魔法としての言葉

ロールプレイングゲームやファンタジー小説の魔法使いは、呪文を詠唱する。つまり、口に出して、ホイミとか、HALITOなどと言う。それによって、相手を癒やしたり、攻撃したりするのだ。

落合陽一さんが「現代の魔法使い」と呼ばれているのは、超音波や磁力を使って、物体を浮遊させてるところからはじまっているのだと思う。

ここから考えると「魔法」の定義は

目に見える力を行使せずに、なにかを動かすこと

としてもいいと思う。

先日、

「近ごろ思うんだけど、言葉って、魔法なんじゃないかな」

って社員に言ったら、「うわ、このひとオカルトに行っちゃったよ」って顔をされた。

いや、待ってくれ。そういうやつじゃないんだ。しかし、比喩でもなくそう思うのだ。

つまり、言葉は、人を動かすことができる。

昔から、為政者は言葉をつかって、人々を統治してきた。中国の歴代皇帝は歴史家に史書を書かせたし、日本も同じことをしてきている。万葉集の冒頭だって、天皇の歌からはじまる。

オバマが大統領になれたのも、言葉の力と言っていいだろう。彼の言葉が、多くの人を投票所に実際に出向かせて、それで当選したのだ。トランプだって同じだ。また多くの会社が、ミッションとかビジョンを定めるのもそのためだろう。

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クリエイターは、なぜ言葉を駆使して作品をつくるのだろうか?

自分の存在を証明するため、人々を癒すため、だれかをギャフンと言わすため……理由はさまざまだと思うけれど、自分の想いを、どこかにいるだれかに伝えて、それで何かを動かしたいというのはみんないっしょだろう。

そして、クリエイターが作品をつくると、いろんなことが変化する。まず、本人が変わるし、周囲も変わるし、ときには社会だって変わってしまう。

本人が変わるのはわかるけど、社会が変わるとか、いくらなんでもおおげさじゃないの? と思うかもしれない。

わかりやすい例がある。

清少納言が「枕草子」を書いたことで、社会は変わった。春は明け方がステキとか、夏は夜がいいよね、とか書いてあるわけだけど、それによって、人々の「世界に対する視点」が変わった。宮廷に勤める一人の女性が書いた一冊の本が、平安以降の日本文化に大きな影響を及ぼしたのだ。

たぶん、清少納言が書いたそういう気分とか想いは、そのころの世の中にすでに存在していたんだと思う。みんながうっすらと、少しずつ感じていたことを、彼女が紙に書いて、作品にしたことで、想いが世界に固定化された。そして、世界の進む方向がすこしだけ変わった。

ね。これって魔法みたいというか、魔法そのものじゃないですか? 近ごろみんなが言う「エモい」にだってきっとつながっているよ。

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ぼくも、コンテンツをつくる仕事をずっとしているから、世の中が変わるシーンを何度も見てきている。言葉には、実際に、魔法的な力があるのだ。

2018年には、noteには120万件を超える作品が投稿された。実際に、たくさんの記事が、人々を変えたし、実際に世の中を動かした。そしてたぶん、記事の数だけの魔法的な何かが起こっているんだと本気で思う。

みなさん、2019年にはどんな魔法をかけたいですか? その力、どんなことに使いますか? ぼくも年末年始に考えたいと思います。

今年は本当にありがとうございました。よいお年をお迎えください。

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加藤貞顕

コルク佐渡島、note加藤のコンテンツ会議

コルク代表・佐渡島庸平、noteやcakesの運営会社ピースオブケイクの代表・加藤貞顕が、その週にふれたコンテンツについて書いていきます。毎週水曜日更新(予定)!
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