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登校拒否がいい理由

先日、初島というところへ初めて行ってきたのですが、同宿に小学生くらいの女の子とその弟らしい男の子を連れたお母さんがいて、その人が朝食の席で私に嘆くように言いました。

「この子達、ふたりとも登校拒否なんですよ。下の子なんか、小学校の初日にもう明日から行かないとか言い出しちゃって」

「それはおうらやましい」

私は脊髄反射で答えていました。
本音です。

見れば、ふたりとも見た目もよく利発そうなお子さん方で、ああこりゃ学校行ったら真っ先にいじめられるだろうな、と私は思いました。
おうらやましい、と言ったのは、そのお子さん方がふたりとも私と違って幼いながらも、

「ここはヤバイ。長居は無用」

と感じた場所からは早々に撤退するという、たぐい稀なる危機管理能力を備えたお子さんたちだったからです。

残念ながら私はそうではありませんでした。
なぜなら私は登校拒否にはならず(なれず)、愚鈍にも小中高とさんざん嫌な思いをしながら学校へは黙々と通い続けたからです。

正直言って後悔してます。あの時間をもっと自分のためだけに使えていたら、果たして今頃どれだけのことができていただろうかと。
友達はほとんどいませんでしたし、教室は針のムシロ。昔から頭だけはよく回ったのでひどいイジメには遇いませんでしたが、そのかわり誰とも仲良くなれず、学校ではほとんどひとりでした。

もちろん、このままじゃイカンとなけなしの社交性をひねり出し、無理して人の輪に入ろうと試みたこともあります。けれど、その試みはことごとく残念な結果に終わりました。

たとえば私がリカちゃん人形遊びの輪に加わると、たちまち話がへんな方向に転がっていくのです。
まずリカちゃんのパパは自分を変えたいといっていきなり旅に出てしまいますし、ママは道で会った浮浪者をかわいそうだからと家に入れ、子供が震えながら見ている前で襲われたりしています。
リカちゃんは平気で虫を殺すというメンタリティの持ち主ですし、しまいにはあるとき私がリカちゃんハウスに間接照明をつけましょう、とアルコールランプを入れたところ、それをうっかり倒してしまい、ハウスどころかあやうくクラスメートのちひろちゃんの家まで丸焼けになるところでした。

当然、ちひろちゃんの家は出禁です。

仕方がないから外に出て、ひとりで用水路へ行ってドジョウをとったり近所の森でクワガタをつかまえたりしていました。

「筋肉は裏切らない」ではありませんが、野山は決して裏切りません。用水路の角っこへ網を突っ込めば確実にドジョウが白い腹を見せてキュルキュル鳴いてくれますし、夜のうちにクヌギの幹に砂糖水を塗っておけば、翌朝にはカブトムシやクワガタはもちろん、招かれざる客であるヤママユガやスズメバチまでがワラワラと遊びに来てくれます。

ごく控えめに言って、ヘブンでした。

今でも目をつぶれば思い出します、ドジョウをとり疲れて用水路わきのコンクリに座ってぼんやり川を眺めていると、宝石みたいなバラタナゴの群れがきらきら腹を光らせ、その名の通り薔薇色の帯となって目の前を泳いでいくのです。

その美しいことといったら、世界の生き物には絶対にだれか優秀なデザイナーがいる、それは人間の芸術家なんかじゃ決して追っつかない天才に違いない、と私を狂喜させたほどです。

そんなものに日々うっとりしながら沈んでゆく夕陽を眺め、毎日真っ暗になるまでひとり遊んで過ごしていたその時間は、はたからはどう見えたか知りませんがちっとも寂しくありませんでした。

寂しかったのはむしろ、学校で交われない人たちの中にいた時です。

学校というところは基本的には魔窟です。目立てばやられ、はみ出せばやられ、落ちこぼれればやられるという、ちょっとでも規格外の子供にとっては無理ゲーのような世界です。

だから、私のような規格外の子供がそんな場所で生き延びるには、息をひそめつつ周りに自分を合わせるか、率先してボスキャラの太鼓持ちになり自分の居場所を確保するか、あるいはバタフライナイフをチラつかせて級友を寄せ付けないかするしかないのですが、

そのどれもできなかった私は「図書室に引きこもる」というお決まりのコースをたどりました。

なにしろ友達がいないのですから、時間だけは無限にあります。
家にあったブックローン百科事典はすでにそらんじるくらい読み尽くしてしまっていたので、私は図書館では返却期限を気にせず済むよう自ら図書委員となりました。
そして、世界の偉人伝から江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』まで(よくあんなのあったなあ)、そのいやらしい描写にクククとほくそ笑みつつ、いけー、もっとやれー、とリングサイドの観客みたいに煽りながらひたすら読みふけったものです。

小中はそんな感じでしたが、幸い高校は周りにも「我関せず」といったゆるい性格の人が多く、極めて自由な校風だったので、ここで私は最小限の級友を作りつつ、今度は「毎日いったん登校しては早退する」という策をとりました。

「◯◯(私の旧姓)、また帰るのかあ」
「はい、帰りますう」

先生も慣れたもので、単位だけは落とすなよー、と的確なアドバイスをくれた他は放任でした。いったんは登校するのですから登校拒否ではありません。こうして私は小中高という、長い長〜いトンネルのような学生時代を切り抜けました。

それがどれくらい私にとって長くしんどい日々であったかは、後年、元過激派リーダーで懲役12年を食らった経験のある、私の小説の師匠だった人にその話をしたところ「俺その感じすごいわかるよ」と共感されてしまったほどです。

そんなような学生時代だったげな、と初島のホテルのレストランでウフフキャッキャとはしゃぐ聡明そうなお子さん達を眺めながら、ああ私にはあんなホフマンの『黄金の壺』のアンゼルムスとゼルペンティーナみたいな魂の片割れなんかいなかったよなあ、でもひとりでもどうにかなったよな、となんだかちょっとうらやましかったです。

だからもし、いまこれを読んでる方の中に登校拒否児及びその関係者の方がいらしたら、私は声をマックスにして申し上げたいのです。

無理して学校なんか行くことはないし、社交性なんて成人してからでもいくらでも身につきます。私が証人。ちょっとエキセントリックかもしれませんが、生まれて半世紀経った今でもちゃんと楽しく生きてます。
それに、大人になって社会に出れば、似たような思いをしながら生き延びたサバイバーさんたちといくらでも出会えます。そうしたらもうこっちのもの。ほんとの人生のスタートです。

だから、そのためには今のうちに一冊でもたくさん面白い本を読み、面白い映画をたくさん観て、これいけてるなー、という音楽を聴き、大人になった時のために、まだ見ぬ大事な人のために、心の引き出しにはたくさんの宝物をしまっておいてください。

筋肉もそうですが、芸術は裏切らないので。

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佐伯紅緒(作家)

小説家/脚本家/女優。2006年、『エンドレス・ワールド』でデビュー。他に映画『RE:BORN』(脚本)ドラマ『シグナル』『僕の初恋をキミに捧ぐ』等。お問い合わせは株式会社アンドリーム https://www.and-ream.co.jp/ まで。
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