2019 第21節 : サガン鳥栖 VS 大分トリニータ

2019シーズン第21節、大分トリニータ戦のレビューです。

■ システム

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■試合

この試合での鳥栖は、守備の仕組みを大きく変えてきました。鳥栖の守備時の配置は4-5-1(4-1-4-1)。攻撃時にトップの位置にいる金崎は左サイドハーフの位置に下がります。これによって中盤全体がバランスを取るべく右にポジションを移し、松岡がさながらアンカーのようなポジションを取って中央を5枚並べる形にします。

守備の仕組みとしては、左右非対称であったところが特徴的でしょうか。例えるならば、右サイドは槍でつつく守備、左サイドは盾で構える守備。

右サイドの守備の基準の担い手はインサイドハーフの福田。大分の最終ラインでのボール保持に対して、積極的に前に出てプレッシングをしかけ、大分が自由にボールを持てないように強い圧力をかけます。サイドに出たらヨンウ、中央に入ったら松岡がボールを狩って高い位置でボールを奪ってショートカウンターができればベストという守備です。
左サイドの守備の基準の担い手は金崎。ネガトラと同時にサイドハーフの位置にポジションを変えて網を張って待ち構える守備を見せました。福田と異なるのは、パスコースを消すような立ち位置で大分の攻撃をけん制しつつ出ていくタイミングを計っていた点。大分の最終ラインが運ぶドリブルを見せて前進してきたタイミングで、列を上げてプレッシングをしかける形を継続していました。福田と同じ位置関係となる原川は、前に出るのは自重。あくまでもオナイウを意識した守備で、オナイウのパスコースを消すと同時に、もしもボールが出されたとしてもすぐに圧力をかけられる状態を作っていました。前回の試合でハーフスペースを蹂躙されてしまっていたのを防ぐ守備です。

トーレスもこの守備方式に貢献しておりまして、立ち位置としては、左サイドへのコースを消して、右サイドの福田の方に誘導しているように見えました。一人で複数人を見なければならず、豊田のようにボール循環において追い掛け回すという事はしないのですが、中央から縦に直接ボールが入らないように、サイドへの誘導は確実に行っていました。

この鳥栖の守備方式において攻撃面でのメリットもありまして、それはカウンター攻撃の際のポジショニング。大分に押し込まれた状況では、4-3ブロックで中央を固め、両サイドのヨンウ、金崎はやや高い位置にポジションを取らせることによって、最終ラインからのクリアボールを拾う際のポジションがバランスよく配置できており、ポジトラ時のボール奪取から攻撃への移行がスムーズに行われていました。ボールを奪うと同時に前方の3人+福田がスプリントを仕掛けて高い位置を取る大分のストッパーの裏のスペースを狙いつつ、ドリブル突破ができるヨンウと金崎が前進してスピードのあるカウンターを繰り広げていましたよね。33分のカウンターでトーレスの落としから金崎がシュートを放ったシーンは狙い通りの攻撃だったでしょう。ただし、この完璧な形でもゴールが決まらないのが今のサガン鳥栖の順位を如実に表しているような気もします。

逆に38分にはこの配置におけるデメリットが現れたシーンでありまして、オナイウが鳥栖の左サイドから逆サイドにクロスをあげ、田中のヘディングシュートを受けて危うく失点というシーンがありましたが、ヨンウを高い位置においてカウンターに備えさせているので、逆サイドに早くて正確なクロスを上げられると、遠いサイドを見るメンバーがいないという事象はどうしても発生してしまいます。攻撃に比重をかけているリスクですね。マッシモ監督ならば、サイドハーフは最終ラインに落として人を配置し、逆サイドへのクロスも確実にクリアできる準備をしていたでしょう。ただし、カウンターにかける人数が少なくなるので得点のチャンスは確実に劣ります。この辺りの攻撃、守備のどちらに比重をかけるかというところは、監督によって大きく色がかわるところなので面白いですよね。

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鳥栖はビルドアップによる攻撃でも大分をしっかりと分析した上でのパスワークを展開していました。右サイドにはヨンウ、左サイドは原を高い位置において大分の両ウイングバックを誘導(ピン留めもしくは引く動きでスペースづくり)。大分は鳥栖の最終ラインでのポゼションを無視するわけにはいかず、セカンドトップがプレッシングで前に出てくるため、福田、原川が大分のドイスボランチ脇のエリアで位置的な優位を作り出します。松岡が中央にいる事で、大分のボランチが中央に引き寄せられる効果も見逃せません。

この配置を利用したビルドアップは左右両サイドで効果を発揮していて、わかりやすいのは19分の形でしょうか。最終ラインで小林がボール保持し、ドイスボランチの脇のエリアで福田が顔を出し、高い位置を取るヨンウに引っ張られた田中の背後のスペースにトーレスが走りこんで福田からの縦パスを引き出しました。17分頃の秀人からのミドルレンジのパスを引き出した福田のポジショニングも良かったですし、41分にも小林から縦パスを受け、前を向いてラストパス(トーレスへのスルーパス)を送るシーンも見られました。前半を通じてこのポジショニングによってビルドアップの出口とする攻撃はかなり機能していたので、こういう所で得点が欲しかったところです。

この形はショートパスのみならず、積極的に長いボールを活用した攻撃も織り交ぜます。特に左サイドはその攻撃が顕著に現れていました。最終ラインでボール保持時に、原が松本を高い位置で引き付けていた場合は、金崎に直接長いボールを送り込んで原川にセカンドボールを拾わせる。原が引く動きで松本がついてきた場合には、空いたスペースに金崎をはしりこませるという形を見せていました。前半は金崎がいくつかファールを受けてセットプレイのチャンスも作り出していました。

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大分も、鳥栖の守備の仕組みを把握して、徐々に攻撃の仕組みに工夫をしかけてきます。最終ラインでのトーレスの誘導によってその後のパスの展開が定められるため、ビルドアップを担う選手がトーレスの脇のスペース(+松岡のプレッシングが届かない程度の幅)で持ち出せる環境づくりを行います。前半に目立ったのは、ティティパンが最終ライン近くでボール保持をサポートし、トーレスを引き付けて逆サイドにパスを送ります。大分の攻撃としては、左サイドでは福田が強烈にプレッシングをしかけてくるので、徐々に攻撃が右サイド中心と変わってきていました。鈴木がポゼション時に位置取りを大分の右サイドに移動し、トーレスと松岡が届かないエリアでボールの持ち出しを行います。

鳥栖としては、センターバックにボールを持ち出されると金崎がプレッシングに出てこざるを得ない状況を作り出されてしまい、守備の基準(マーキング)をずらされて捕まえるべき選手をリビルドしなければならなくなり、その隙を縫って、大分がしっかりと右サイドでボールを循環できるようになりました。この一連の流れの中で、鳥栖にとって最終ラインにおける不都合が生じていたのは秀人が動かされた事。オナイウを秀人が捕まえなければならなくなり、これによって開けてしまった中央のスペースに対して大分が2列目からの飛び込みを見せるようになりました。

前半は鳥栖がビッグチャンスを作りながらも決められず、最後は大分も鳥栖の守備のやり方を把握して徐々にボールを前進できる兆しを見せますが、決定的なチャンスはつくれないまま、やや鳥栖が優勢かというところで終了。

後半になって、ボールの前進を図りたい大分はさらにビルドアップに工夫を仕掛けてきます、鳥栖が最終ラインに対して同数プレッシングをしかけてくるとので、その基準をずらすために小塚が最終ラインに下がってビルドアップをサポート。小塚が引いたことによって押し出されるように三竿と田中が前線に近いところにポジションを移動。後藤とオナイウが近い位置で互いがサポートできる状態を作ります。小塚が最終ライン近くでボールを扱うようになったため、序盤は最終ラインに引いていたティティパンが、右サイドのハーフスペースにポジションを取り、原川を動かそうとする動きを見せます。

後半開始直後から鳥栖のブロックの間を抜けるパスコースを探してボールを循環させていた大分ですが、前になかなかスペースを見つけられない状態の中、一瞬の隙をついた福田がプレッシングを仕掛けて三竿のロングボールをブロック。こぼれ球をヨンウが拾ってドリブルで前進し、カットインからの見事なシュートで先制します。鳥栖の守備のトリガーである福田のプレッシングが報われた格好のショートカウンターで、ミョンヒ監督としてはしてやったりだったのではないでしょうか。

先制された大分は小塚が下がる形を継続。そして徐々にその成果がでてきます。大分としては前半から前に出てくる福田が厄介ということで、どちらかというと福田のいない右サイドから攻撃するシーンが多かったのですが、小塚と長谷川の二人を最終ラインに置くことによって、トーレスと福田の間で一人ボールを受けられる形を作り、福田のプレッシングに的を絞らせないような形づくりを行います。後藤とオナイウが中央にポジションを移したため松岡も出られず、原川はティティパンのポジショニングを気にしなければならないということで、中央で小塚がボールを握れるようになり、大分が徐々にリズムを取り戻してきました。

ビルドアップからボールを前に運べるようになった大分は満を持して藤本を投入。藤本が決めたわけではないのですが、ゴール前での脅威を生みだし、後半の攻撃からボールが回ってくるようになってきた田中の縦への突破とも同点ゴールを演出します。

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同点に追いつかれた鳥栖はここで疲れの見えるヨンウに代わって金森を投入。鳥栖の右サイドハーフに与えられた使命は、「お前はサイドに張ってろ」なのですが、金森はサイドからハーフスペースや中央に入ろうとする動きを見せていました。

クエンカが入った際には、左サイドで数的優位を駆使したボールキープが攻撃の主軸となるのですが、そこから逆サイドへの展開時に幅を取って1対1でしかけることのできる形づくりが重要でありまして、右サイドで仕掛けられる選手がいないとなるとひとつの形を失うことになります。

そのあたりのポジショニングが、金森はまだ自分のものとできていなかったようで、攻撃の際に福田がアウトサイドにポジションをとるケースが多くなりました。小林がパンゾーロールで相手最終ライン近くまで踏み入ってハーフスペースでつなぐ役割を見せるとコンビネーションによる崩しも期待できますが、この試合は小林にはそのタスクは与えられてなかったので、ヨンウがボールを持った時と同様に、福田が単独でサイドを突破をしなければならなくなる形となり、これは、はっきりいうと、鳥栖の右サイドの攻撃が非活性化してしまうパターンです。

金森の動き方は、71分のカウンターのシーンが分かりやすくて、大分のクロスのクリアボールを拾った原川が前を向いてボールを受けます。その瞬間には右サイドには広大なスペースが。鳥栖のカウンターのやり方としては、このスペースは「サイドに張ってろ要員」のヨンウがトップスピードで駆け上がってサイドでボールを受ける動きをとるのが通常のシナリオです。ところが、金森は、サイドのスペースを見つけても「原川がこのスペースをドリブルで使う」という考えだったのか、原川とクロスの動きで中央に入ろうとするスプリントを見せます。

これによって、本来自分のタスクである「サイドのスペースへ走りこむサイドハーフへのボールの流し込み」ができなくなってしまった原川は、誰もそこに人が入ってこないためにパスを出すことができず、その一瞬の躊躇によってできてしまった間によって大分の守備が整ってしまいました。スタジアムでは「原川早く出せ」という言葉を発した人もいるかもしれませんが、チーム戦術上、そこにいるはずの選手がいなかったので、原川としては判断をしなければならない時間ができてしまい、ちょっと難しかったかもしれません。そこですぐに頭を切り替えて、中央を走る選手に対するスルーパスや左サイドの大外を走る選手へ長いボールを送るという切り替えができればよいのですが、なかなか難しいですよね。

その対応として、ミョンヒ監督は福田に変えてチアゴをサイドの攻撃要員として投入し、金森をインサイド(トップ気味)にポジションを移しました。試合中に戦術を教え込む時間はないので、その選手の得意とする動きを最大限生かそうとする選手交代だったかと思います。

金森の動きが悪かったかというとそういうわけではなく、攻撃でも守備でも良いスプリントを見せており、気持ちのこもった激しいスライディングによる守備(ファールはだめですが)を何回も見せてくれました。あまりに多くのスプリントを見せてくれるので、試合を見直していても、右サイドに現れた選手が、これ金森?…金森じゃない…いや、金森か。という、「金森じゃなくて金森」みたいに混乱する事象もあったり(笑)

逆に言うと、まだまだ鳥栖の戦術(味方との連動)にマッチしていないということで、組織の中でポジションを取るべき場所というのがまだまだ理解しきれていません。そのあたりはここから熟練していってくれればと思います。実は、戦術にマッチしていないからこそ、相手にとっては想定外の動きをしてくるジョーカー的な役割で混乱を与えるという事もあったりするのですけどね。チアゴも含めて、一度試合の中で確認したので、これから選手をどう生かすのかというのはミョンヒさんの腕の見せ所でしょう。

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ビルドアップによる攻撃が徐々に機能しだした大分は後藤に変えて前田を投入し、さらに最終ラインからの攻撃の組み立てにパワーをかけます。前半の鳥栖は、大分のウイングバックに対して鳥栖のサイドハーフ(ヨンウ、金崎)が見る形を作ることによってサイドをビルドアップの出口とすることを防いでいました。前田の投入後の大分は、最終ラインのパス交換をしながらタイミングを見計らってボランチを下げ、中央に人数をかけてサイドハーフがセンターバックにプレッシングを仕掛けなければならない形を作りました。これによって、前半はなかなか作れなかったセンターバックからウイングバック(田中・松本)へのパスコースが空き、そしてウイングバックに対して鳥栖はサイドバック(小林・原)がつかなければならない状況を生み出し、そのスペースをセカンドトップ(オナイウ・三平)が狙うという構図を作り出すことに成功します。大分は、鳥栖から同数プレッシングを受けていると把握すると、ティティパンの移動や小塚の移動、そして最後は前田の移動などによって守備の基準点をずらそうとする意志が統一されていました。そこが大分の強いところでしょう。選手が変わってもどうやって相手の守備を崩していこうかというところが選手全体の頭に刷り込まれている事自体が強みですよね。

そして、勝ち越し点は大分。大分が右サイドに展開して岩田がサイドでボールを保持。原としては縦のコースを消し、岩田にカットインさせて中央にいる原川・松岡にボールを刈らせたかったのかも知れませんが、ハーフスペースにいた松本が縦に抜けようとした動きを見せたため、松本に原川がついて行ってしまいました。原川が動かされたと同時に岩田がカットインを行った為、シュートが打てるスペースができてしまいました。鳥栖の守備の意思疎通に若干のずれを作った大分の「第三の動き」は素晴らしかったと思います。

鳥栖は、同点に追いつくべく、疲れている中でも前線から強いプレスを続けていたご褒美が来ます。クエンカのボール奪取により、金森が冷静に金崎に渡して同点ゴール。金崎は思いっきり打ち放ったシュートはキーパーに当たったり(弾かれるのではなく、当たる(笑))、ポストに当たったりしますが、冷静に流し込める状況では確実に決めてくれますね。

■おわりに
勝てた試合と言われれば勝てた試合。
負けなくてよかったと言われれば負けなくて良かった試合。
ただ、これまでは、終盤に勝ち越されると同点に追いつくということもありませんでしたし、先制したものの逆転を許し、それでも追いついて引き分けという展開は今シーズン初めてですよね。
そういう意味では、得点を取らなければならないところで反撃する力が備わってきたのかなとも言えます。
先制をしているので、失点を防がなければならないときに防ぐことができていないということも同時に言えますけどね。

あと、試合後のインタビューで「九州ダービー」という言葉が出てきましたが、そういわれると、あ、そうなのかという感想。
大分とは地理的に生活圏が同じわけでもなく、(歴史的に負け続けてはいますが)何か大きな因縁があるわけでもなく。
あくまでも(商業的な意味の強い)「バトルオブ九州」と捉えていたので、この試合は、九州ダービーと呼ばれていたのかと、試合が終わって気づきました。

何はともあれ、勝ち点1を積み重ねて最下位を脱出。一歩ずつですね。着実に勝ち点を積み重ねて、少しずつでも良いので上昇していきましょう。

■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)

・ トランジション
攻守の切り替え

・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。

・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。

・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置

・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ

・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側

・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央

・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側

・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き

・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス

・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事

・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事


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