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おばさんが呪いを解いた日



一体どんな平行世界へ来たのかと思いながらテレビを見ていた。

今年のアカデミー賞、ミシェル・ヨーの主演女優賞受賞である。

リアルタイムで見ていた人も多いかと思うが、現在60歳のミシェルはプレゼンターから自分の名が告げられた瞬間、少女のような表情になって歓喜し、壇上でオスカー像を振り上げながらガッツポーズを見せて会場から喝采を浴びた。

「ありがとう。いまこの授賞式を見ている、私のような見た目の少年少女たち。このオスカー像は希望の証。夢を大きく持てば、必ず叶うという証です。そして女性のみなさん、全盛期が過ぎたなんて誰にも言わせてはいけません。ネバー・ギブアップ!」

今回彼女が評価されたのは、アクション・エンターテインメント映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のヒロイン・エヴリン役。コインランドリーの赤字経営に頭を抱える冴えない主婦だった彼女が、マルチバースの世界で宇宙を救うためにヒーローとして戦うというストーリーだ。

物書きのはしくれとして率直に言わせてもらうが、こんな荒唐無稽な脚本にゴーサインを出したA24は本当に凄いと思うし、ことと次第によっては女優生命どうなるかわからないこんなオファーを受けたミシェル・ヨーもまったくもって凄いと思う。

ミシェル・ヨーのことをよく知らない人に長年のファンである私がざっくり説明すると、彼女はもともとマレーシア出身の香港アクションスターである。

若い頃はバレリーナを目指していたが怪我で挫折、たまたま受けたミス・マレーシアコンテストで優勝したのを機に映画の世界に入り、香港ではジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーといったスターを相手にカンフーアクションをバリバリこなし、その後は007のボンドガールをやったり、数々のハリウッド映画に出たりと着実にキャリアを築き...

とまあ、アクション好きな私にとっては神様みたいな存在なんである。

その彼女が普通のおばさんとしてマルチバースで活躍する映画をやるらしい、という情報を2年前に得て以来、私はことあるごとにエブエブエブエブと周り中に布教しまくってきた。

だけどさすがにこの映画がアカデミーを総なめするとは思わなかった。

しかも共演を見てさらに驚く。

あの「ワンダとダイヤと優しい奴ら」のジェイミー・リー・カーティス(イタリア語の響きに欲情する彼女のまあセクシーだったこと)に、
インディことハリソン・フォードと一緒にトロッコで疾走し、「インディ!大好きだよ!」と叫びながらそのドテッ腹に焼け棒杭を当てていたあの男の子キー・ホイ・クァンじゃないか。

そんな、今や歳とって太った元スレンダー美人女優と、地味で小柄な中国人のおじさんとなったボートピープル出身の元名子役。
そんな彼らが次々と壇に上がってトロフィーを獲得していくさまを、私はただただ夢見る思いで陶然と見守っていた。

なにか、私の住む世界ですごいことが起こっている。
というより、私はどこかとんでもない世界へ移動して来ちゃったらしい。

映画の世界観を借りれば、まさにそんな感じだった。

ちなみに主演男優賞を獲ったブレンダン・フレイザーも昔から好きな俳優で、彼もまたかつて「ハムナプトラ」シリーズというサービス精神満点のエンタメミイラ映画で活躍した後、いつの間にか見なくなったなと思っていたら、なんと男性の権力者によるセクハラパワハラの犠牲になり長年不遇を囲っていた末の今回のカムバックという。

そう、身もフタもなく言ってしまえば、今回のオスカーはハリウッドの白人至上主義の壁に長年苦しんできたアジア系のおじさんおばさん、ハリウッド式ルッキズムやmetooの犠牲になったデブのおじさんおばさんの実力が正当に評価された前代未聞の歴史的出来事だったのである。

私、艱難辛苦によって見事な玉となった人たちが報いられる素晴らしい世界にやってきたんだなあ。

そう思って、テレビの前でただウルウルしていた私だった。

それにしても、最近よくネットで見かける「劣化」とはつくづく罪深き呪いの言葉よの、と思う。

劣化。

なんとも破壊力あるパワーワードだが、一体何をして「劣化」というのか。

人間、若くてキレイでないと価値がない、と思い込んでる人が多いからかもしれないが。

あえて明文化しとくけど、それ、絶対違うから。

この頃、よく考える。
人はなんのために生まれてくるのかと。

若くてキレイなうちにチヤホヤされるためか。

いけてるうちに金を稼いだり、有名になったりするためか。

どれも多分、違う。

そういうことに重きを置いている人をたくさん見てきたけれど、そういうことばかりにすがっていると中年期以降に地獄を見る。

だからそうじゃなくて、とこの頃思う。

今回のアカデミー受賞者たちみたいに、いろんな目に遭い、それでも諦めずに陽の目を見るのは確かに凄いことだけど、誰しもオスカーが獲れるわけじゃなし、そこだけに注目しちゃうとおそらく本質を見誤る。

そうじゃなくて、歳をとろうがシワが寄ろうが生涯成長し続けること。
これこそ、生きるにあたって最も大事なことなんじゃなかろうか。

最近、ミシェル・ヨーの若い頃の写真がたくさん出回ってるけど、正直いって今の方が美しいと思う。

今の方が輝いてるのだ、断然。

長年の経験により培ったものが、内側から滲み出ているせいだろう。

彼女のような人を見ていると、身体って魂の入れ物なんだな、とつくづく思う。

もちろん、入れ物だから外側の手入れをすることもとても大事で、だから見た目に気を使うのは大いに結構なことだ。(私だってやっている)

だけど、やっぱり大事なのは外側より中身のほうだな、と歳を経るごとにしみじみ思うのが正直なところである。

でも、じゃあ中身ってなに? 

その質問への答えの代わりに、私が先日、何か凄いものを見せられた、と感じてしまった、電車の中で見たある光景を最後にシェアしたいと思う。

それは昼間の混んだ山手線内で、同じ車両に大きなリュックを背負ったラテン系の若いカップルと、その隣に帽子を被った小柄な70代くらいの、失礼ながらあまりパッとしない感じの日本人のおじさんが立っていた。 

最初は他人同士かと思った。そのラテン系のカップルは人目も気にせずイチャイチャしてたし、おじさんは知らん顔でまっすぐ前を見てたから。

だからそのおじさんが、いきなり彼らを振り返って流暢な英語でなにか説明を始めた時は驚いた。

どうやらおじさんは旅行者と思しき彼らの案内人らしい。よく見るとその首にIDカードをぶら下げている。

人は見かけによらないもんだ、とすぐ近くに座っている私の耳がダンボになっていると、そのうちおじさんの前の席が空き、カップルが席をおじさんに勧めた。

そしたらおじさん首を振り、綺麗な英語で言ったのだ。

「きみたち、荷物重いんだから座りなさい。それに僕は、電車の中では決して座らないことにしているんだ」

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