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Q.結婚してもずっと好きでいられる?/剥製の動物/帰省旅/夫のこと(日記)

付き合っている彼氏との結婚を意識するけど、ずっと好きでいられるのかなとふと思ったりします。結婚前にそう思ったことはありますか?

と、質問をもらいました。結婚について何かを語れるほど、結婚生活を長く営んではいないのですが、すこし答えてみますね。

ずっと好きでいられるのかなぁ? って、私は、いまでも思っています。結婚生活を続けるのって、やっぱり簡単なことじゃないんですよね。たった数年でも「こりゃ修行のようじゃな…」と思う日がある。修行のようなのに、その果てに好きじゃなくなってしまう…と気持ちが変わることもあるかもしれないし、好きが持続しても、どちらかの努力だけでは、関係は簡単に枯れてしまう。まじ、結婚生活、むずい。
これまでも、いまも、夫のことが大好きだけど、この先はどうなるかわからなくて、怖い。って思う日もあるんだけども。でも、そんな風に怖がっていて良い、と思っています。だって「ずっと一緒にいられるかどうかわからない」と思うからこそ、「ずっと一緒にいられるように努力しよう」って思える。関係性はナマモノで、いつでも枯れてしまう可能性があるとわかっているから、自分にできる範囲で丁寧に手入れする。それがいちばん健全なのかも。
 
むかし、こんなツイートをしたことがあります。
「好きな人と結ばれるだけでも奇跡的だし、さらにその後、付き合ったとしても結婚したとしても終わりではなく、そこからもずっと自分を選びつづけてくれるように努力しなきゃならないし、好きな人と一緒にいるのってそう簡単なことじゃない。と、いう認識がある人同士で幸せになりたい」
 
このツイートには「努力なんてしたくない、力を抜いた関係性が一番」とコメントがつくこともあった。もちろんリラックスして、自然体でいられる関係性でいたいんだけど、でもやっぱり、人と人が二人とも「心地よく」暮らしていくためには、多少の努力が必要なときが(多々)あるはずなんだよね。いくら価値観の合う二人であっても、なにもかもがぴったり合うわけなんてなくて、時にはぶつかることもあれば、「なんで?」と訝しく思うときだってあるし、自分にとっての「普通」が相手にとっては「普通じゃない」時があるわけで、そのたび、お互いへの気持ちを諦めず、きちんとすり合わせて、時に譲歩しながら暮らしていくのは「努力」と呼べるもののはず。
 
なにをやってもこの人は離れない、結婚したんだから全てを受け止めてもらえるはず、どうせこの人にはわからない、言ったって無駄、みたいに、相手への敬意を失った途端、甘えや無関心が加速して、関係が崩れてしまったり、濁っていったりする気がする。だから「過去やいまはめっちゃ幸せでも、互いを大事にできなくなれば、いつでも終わる可能性がある」と私は思っているし、夫にもそう思っていてほしいなあと思います。その、「相手への愛を失ったら終わり」みたいな、ピリっとした一線が、私にとってはとても大切。
 
あとは。
私はいま、夫のことが大好きで、夫以外との暮らしは想像もできないし、この暮らしが続いていきますように、といつも願っているんだけど、でももし、夫が私をないがしろにするようになったり、約束を反故にしたり、思いやりをなくしたり、私の願いに聞く耳を持たなくなったり、逆に私自身が夫をないがしろにしても平気になってしまったら、いつでも一人に戻るぞ、と、結構な頻度で思っています。人生をすこしでも不健全にする(と私が感じる)ような相手とは一緒にいられない。子供がいても、経済的な理由や精神的な不安があっても、一人でも生きられる、ということを信じる気持ちだけは、持ち続けていたい。こう書くと「別れる日のことを想定している」ように見えてちょっとさみしく感じる人もいるかもだけど、そうではなくて、「いつだって一人になれる」と思える心があるからこそ、今、私が夫と一緒にいるのは仕方なくではなくて「一緒にいたいから」なんだ、と、強く思える。夫と一緒にいる毎日を、大事に、意識的に過ごせる。私はそう思います。
 
こんな時代の中で、誰か一人と添い遂げるなんて、果てしなく無謀なことのように思えるんだけど、「添い遂げる」のは目的ではなくて、結果のはず。「なんか、いつのまにか添い遂げちゃってたよ」と思う日なら……想像できなくはないかも。

一緒にいたい、一緒にいるために努力をしたい、と思える相手と、ぜひ素敵な結婚生活を営んでくださいね。


剥製の動物のこと

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