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いじわる、覚悟、愛嬌――『永い言い訳』と西川美和さん

ということで、本日より、コルクの佐渡島さんとの共同運営マガジン「コルク佐渡島、note加藤のコンテンツ会議」をはじめます。佐渡島さんの投稿とあわせてご覧ください。企画の趣旨に興味があるかたは、ここここに。

記念すべき初回の、ぼくの紹介コンテンツは、西川美和さんの『永い言い訳』です。

試写で観た人からすごくいいと聞いていたので、公開日に観たら、ほんとうにほんとうによかった。

内容をひとことでいうと、自分のことばっっっっかり考えている男が、子どもと触れ合って人間性を取り戻す話だ。だから、自分のことばっかり考えている人は、観ると、いたたまれなくなるだろう(なった)。人生について考えさせられることになるだろう(なった)。

内容についてのこれ以上の話は、cakesにも伊藤総さんのすばらしいレビューがあるからそっちにゆずるとして、

『永い言い訳』 私は自分が恥ずかしい
およそ120分の祝祭 最新映画レビュー|伊藤聡|cakes(ケイクス)https://cakes.mu/posts/14281

ここでは、監督の西川美和さんについて、もうちょっと書いてみたい。

こういう、脚本も役者もテーマも、ぜんぶがすばらしい作品は、何年かにひとつくらい生まれる、ちょっとした奇跡のようなものだと思う。そういうものを見たとき、ああ、いいものに出会ったなと思うと同時に、職業柄、どうやってつくられたのかが気になる。

だから、映画を見たあと、西川美和さんの原作とメイキング本をむさぼるように読んだ。

原作小説の『永い言い訳』も、すごくよかった。映画だと登場人物の内面は映像で描くしかないのだけれど、小説だと内面を言葉にできる。たとえば、映画がはじまってすぐに亡くなる主人公の妻が、じつはどんな想いでいたとか、もうひとりの亡くなる女性の想いとか過去の恋とか、そんなところまで浮かび上がる。監督の西川さんは、映画のためにまず小説を書いて、それから映画をつくったそうだ。だからこの小説は、詳細な設定資料でもあるのだ。

そしてメイキング本の『映画「永い言い訳」にまつわるXについて』を読んで、西川美和さんの魅力にやられた。どういうことかというと、いじわるさと、覚悟と、やさしさだ。

映画を観た人は共感してくれると思うけど、西川美和さんの視線はとても「いじわる」だ。人間のダメさとか醜さを浮きぼりにしていて、でも、そこにはユーモアと愛がある。彼女がスナックのママをしていたら、通ってしまいそうだ。

表現者の才能にはいろいろな種類があるけれど、たぶん、とても大きな要素に、「人間の繊細な感情のざらつきが見える」というものがある。この解像度が高ければ高いほど才能があるといっていいと思うのだけれど、ただ、そうなると、他人や自分の悪いところもいろいろ見えてくる。

そうすると、若くて元気なうちはよくても、年を経るにつれて、だんだん不機嫌になってくる。ふさぎ込んだり、人が嫌いになったり、皮肉っぽくなったりして、表現を続けていけなくなることさえある。そういうひとは、いいところも同じくらい見えるのだけれど、悪いところも同じくらい見えるから、そして、悪いところを見たときのダメージってとても大きいから、そうなることがあるのだと思う。

表現の才能には、そういう「ダークサイドからの引力」がつきまとう。村上春樹さんが運動をしたり規則正しい生活をしているのは、おそらく、そういう引力から自分を守るためだろう。

話を戻すと、西川さんの作品は、はっきりいってとても意地が悪い。おそらく西川さんは、人間のダメな部分がすごく見える人なのだろう。でも、たぶん、そこを許すことに決めているのだと思う。作品の中では、ユーモアだったり愛情だったりに、監督の決意が見える。メイキング本を読んでいると、そういう西川さんの、健康な覚悟と、愛嬌にだんだん惹かれてくる。

……西川さんへのラブレターみたいになってきて気持ち悪いのでこのへんで終えますが、でも、よく考えると、コンテンツのレビューって、作者のそのときの気持ちへの、ラブレターみたいなものかもしれないですね。

『永い言い訳』は、いまも映画館でやっているので、興味を持った人はぜひ観に行ってください。お前らは(俺たちは)、みーんな幸夫だからな!

加藤貞顕

追伸
cakesには、芳麗さんによる、西川美和さんのインタビューもあります。女性同士ならではの話がたくさん出てきていて、とてもおもしろいので、ぜひ読んで見てください。

ありふれた女の幸福論|芳麗|cakes(ケイクス)https://cakes.mu/series/3763

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