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医療マーケティング論②

 前回に引き続き、医療マーケティング論のまとめをしていきます。

バランスト・スコアカード

 バランスト・スコアカード(BSC:Balanced Scorecard)とは、米国でKaplanとNortonの両氏により開発され、経営のフレームワークとしてに用いられるようになっています。ざっくりしたイメージが以下になります。

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 組織における様々な視点(表で言うと「財務」や「顧客」など)を縦軸、それぞれに目標やそれを達成するための指標、その具体策を横軸にとって整理し、明示したものになります。マネジメントの観点で言えば、組織におけるビジョンやミッションをもとに意思決定するための「システム」だと思っていただければいいかと思います。
 以前、医療の効率性について述べた際にも、このBSCがOECDの評価の枠組みとして用いられたことをご紹介しました。

マーケティング・リサーチ

 マーケティング・リサーチとは、「組織が直面している特定のマーケティング状況に関するデータと結果を系統的に組み立て、収集し、分析し、報告することと」定義されています。

Kotler P. and Armstrong G.,Marketing: Principles of marketing, Prentice-Hall Inc, 2001.

 医療マーケティング論①で提示してきた概念に照らせば、このマーケティング・リサーチは、「市場機会分析」「市場の選択」「ポジショニング」「製品戦略」「価格戦略」「流通戦略」「プロモーション戦略」に分類できます。概ね、この手順で分析し、関係者へマーケティングの必要性を理解してもらい実行につなげる、ということです。
 市場の分析として、一次情報と二次情報の収集方法やその違いと活用法について特に強調されました。

患者満足度と従業員満足度

 マーケティングの本質は、「市場と顧客の創造」であり、顧客にとっての利益を生み出す必要があります。事業者が顧客に満足を提供することで、「顧客満足」を得ることにつながります。顧客満足とは、「企業、製品、もしくはサービスに対する顧客の期待と、それらの達成度に対する顧客の知覚の差によって生じる感情」、つまり顧客の期待を満たすことです。

バート・ヴァン ローイ他, サービス・マネジメント―統合的アプローチ〈上〉, ピアソン エデュケーション, 2004.

 しかし、事業者にとって製品やサービスを提供する側であるスタッフも重要な顧客です。それぞれ、内部顧客・外部顧客と呼ばれ、それぞれの満足度が相互に関係していると言われます。
 その理由として、サービスが生産と消費が同時に起こる活動(外部顧客は内部顧客のサービス消費過程に参加している)である、つまりサービスは外部顧客と内部顧客との共同作業だからです。さらに、外部顧客がサービスの生産過程に参加するということは、サービスの「結果」だけでなく「プロセス」も体験することであり、「プロセスの満足」にも関心を置かなければなりません。
 医療機関の場合なら、このイメージはつきやすいかと思います。「外部顧客」である患者さんと、「内部顧客」である医療者は、医療というシステムの中で共同作業を行っており、結果に不確実性が伴うという前提があることから、プロセスが重視されることは明白だと思います。
 1997年に出版された『Service Profit Chain』では、以下のように相互関係が示されています。

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W. Earl Sasser, Leonard A. Schlesinger, James L. Heskett. Service Profit Chain. New York: THE FREE PRESS; 1997. より筆者改変

 顧客や従業員の満足度を測定する際には、この関係性を意識してお互いにより良いものになるようにしなければならないですね。

ソーシャル・マーケティング

 ソーシャル・マーケティングは、「対象者自身に対してはもちろん、社会(公衆衛生、安全、環境、コミュニティなど)に便益をもたらしうる対象者の行動に対しても影響を与えるために、価値を創造し、伝達し、提供させるというマーケティングの原理および手法を適用するプロセス」と定義されています。単に知識を伝えるのではなく、対象者の行動を実際に変えること、つまり行動変容が本質です。

Kotler P. and Lee N.P., Up and out of poverty: The social marketing solution, Pearson Education, Inc., 2009.

 この行動変容について、ホームベース型健康支援が提唱されており、中間発表で話題にもなりましたので、概要を説明しています。行動変容の要素を多く含んでおり、家庭医療・総合診療とは親和性の高い概念だと思います。

患者さんの心を可視化するツールの開発

 九州大学には、ユーザースサイエンス機構(以下、USI)という分野がありました(現在はユーザー感性学専攻となっています)。ユーザーの視点に立ち、行政や地域社会、産業界と連携しながら解決すべき重要課題を探り、多面的な課題解決プロジェクトとして研究者がその専門性を活かしながら参画し、研究領域の融合させて従来にない研究開発システムを確立することを目的としていました。
 疾病構造や人口構成、患者の権利の尊重の動きといった医療のパラダイムシフトを受け、USIが診療において患者さんの気持ちをスムーズに医療者に伝えるため「心を可視化する」ツールを開発しており、それらが紹介されました。具体的には、「つたえるくん」(患者の主観的情報を可視化するような画面構築ができる患者・ 医師協力型カルテ)、「サークルドローイング」(患者の心の状態を円の色や大きさで可視化するツール)、「うつ傾向自己診断・対処提示システム」(うつ患者の心の状態や適切な生活を可視化し支援する画面構築)などがあります。
 患者さんにとって、医療者にうまく自身のことを伝えることが難しいと感じることは少なくないのだと思います。そのような視点から有用なツールを開発するということが素晴らしいなと感じました。

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