われていたり、機嫌が良いときに手足をパタパタさせていたり。寝起きの伸びをするときの、くにゅっと歪む顔がお気に入り。見ていて飽きない。言葉も話さなければ、リアクションを返してくれるわけでもないから、なんだかまだ“人間”として認識できていない気もするけれど。謎の動物が転がっているなぁ…と思いながら、いつも寝姿を眺めている。

気が付いたら、“人間”になっているんだろう。言い過ぎではなく、刻一刻と変わっていく。毎日、知らない表情をしてくれるし、はじめての動きを披露してくれる。飲めるミルクの量は増えたし、泣き声は大きくなった。太ももと二の腕はふっくらしてきて、授乳にちょうどよかったクッションからは、もう足がはみ出している。

1ヶ月前の写真を見返しては、既に懐かしさを覚えてしまう。あんなに頼りなかった身体は、いまや腕のなかででっぷりと寝そべっている。心なしか、ふてぶてしさも増したかな。

うちの人の新生児期は、もう二度とやって来ない。そんな時期が、これからも嵐のように過ぎていくんだろう。簡単に言葉にできる「かけがえのない時間」は、その煌めきを掴ませないまま、流れ去っていく。ある種なめらかに過ぎていく時間に対して、楔を打っていかないと、きっと過去の思い出としてしか噛みしめられない。いまを、味わいたい。

怒涛の1ヶ月だったけれど、これからはこれからの大変さがある。時の流れは、激流であり続ける。気を抜くと、はるか遠くまで流されてしまう。それはそれで楽しいのだろうけど、自分より大切な存在がいるからといって、人生の手綱を手放してはいけないよな、とも強く思う。翻弄される日がありつつも、愛し続けたいから。激流に身を委ねすぎては、いまも自分も見失う。

この間、地域の集いに顔を出したとき、いろんな人にうちの人を抱っこしてもらった。それがとても嬉しく、これから進みたい方向がうっすら見えた気もした。

流されながら、自分で泳ぎもするにはどうするか。次の1ヶ月のテーマです。

妻目線の1ヶ月振り返り日誌はこちら


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