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【小説】葬送

車は音もなく動き、

山道を下ってゆく。

横が切り立った崖であるその道は

くねくねと曲がりながらくだっている

ハンドル操作、ブレーキ操作を誤ると、

直ぐに崖の下に落ちてしまう道。

何時も気を付けてゆっくり走っていた。

気が付いたのは、

ブレーキを踏んだ時

ブレーキペダルが抵抗なく床につく。

「助けて。」思わず声が出る。

『あー。』

『助けて。』

声にならない音が、車の中にこだまする。

人はパニックになると、

とんでもないことを考える。

『明日は幸恵の誕生日だ。』

『ケーキの用意もしていない。』

『死ぬわけにはいかない。』

思うと同時に

車は崖の下に落ちていった。


明日には誕生日だというその日、

幸恵に残酷な知らせがもたらされた。

「幸恵ちゃん、落ち着いて聞いてね。」

近所のおばちゃんで、

仲良しの清一の母である。

「なあに?」

「お母さんの乗ってた車が崖の下に

落ちているのが見つかったの。」

「お母さんは・・・・・。」

おばちゃんは悲しそうな顔で首を振る。

「どうして?」

「いつも気を付けていたのに。」

つぶやきが風と流れてゆく。

悲しすぎると涙さえ出てこない。

足元の土塊を見ながら、誰かが

『嘘だよ。』

言ってくれるのを待っていた。

「家に入んな。」

男の人が声をかけてくれる。

ボーとした頭で

『この人だれだったかしら?』

そんな事を考えながら、家に入る。

其処からは、弔いで家がざわついていた。

幸恵は人がいるのが有難かった。

居なければ、母の居ない新しい時間を、

父と二人だけで立ち向かわなければならない。

立ち替わり、入れ替わり、

人が声を掛けてくる。

「気を落とさないで。」だったり

「頑張ってね。」だったり

早すぎる事故での死は、

集まる人の声を擦れさせた。

手を握る人や、声を掛ける人に、

『もうやめて。』

『ありがとう。』

矛盾する二つの声が心で響いていた。

葬儀が終わるまでは、

夢を見ているような、

ほんとでないような、

母親がもう一度帰ってくるような、

楽観的な気持ちを持っていた。

葬送には子供には見せれないと、

遺体を見ることが無かった為である。

終わった後、大人達に隠れて、

裏手の山に行った。

山で気持ちを吐き出す事は、

その時の幸恵には何よりも、

必要だった。

「何で、死んじゃったの。」

「誕生日も出来なかったじゃない。」

誰ともなく呟きながら、泣きだした。

いつの間にか、清一が後ろにいた。

「何で泣くの?」

「だって、お母さんが死んだんだよ。」

「前に、お母さんなんて死んじゃえって、

言ってたじゃない。」

「そんなの言っただけだよ。」

「本気の訳ないじゃない。」

涙の合間に言葉を紡ぐ。

「僕、死んじゃえって言うから、

調べてブレーキホース切っておいたのに。」

「そんな・・・・・。」


望みを口にするときは気をつけた方がいい。

















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