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踊る米粒、踊る人、踊る音符や、踊る休符

所狭しと思うがままに。 (Mdou Moctar - "Chet Boghassa (Live in Niger, 2020)"

踊るとは、いや、生きるとは、まさにこの姿そのものではないか、なんてのは、とりあえず置きにいった言葉であり、どうでもいい。

でも、踊るとは?踊るとは?
生きるとは?生きるとは? 

ボーダーレス
ジャンルレス
まぜこぜに

綺麗に上塗りされた言葉 
粘着く一体感の過剰な演出
相互応援を期待し合う熱気と湿気で、ふやけた企て 
同じレーンを同じ場所目がけて同じ銃声でスタートきること

少なくとも、そういうことではないなぁと腹の底にヒタヒタと染みる

油で炒められた玄米みたい。
熱い鍋の中、一粒一粒、物理学に従ってるがゆえに、
前には習わず、横にも習わず
足元から熱された、一粒一粒のリズムで。

けれども、
ちゃんと、その場をシェアしていることは確実で。

生きてる限りは、こういうふうでいたいなぁと頭の上までヒタヒタと浸かる

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