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茶室の平等性・閉塞性

みなさんこんにちは。東洋大学茶道研究会です。

茶道の精神として「わび」と同じくらい重要なものに、平等性・閉塞性が上げられます。この平等性や閉塞性は、この単語を用いて言及されることはあまりないので、認識したことがない人も多いかもしれません。しかし、深く考えてみれば普段のお稽古にもその一端を見ることができます。

一番身近なものとしては、躙り口を挙げることができるでしょう。躙り口は身分の高い人も、低い人も、頭を下げなければ茶室に入ることができません。これは茶室の中が平等であることを示している、ということは聞いたことがあると思います。
また、江戸時代以降の茶道に影響を与えた「集雲庵壁書」には、「庵内・庵外ニ於テ、世事ノ雑話古来禁之」とあります。「世事」とは「世間の事。世の中のこと。人事。俗事」のことなので、ようするに政治・経済の話題を出すなということになります。

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このように茶室内では、普段の社会常識が解消され、世間の話をしてはならないという点で、茶室の外と明確に世界が区切られています。これが茶道の閉塞性ということです。禅語における「別是一乾坤」と似た意味ですね。それでは、このような茶道の平等性・閉塞性はどのようにして茶道の特徴となっていったのでしょうか。

これに関して、よく「千利休の発想」と語られることがあるかもしれませんが、それは単なる英雄史観と大差ありません。他の人が全く思いつかない利休個人の発想ならば、それは利休が非常識な人となるだけで、誰もその考えを受け入れることはないでしょう。もちろん利休にこのような発想がなかったとは言いませんが、それよりもその利休の発想が日本全国に広まり現代にまで続いた、その土台となる日本の精神こそ重要なのです。

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この土台となる日本の精神を明らかにするために、「権門体制」と「アジール」という2つの言葉に注目して行きたいと思います。
アジールとは「犯罪者、負債者、奴隷などが逃げ込んだ場合に保護を得られる場所」のことです。これが更に発展して、近代の治外法権のような形で、国家権力の及ばない地域全般を指すようになるわけですが、このように説明されても難しいと思います。そこでアジールの一例として、縁切寺(駆込寺)について考えてみましょう。

江戸時代、離婚する際には夫の離縁状が必要だったので、妻は自分の意思で離婚することはできませんでした。しかし妻は、縁切寺の敷地内に逃げ込むことで離婚することができました。
つまり、縁切寺の内部は離婚のルールが適用されないアジールだったということができます。これを先ほどの茶道の平等性・閉塞性に当てはめてみると、茶室にアジール性があるということができます。それでは、どうして茶室がアジールとして認識されるようになったのでしょうか。

中世、日本は現代と違って非常に多元的で分権的な国でした。具体的には、公家・武家・寺社が国家の機能を分担しており、彼らをまとめる存在は無いと言っても過言ではありませんでした。この国家の機能を分担していた公家・武家・寺社などのことを「権門勢家(権門)」と呼びます。一応朝廷(天皇家)が彼ら権門の調停役を果たしていたのですが、あくまでも主体性は権門側にあり、朝廷は権門同士で問題を解決できない際に出てくる存在に過ぎません。

また、朝廷の決定に強制力はないので、結局問題を解決するのは当事者である権門自身だったのです。公家には公家のルールがあり、武家には武家のルールがあり、寺社には寺社のルールがあり、自分のことは自分自身で守っていかなければならなかったのです。つまり、日本国内に「いくつもの日本」が存在したのです。この状況を学術用語で「権門体制」と呼びます。

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しかし日本は完全に分断することなく、あくまでも日本としてまとまっていました。これはなぜでしょうか。この問いについての答えはまだ明確には分かっていませんが、例えば『中世史講義』では「聖」の存在に言及されています。「聖」とは、特定の組織に属さない僧侶のことをいい、例えば一遍とともに活動した遊行僧などが該当します。特定の組織に属していないということは、逆にどの組織のルールにも縛られないということができます。

また、会所における寄合では度々無礼講が開かれていますが、この無礼講も普段の礼儀を気にしなくてよい場所ということができます。更に、室町時代、将軍の会所で実際に寄合の運営を担当した同朋衆は僧体の者であることからも、東山文化の寄合にアジール性があったということができます。すなわち、茶室の平等性・閉塞性は、利休独自の発想というよりも、室町時代の会所のアジール性が発展したものと捉えることができるのです。

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今年はここまでです。また来年お会いしましょう。

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参考文献
『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000-2002
東京大学史料編纂所編『大日本史料』1910-
高橋典幸・五味文彦編『中世史講義』筑摩書房(ちくま新書)、2019
谷口雄太『分裂と統合で読む 日本中世史』山川出版社、2021
芳賀幸四郎『東山文化の研究』河出書房、1945



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