【街と家と人】2023年の札幌という街
札幌駅に直結するJRタワーにはT38という展望室があって、高層ビルの38階から360度、ぐるりと街を眺めることができる。
新しいオフィスビルが立ち並ぶ駅前から、北海道大学の緑、大倉山ジャンプ台、札幌ドーム。ゆるやかなカーブを描くJ R北海道の線路。一戸建てが連なる住宅街の向こうには、石狩湾や手稲山までよく見わたせる。まっすぐに伸びる道路沿いに、アクセントのようにタワーマンションが建っていることもある。
観光客に混ざって、ここから見る風景が好きだ。ずっと眺めていても全然飽きない。札幌という都市の確かなダイナミズムを感じて、何だか胸がいっぱいになる。
札幌に引っ越してきたのは、2021年11月の半ばだ。 北海道の短い秋はもう今にも終わろうとしていて、九州からやってきた身には信じられないくらいの寒さだった。
住み始めるのに良い季節ではなかったのかもしれない。
いっそ真冬、一面の雪景色になってしまえば美しい札幌の街も、紅葉が終わって本格的な冬が始まる前の景色はなんだか寒々しい。毎日どんよりとくもっていて、葉が落ちた街路樹を吹き抜ける風はひどく冷たくて、街じゅうがくすんだ灰色に見えた。
寒さにふるえながら慣れない風景の中を歩いていてふと気づいたのは、札幌という街が意外とボロいということだった。
駅や地下街などのインフラは問題なく使えていても、よく見るとそれなりに古びている。
天井は低く配管がむき出しで、階段や床はあちこちひび割れていたりする。貼られたタイルはかなりレトロで、1972年の札幌オリンピックの頃に作られたものが多いのかもしれないと思った。
繁華街にたくさんある大型商業施設も、あちこちで耐用年数を超えつつあるようだった。年が明けて2022年になると、たたみかけるように閉店ラッシュが始まった。
1年ほどの間に「4丁目プラザ」、「PASEO(パセオ)」、「PIVOT(ピヴォ)」が相次いで閉店した。昔から札幌に住む人にとっては、どれも大きなニュースだったようだ。最終営業日には閉店を惜しむ多くの人たちが店に集まり、テレビカメラが押し寄せた。
2030年度に計画されている新幹線の開業に向けて、札幌駅はかなり大掛かりな改装と再開発のまっただ中にある。先ほどのパセオに次いで、2023年8月末で「ESTA(エスタ)」も閉店する。駅と駅ビル、バスターミナルも合わせて整備されていくという。
札幌の街は、これからどう変わっていくのだろう。
閉店ラッシュの一方で、新たに開業する施設も数多くある。
2023年夏から秋にかけて、狸小路には「moyuk SAPPORO(モユクサッポロ)」、すすきの交差点には「COCONO SUSUKINO(ココノススキノ)」が開業する。もちろんそれ以外に建設中、工事中のところも多い。
外資系ホテルの進出も盛んだ。建設中にビルの施工不良が見つかったハイアットセントリックは開業が少し遅れそうだけれど、インターコンチネンタルやJWマリオットの出店も決まっている。まだ詳細は明らかにされていないものの、ホテルが計画されている土地は他にいくつもある。
こう書いてみると、本当に街の変化がいそがしい。大変身だ。
1972年のオリンピックから50年の年月が流れて、新陳代謝が大きくなる時期なのかもしれない。
もう札幌の街全体が、大規模な再開発をやっているようなものだ。完成までには、まだしばらくかかるのだろう。
そもそも街は生き物だ。完成、という瞬間はないのかもしれない。
そこには人々の暮らしがあり、たくさんの産業があり、やってくる旅行者がいる。何かができたと思ったそばから、また動きだしたり変わっていったりする。
ちなみに引っ越してきた秋の終わりにはあんなに暗く寒々しく見えた札幌の街は、雪が溶けて遅い春になる頃には信じられないほどクリアで美しくなり、キラキラと輝き始める。
クロッカスや桜が咲いたかと思うと、ライラックにルピナス、色とりどりのバラも見頃になる。ほどなくラベンダーの季節もやってくる。
みずみずしい新緑にくっきりとした青空。湿気の少ない澄んだ空気の中、広い歩道を歩いていると(雪のない季節の札幌の歩道はとても広い)、北欧ヘルシンキの街にいるような気分になる。何とさわやかな都市なのだろうと思う。
季節によって、こんなに違う顔を見せる街だとは知らなかった。冬の厳しさがあるからこそ春のすばらしさが5割増しくらいで感じられるのかもしれないけれど、5月ごろからの札幌は本当にすてきだと思う。
今日もあちこちで工事が進んでいる札幌。T38の展望室から眺める街の景色も、少しずつ変わっていくのだろう。
いつまでこの街に住むのかはまだ分からないけれど、どこか昭和の香りを残す2023年現在の札幌を、ずっと覚えておこうと思う。
美しくて愛おしいこの街が、これからどんなふうに変わっていったとしても。
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