職場で出会った変な人たち(百貨店編・1)

大学を卒業後、私が最初に就職したのは都内にある大手百貨店でした。
そこで20代前半の約3年間、私は職場で一日中ほとんど誰とも口をきかないという生活を送っていました。

私が配属されたのは宝石売り場の海外ジュエリーブランドのブティックで、何日も売り上げがないという日はザラでした。
その百貨店は社員全員が外商もできるという制度があり、これではいかん、と先輩たちは新人の私を置いてツバメのように毎日出かけていきました。

ひとり残された私は当然、ツバメのヒナみたいに毎日そこの店番です。

特に人気ブランドだったわけでもなく、入社してそこらの新人にそんな高価なものがそうそう売れるわけがありません。当然のことながら、毎日なにもすることがないという日々が始まりました。

1日の終わりになると、幻聴が聴こえてきます。トイレに行くのも隣のブティックの人に留守番を頼む始末。唯一の楽しみは、休憩時間に屋上のペットショップに行ってメダカを眺めることでした。

さすがの私も考えました。
人生、このままでいいのだろうか? と。

しかしそもそも、江戸時代は呉服屋だったというこの百貨店に入ったのには理由があります。

まず、さしたる資格も特技もスキルもなかった私は、昔から文章だけは得意でした。ですから、ゆくゆくは文章で身を立てるため、なるべく今のうちにたくさんの人を見ておこうと思ったのです。

デスクワークをしていてはその望みは叶えられません。それに、デスクワークの方にも嫌われたのでしょう。あの超絶売り手市場の時代に、私は金融、商社、広告、そのどれひとつとして内定をとることができませんでした。
ですから、バブル世代でありながらも就職氷河期世代の人の気持ちはわりとよくわかります。

そんな感じでなんとか就職したその百貨店で、私が配属されたのは嘘のようにヒマな宝石ブランドのブティックでした。

希望したのは食品売り場でしたが(売れ残りを持ち帰れると聞いたため)おそらく当時からボンヤリしていたので食品では使い物にならないと判断されたのでしょう。宝石なんか持ち帰れないじゃないか、と当時はひそかに毒づいたものです。
(ひとり持ち帰ってしまった同僚がいたのですが、当然クビになりました)

新入社員というのは大抵使いっ走りなどでいろいろと忙しいものですが、私の場合、配属されたのがただでさえヒマな宝石売り場のうえ、入社した年にバブルが弾け、真っ先にそのあおりを食らうという十重二十重のヒマっぷりでした。

つまり私は「人生でいちばん活動的であるべき時期」に「動くな」という命令を下されてしまったわけです。

「1ヶ月を1日と思え」といったのは結核療養所を舞台にした小説「魔の山」のトーマス・マンですが、そんなような日々も続くと、なにかしらの動きが出てきます。

私の場合「動き」とは、店番をしているブティックが次第に「変な人ホイホイ」と化してきたことでした。

なにもしていないのに、とにかく不思議な人がやってくるのです。

そのトップバッターが「H寺の御曹司ソウゲンさん」でした。

(続く)

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佐伯紅緒

小説家/脚本家/エッセイスト。2006年、『エンドレス・ワールド』でデビュー。他に映画『RE:BORN』(脚本)ドラマ『シグナル』(脚本協力)等。お問い合わせはJCM(ジャパンクリエイティブマネージメント)まで。
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