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エッセイ・七星菩提活劇 其の伍 「六年ほど前に書いていた艦これ二次創作小説 『紺碧の記憶』(続きを書く気力もないので供養のため掲載)」

六年ほど前に書いていてアップロードに際して誤って全消ししてしまった艦これの二次創作小説を供養のためにアップします。


あらすじと登場人物

-深海棲艦が初めて人類に牙を向いた「内浦大空襲」から10年の月日が流れた
我々人類は太平洋上に戦いの拠点を置き深海棲艦打倒の作戦を展開していた……-
-これは仕組まれた運命に抗う物語-

主人公
南條奏海(なんじょうかいと) 
心優しい新米提督。
ドジでおっちょこちょいではあるが、高い艦隊指揮の能力を持ち艦娘たちから信頼を置かれている。
着任当初高雄に一目惚れし、彼女を秘書艦として側に置いている。
若者らしいドライな部分もあるが、「艦娘を誰一人沈めない」「深海棲艦とも和解できないか 」など、熱く夢を抱いている面もある。
かつて出会った特務軍人「北崎」との約束である「強く優しい男」になることを目標に生きている。
好物はカレーライスと目玉焼きがのっているハンバーグ

高雄
奏海の秘書艦をつとめる艦娘。
生真面目な苦労人。
愛宕たち姉妹を誰よりも大切に思っている。
何故か奏海が着任するより前から鎮守府におり、彼と最初に出会ったとき「お待ちしておりました」と口にしていたが、その真意とは?
戦闘においても旗艦をつとめることが多く、個性豊かな面子をまとめあげている。

楠上璃穏 (くすがみりおん)
鎮守府に常駐する憲兵隊長(首からドッグタグを下げている)。
かつて内浦大空襲によって故郷と家族を奪われ自暴自棄になっていたところを奏海によって救われ、以来彼を親友と慕っている。
卓越した戦闘能力を持ち、鎮守府内では艦娘の実技指導も行う。
奏海や周りの艦娘以外には割りとぶっきらぼうで年上にも平気で噛みつくが、頭の回転は遅い。
好物はウイスキーとラムネ

プロローグ

君が見てきたのはどんな景色だった?
誰かが犠牲になって自分の大切な人が沈んでいく景色?
それは自分で選んだものだった?
誰かに見せられたものだった?
じゃあ
君が本当に見たかったのはどんな景色?

-10年前-
聞きなれた心地のよい潮騒の音色。
時刻は正午をまわり、茹だるように暑いかった。
船着き場には大勢の人が船の出発を待ちながら談笑をしている。
その日の午前早くいつものように着古した青い軍服の上着を肩にかけくたびれた黒いランニング姿で腰には自慢の短剣を下げ北崎龍桂はやってきた。
両親がおらず、ずっと孤児院で育った10才の少年は龍桂のことを本当の父親のように慕っていた。
孤児院を訪れる度に龍桂は少年に任務で訪れた場所のことやそこで起こったことを話してくれ、孤児院の中とそのまわりのことしか知らない少年にとって彼の話すことは広い世界のことを知り想像する魅力的な話だった。
そして少年もまた孤児院でのことや、何ヵ月かに一度出掛けることができる街での数少ない体験を拙いながらも龍桂に語って聞かせた。そんな他愛のなく稚拙な話を龍桂は聞き自分のことのように喜んだり笑ったりしてくれ、最後は必ずその節くれだったたくましい手で頭を撫でてくれる。
少年はこの時間が何より大切でかけがえのないものだった。
「海はいい、特にここの海は、少年、お前と一緒に見ることができるからな」
海を眺める龍桂はそう呟いた。真っ直ぐに水平線を見つめる横顔はいつものように凛々しくたくましい。
だが、少年はいつもとは違うものを感じていた。
「ねえ、龍桂、本当にいっちゃうの? もう少しここにいればいいのに……」
その日の龍桂の横顔にはなぜか悲しみを称えているように感じた。そして漠然と少年の中にあるひとつの不安が沸き起こっていた。
もうこれきり龍桂と会えないのではないかという不安だ。
「なんだ、少年? もしかして寂しいなんて言うんじゃないだろうな?」
いつもの笑顔が少年の心には痛い。
何故かは知らないが、龍桂は無理をしているようにしか思えなかったからだ。
空元気で無理に笑顔を作っている。まるで自分を不安がらせないように。
遥かな水平線を眺めるその横顔から龍桂の思いを感じる。
少年にとってそれは初めての感覚だった。
「でも、龍桂、皆言ってるよ? 龍桂は頑張りすぎだって!だから、だから…… 」
少年はその先の言葉を紡げなかった。
龍桂はただ悲しそうな目で少年を見つめていた。
龍桂は静かに息を吐いた。
「少年、俺にはやらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。だから、今はまだ 休んでる暇はないんだ。少し長くなるがこの仕事が終わったら、今度は少年の側に長いこといてやるつもりだから、待っていてくれないか?」
節くれだった手が少年の頭に置かれた。
いつものように、少年の頭を撫でる。だが、少年はその手から龍桂の思いを感じ取った。
「龍桂……。ごめん。わがまま言って……」
「いいさ、少年。お前がこんなことを言うのは初めてだからな。寧ろ心配してくれて嬉しいさ。ありがとうな」
龍桂の手が先ほどよりも強く少年の頭をなでた。
苦労を知っている手。
少年は幾度となく龍桂が父親であってほしいと願っていた。
「龍桂、僕もっと強くなるよ。龍圭が戻ってくるまでにもっともっと。約束するよ!」
少年の強い言葉に龍桂は言葉をつまらせていた。
「少年、強くなるのはいいが、そこに優しさがなきゃいけないぞ。ただ強いだけじゃそれに溺れちまう。だから、絶対に優しさを忘れるな。それもちゃんと覚えておけよ」
悲しそうな目をする龍桂。少年はその言葉に強く頷いた。
龍桂は腰に下げた特務軍人の証である短剣を外し少年に差し出した。
「龍桂、これ……」
「俺の大切なものだ。こいつをお前にやる。お前が強くて優しい男になるって約束してくれたからな。俺も必ず少年に会いに戻ってくる。だから、その約束の証だ。それまで持っててくれ 」
短剣を受け取った少年はそれを見つめ、再び強く頷いた。
「少年、たくさんのものをその目で見ろ。たくさんのことをその耳で聞け。たくさんのことをその肌で感じていけ。そしてたくさんの人と出会え。そうすれば強くて優しい人間になれる。正しい答えは自ずとわかるはずだ。俺が望むのはそれだけだ」
龍桂の手が少年の肩に置かれる。
少年の不安は確信へと変わった。
龍桂と会うことは決して叶わないということを。
少年は俯いた。
船の汽笛が鳴り響く。
もうじき出航だ。
「少年。いや、奏海。また、お前の話を聞かせてくれ。また会いに来てやるから」
踵を返し手を振りながら沼津行きの船に乗り込む龍桂。
そのたくましく悲しみをたたえた背中を少年は見送る。
船に乗り込み後方の甲板から龍桂はまだ手を振っていてくれた。
少年は船が水平線の先に消えるまで見つめ続けていた。
少年にとってこの日は忘れることのできない一日となった。
数日後、奏海は深海棲艦による攻撃で龍桂が死んだことを知る。
深海棲艦が人類に対して初めて牙を剥いた「内浦大空襲」
その日は皮肉にも「先の戦争」が終結を迎えた8月15日だった。
奏海は悲しみに暮れた、しかし、龍桂と交わした約束を果たすために生きていくことを決意し、その悲しみから立ち上がった。
「強くそして優しい男」になるため。
その道はいかに過酷で苦難を伴うか、それは彼自身がわかっていた。
しかし、折れることは決してなかった。
10年後艦娘を率いる提督となり過酷な深海棲艦との戦争に身を投じることとなる。
龍桂が愛した海を深海棲艦から取り戻すために。
少年の名前は南條奏海(なんじょうかいと)といった。


第一話 邂逅-Drop-

第三鎮守府近海
天候は晴天。
青空が広がり波は静かだ。
しかし、その静寂を破るように爆音を上げながら方々から水柱が激しく上がる。
「くそ! 思った以上に手強いぜ!」
ぼろぼろになり鎮守府から無断で持ち出した最新式の15.5連装砲で敵艦隊に向けて砲撃しながら天龍は叫んだ。
やはり間違いだった。
遠征中第三鎮守府近海を通りかかった際に、敵の空母機動部隊に苦戦する第三鎮守府の空母たちを見つけ遠征装備しか持たない駆逐艦たちを先に帰してしまったのを後悔した。
全員で避難誘導をして戦闘海域から離脱するべきだった。
だが後悔は先に立たず。
自分にはこの最新式があるからとたかをくくった結果がこれだ。
その最新式の主砲も直前に受けた敵駆逐艦の砲撃により砲身がひしゃげて使い物にならなくなってしまった。
せめて対空兵装ならまだまともな戦いができたはずと加勢した自分を呪っていた。
「天龍さん、このままでは貴女まで沈んでしまうわ、早く、逃げて……」
爆撃を掻い潜り傍らにやって来た赤城が息絶え絶えに言う。満身創痍の状態だ。
「ダメだ! 俺が自分から首を突っ込んだんだ! お前らを置いて逃げるなんて……!」
言ってはみたものの、この状況は絶望的。
敵艦隊は空母ヲ級三隻がいまだに健在、軽空ヌ級がようやく中破し随伴艦の駆逐イ級二隻も軽く損傷している程度に止まる。
対してこちらの正規空母艦娘赤城ならびに蒼龍、飛龍は中破しもはや艦載機を発艦させられる状態ではない。
敵艦載機は我が物顔で空を支配している。
そのうちの一機、艦上爆撃機が天龍と赤城の頭上へと躍り出る。
たった一機の敵艦爆だが、今の彼女たちにとってそれはまさに死神そのもの。
天龍の脳裏に「轟沈」の二文字が浮かんだ
刹那。
自分たちに狙いを定めていた敵機が爆炎を上げ上空で四散した。
「うっしゃー! 命中した! 天龍! 大丈夫かー!!」
「摩耶、まだ敵艦載機はいるの、油断しないで!!」
天龍が顔を上げるとそこには見知った二人。
同じ第零鎮守府の両艦高雄型三番艦の鳥海と同じく高雄型四番艦の摩耶がいた。顔を上げてから数秒してようやく摩耶の対空機銃が敵の艦載機を仕留めたことを天龍は理解した。
「鳥海、摩耶……? なんでここに?」
「はあ? 何言ってんだお前? チビ共を先に鎮守府に還したろ? あいつらが鎮守府に救難信号を送ってきたんだよ! ったく、一人でカッコつけて、この様かよ」
たしかに一人で加勢した挙げ句に沈みかけたのだ。摩耶の言葉と自分の不甲斐なさに目を伏せる天龍。
「天龍さんたちはすぐに逃げてください。この先に南條提督たちの巡視艇が停泊しています。簡単ですが、応急処置くらいはできるはずですから」
語気が少し強い。
「天龍さんはこのあと楠上さんからのお説教です」と続けながら鳥海は水平線の彼方を指差し、天龍に避難を促した。
いつのまにか自分が先に還した舞風たち第四駆逐隊の面々が第三鎮守府の空母たちの避難を誘導しにやって来ている。
すぐ近くで爆音が轟き、空母ヲ級一隻が海上で蹲った。
「第三鎮守府の皆さん! すぐにこの場から離れてください! ここは私たち第零鎮守府の艦隊が戦闘を引き継ぎます!」
海上を滑るように高雄型一番艦高雄が前線に立つ。
先ほど空母ヲ級を仕留めたのは高雄の主砲だ。撃たれた空母ヲ級は早々に前線を離脱したのか沈んだのか、もうその姿はなかった。
残り五隻となった敵艦隊。
その周辺を再び水柱が激しく上がる。
「ヒャッハー! 者共! かかれー! とっとと終わらせて酒だ酒だー!」
巻物から式神タイプの艦攻を発艦させて隼鷹が叫ぶ。既に艦攻の魚雷が軽空ヌ級と駆逐艦一隻を餌食にし海中へと葬っている。
「皆さん! もうご安心ください。私たちにあとはおまかせください」
龍鳳も隼鷹に負けじと矢を放ち加勢する。
第零鎮守府の誇る二人の航空戦力の前に敵空母艦隊はみるみるうちにその戦意を喪失していく。
完全に戦局は逆転していた。
「天龍ちゃん! 赤城さん! こっち! こっちよー!!」
特に損傷の酷い天龍と赤城を愛宕が誘導する。
「……、皆さん……。ありがとうございます!」
赤城の顔に希望がもどり、目には涙を浮かべている。
「皆、悪りぃ、先に戻るぜ……」
天龍は呟くと愛宕が呼ぶ方へと赤城に肩を貸しながら、よろめき航行していった。
「何とかなったな……」
特殊海洋巡視艇【駿河】の船上にて。
海上での戦闘を双眼鏡で見ながら白い第二種軍装の南條奏海はへなへなと甲板に崩れ落ちる。
第四駆逐隊からの救難信号を受信したのが一時間足らず前、その間に今動ける艦娘を急遽集めて出撃させた。
何とか敵空母艦隊を殲滅できるだけの戦力を集めることはできたが、正直のところ気が気ではなかったので無理はない。
第三鎮守府が第零鎮守府に近かったことも幸いし、援軍による人海戦術でなんとか敵を殲滅することができた。
「流石はお前の手腕だ。敵もまともに反撃できなかった。艦隊指揮もそうだが、日頃の鍛練がやはり物を言うな……」
へたりこむ奏海の傍らでカーキ色の軍服を着込んだ憲兵隊長、楠上璃穏が奏海へ称賛を送る
「……戦闘はなんとかはなったけどな、しかしまだやることは山積みだ……。璃穏、明石に空母たちと天龍の治療を頼んできてくれ。あと、攻撃を受けた第三鎮守府の生存者確認とその避難を憲兵のやつらに指示を頼む。やることは多いが頼んだ……」
ゆっくり立ち上がり楠上へ次の指示を出す。
艦娘たちの治療もそうだが、まだ第三鎮守府には艦娘や軍属たちの生存者がいる。その安否を確認し、第零鎮守府に避難をさせねばならない。
「わかった」
短く言い船内へのタラップを降りていく璃穏の背中を見送りながら、奏海は水平線を見つめる。
艦隊の活躍により、危機は去った。
しかし、先ほどから奏海はある気配を感じ頭の中には響くように「声」が聞こえていた。
「……、さて、俺にはもう一つやることがあるな……」
甲板の手刷りに手をつき、静かに目を閉じる。
精神を集中させてすぐに、
はっきりと聞こえた。
近くに艦娘がいる。
その「声」が聞こえる。
その「声」が奏海の頭の中に響いてくるのだ。
何と言っているのか、言葉が紡がれている訳ではないが、それは確実に呼んでいる。
何故自分に「声」が聞こえるのかはわからない。
だが、その「声」が助けを求めているのはたしかだった。
「ああ……」
奏海は小さく呟くと、遥か水平線の彼方を見つめた。
「すぐに、迎えにいくからな……」
その「声」に向けて届くかわからないが、奏海はそう返していた。

作戦を終え艦隊は無事に帰投した。
幸いにも天龍以外は無傷。
しかし、遠征任務を放棄し、最新式でありまだ試作段階の15.5cm三連装砲を持ち出しあまつさえ沈みかけた天龍には奏海と璃穏からの叱責が待っていた。
「天龍、一体どういうつもりだ? 資源は海に、さらには工廠からあれを持ち出したあげくに使い物にならなくするとは……」
奏海の言葉にしんみりと俯く天龍。
損傷は中破にとどまっているが、入渠しての修繕が必要な状態。
入渠にはもちろん資源が必要となる。
今回天龍を旗艦として向かわせた遠征で手に入った資源はごく僅か、というのもせっかく手に入れた資源の入ったドラム缶を戦闘に加わる際に捨ててしまったからだ。
ただでさえ枯渇している鎮守府の資源事情が悪化し、資源管理を担当している大淀が小言を言ってくることが容易に想像できる。
天龍だけでなく、今回は兵装も大きな修繕が必要だ。
当事者である天龍はひたすら黙っている。
「天龍、何か言ったらどうなんだ!!」
語気は強いが迫力というか気迫のようなものがいまいち足りない。
元来、南條奏海は一艦隊の司令官ではあるものの、他人を叱責するのには向かない性格だ。
そこに傍らに立っていた楠上璃穏が口を挟む。
「天龍、お前は自分がしでかしたことがわかっているな? 資源確保の遠征任務を放棄し、指示していない戦闘に加わり大破する有り様。あまつさえ鎮守府の装備を持ち出し破損させている。完全な命令違反だ……」
地の底から低く唸るような静かな声。
「それは……」
天龍がはじめて口を開く。
声が震えている。
楠上璃穏は第零鎮守府に所属する憲兵隊長であり、艦娘たちの実技指導も担当するほどの身体能力を持つ。そして艦娘たちの間では「鬼の憲兵隊長」とも密かに呼ばれている。
それはひとえに根っからの軍人気質で実技指導が厳しく職務に忠実であるという理由に加え、軍学校時代に気に入らない教官を再起不能にまで叩きのめしたり、ゴロツキを10人相手に圧勝したという噂がそれに拍車をかける。
そんな璃穏に凄まれているのだから、鎮守府一のやんちゃものの天龍も怯むのも無理はない。
果たしてどんな罰が言い渡されるのか、ビクビクしている。
「本来ならば、三日間営倉に叩き込んでやるのが妥当だな。だがまあ、今回は15.5cm三連装砲の試作段階でのデータが取れたことに免じて罰走ぐらいで勘弁してやる。どうだ? 提督?」
あまり厳しいことを言えない奏海に代わり懲罰を言い渡すのが璃穏の役目となっている。
「はあ……、まあ、隊長殿の判断ならそれでいいな……」
ため息混じりに同意を述べる奏海。
「悪かったよ、提督、それから隊長さんよ……」
ようやく天龍の口から謝罪の言葉が出た。
「反省しているならいい。ただ、罰走はあくまでも任務放棄の罰だ。罰走とは別に工厰へ行って連装砲の修理を西河と一緒に手伝うことも加えておく」
「工厰」という言葉に天龍の顔が青ざめる。
「こ、工厰……、マジかよ、俺があそこに行くのかよ……」
「天龍、お前が壊したんだから当たり前だ。それで俺も隊長殿も許すと言っているんだから、異存はないな?」
奏海が淡々と告げる。
奏海と璃穏の視線を受けて目を泳がせながらも渋々といった風に首を縦にふる。
「よし、入渠での修繕が終わり次第すぐに迎えに行く。それまでは風呂に浸かってゆっくり反省しろ、いいな」
「……、わかった……」
力なく返事をして天龍は執務室から出ていった。
「やっぱり鬼だ……」
風呂に向かうため廊下をとぼとぼと歩きながら天龍は呟いていた。
「天龍のやつ、ちゃんと反省してるのか」
鎮守府外の吹きさらしでトタンで囲われただけのみすぼらしい喫煙所。
錆びたパイプ椅子に腰掛けながらタバコを吹かしている璃穏の隣で南條は呟いた。
女所帯の鎮守府では喫煙者男性の肩身は狭い。
ちなみに喫煙者は璃穏だけだが。
案の定大淀からは「提督の監督不行き届きです!」と小言を散々言われた。
「俺が反省していないと思えばまた俺からよく言っておく。そういう嫌われ者の役は俺の役割だからな」
紫煙をくゆらせ、璃穏が言う。
「それに、お前が艦娘(あいつら)に不埒事を働かないから、憲兵連中は専ら暇を持て余しているんだ。これぐらいは任せておいてもらいたいものだ」
「それならいいんだけどな……」
璃穏の言葉に素直に喜べない奏海。
本来であれば、艦娘の教育も提督である自分の役割だ。
しかし、元来大人しく優しい性格の彼にはなかなか上手く立ち回ることができないため、艦娘の教育は専ら憲兵隊長の璃穏が引き受けている。
何とも自分が情けないのだが、そのお陰で自分が艦隊指揮に集中できているというのは事実だ。
「それはそうとだ、さっきの出撃での『D事案』についてはどうなんだ?」
吸っていたチェスタフィールドを灰皿で捻り消しながら切り出す璃穏。
奏海の表情が先程の自信のない弱々しいものから真剣味溢れるものになる。
「ああ、先に高雄が医務室に行って話はしている。実際に会わないと何とも言えないな……、ただ今回はどうも特殊らしい」
『D事案』深海棲艦が轟沈した海域において艦娘が見つかる現象。
日本海軍において最大の秘匿事項とされており、提督とごく一部の艦娘しかそのことを知らされる者はいない。
陸軍所属の璃穏が知っているのはひとえに奏海の一存で話しているだけだ。
「特殊、というと?」
「どうも邂逅した艦娘との話が噛み合わないそうだ。以前までの例であればある程度の記憶は持っていて自分が艦娘であることはわかっていたが、今回はまるですべての記憶が抜け落ちているように自分が艦娘であるということすらわからないみたいなんだ」
「ほう……、また稀有なことだな……」
二本目のタバコに火をつけ不味そうに吸い始める璃穏。
「これから医務室に行って確認するが、璃穏はどうする?」
「もちろん行く」
即答すると吸い始めたばかりのタバコを消して璃穏は錆びたパイプ椅子から立ち上がった。
医務室に入ると初老の軍医花谷が出迎えた。
「これはこれは提督殿に隊長殿! よくぞいらっしゃいました!」
花谷純義、陽気で好好爺を絵にかいたような軍医。
愛想もよく腕もたしかなため、軍属や艦娘からも評判が良い。
「さあさあ、堅苦しい話もなんだ、座って、お茶でも淹れましょう」
「あ、いえ、その……」
「慎んで辞退いたします」
言い淀む奏海の言葉に続いて璃穏がきっぱりと辞退の言葉を紡ぐ。
花谷の医学知識や腕前は確かだが、淹れる茶は凄まじく不味い。
というのも、特殊な薬草で淹れた薬膳茶だからだ。
本人は「良薬口に苦し」とはいうものの、ものには限度というものがある。
そんな花谷なので、砂糖を使ったお茶受けになるような茶菓子などはもちろん出ない。
「そうですか……、残念ですね……」
大人しく引き下がる花谷。
当然ながら二人がここを訪れた理由はわかっている。
「『D事案艦娘』についてですよね、提督殿。私も長いこと軍医をやっておりますが、このようなケースは初めてでございますよ」
「それで、彼女に関して詳しい状況をご説明願いたいのですが……」
奏海の言葉に表情を曇らせ、言葉を選んでいるような様子だ。
「何とお話すればよいのか……、単刀直入に申しますと、艦娘であることは確かですが、完全な記憶喪失……、とでも言いましょうか、おそらく提督殿も先程高雄さんからの内線でお聞きになられたことでしょうが、いまのところそれが全てでして……、今回ばかりは私もお手上げ状態なのですよ……、はは……」
花谷は両手の平を上に向け自嘲気味に笑う。
奏海と璃穏は顔を見合わせる。
ベテランの花谷すらも匙を投げる今回の『D事案』。
なにかただならぬものをお互いに感じ取っていた。
「しかし、記憶喪失といっても、艦娘は艦娘のはずだ。艦種と艦名くらいなら花谷先生にもある程度は目星はつくのでは……?」
璃穏の言葉を聞き、本棚から一冊の本を持ち出し付箋のついたページを開く。
と、同時に頭に小さな本を載せた『図鑑妖精』が開いた本から飛び出し、ページを必死に指差しはじめる。
見開きには一隻の航空母艦が描かれていた。
「『航空母艦 加賀』ですか?」
奏海も聞いたことはあった。
『先の戦争』において日本が有したとされる航空母艦。
日本最大の至宝の一隻と言われ、開戦してすぐにミッドウェーにて沈んだとされている。
「まだ判然とはしませんがね……、しかし、この短い時間で私もやれることはやった。私なりの仮説も立てた上で様々なことをやれるだけね。その成果は芳しくはないが、ためしにと彼女にこの本を渡したら、このページだけを食い入るように見つめて涙を流した。成果といえばたったそれだけだ……」
苦々しげに、語り自分が用意した薬膳茶を一気にあおる花谷。
「確信はなくとも、暫定的には加賀であるということで問題はありませんね。それで、戦力としては……?」
その問に対して首を横にふる。
「期待しない方がいいでしょうな。彼女は自分が艦娘であったことすらも喪失している。今の状態で前線復帰はまず不可能でしょう……」
椅子に深く腰掛けながら話す花谷。
「会うことはできますよね」
奏海の言葉に対して花谷は、
「まあ、会うだけなら……、しかし、提督殿とお話できるかどうかは……、今は高雄さんが付き添っていますがね、ろくに会話もしない状態ですから」
何が変わるわけでもないとわかっていても、ひとまず、彼女に会わねばならない。
彼女を見つけ、海上から引き上げられた際に最初に触れたのは紛れもない奏海自身だからだ。
数時間前、甲板へと引き上げられた彼女の裸体をその手で抱え上げたとき、間違いなく彼女とおぼしき声が聞こえたのだ。
はっきりと「助けて、帰りたい」という悲痛な 叫び。
頭のなかに直接響く感覚に激しい目眩を覚えながらも、なんとか抱き上げて船内の簡易ドッグへと運び込んだ。
「奏海……」
璃穏に促されるようにカーテンのかかったベッドへと移動する。
「高雄、入るぞ」
「どうぞ」という返事を聞きカーテンを開ける。
先程の戦闘で先陣を切り戦っていた高雄型一番艦高雄が立ち上がり、海軍式の敬礼で奏海と璃穏を迎える。
「提督、お疲れ様です。先程お話したのと、花谷先生のお話通り現状では……」
「わかっている。だけど、ひとまず話だけでもさせてくれないか?」
奏海、璃穏、そして高雄の三人の視線がベッドで横たわる者へと注がれた。
目を開きじっと天井を見つめていたが、新たに来た二人に気づき体を起こした。
「貴方たちは……?」
絞り出すようなか細い声。
元々の性格なのかどことなく気丈に振る舞い落ち着いているように見えるが、怯えているのは言葉尻で察することができた。
「俺は南條奏海、この鎮守府の提督だ。君を見つけた最初の人間……、だな」
聞きたいことは山ほどあるが、今は彼女を刺激するべきではない。
精一杯の笑顔で彼女、加賀へと言葉を投げ掛ける。
「楠上璃穏、この鎮守府で憲兵隊長を仰せつかっている」
璃穏もなるべく普段の強面の表情に笑顔を作ってはいるが、笑顔がひきつっている。
「提……、督……? それに、隊長……? 一体私は、何故ここに……?」
頭を抱え必死に何かを思い出そうとしているようだが、それも虚しく何も思い出せないようで、激しく頭をふりはじめる。
「ダメ! 何も……、何も思い出せない!! 私は、私は誰!? ここは何処なの!? 貴方たちは一体……!? あ、うわあああああああ!!」
「落ち着いてください! 無理に思い出さなくて大丈夫です! 私たちは貴女に危害を加えるようなことはしません! 今は安静になさってください!」
激しく狼狽する加賀を高雄が宥める。
そしてようやく落ち着き肩で息をしながらベッドへと再びその身を委ねた。
「ごめんなさい……、私、本当に何もわからないの……、自分が『艦娘』という存在であると言われても、それが何なのかすら……」
三人から目を背け、涙声で言う。
「奏海……」
どうすると問いかけようとする璃穏を静かに手を上げて静止する。
「……、大丈夫だ。『加賀』、俺たちは君のことをこの鎮守府に歓迎する。高雄の言うとおり無理はしなくていい、だから、ゆっくりと自分は何者だったか思い出せばいい……」
奏海はそう言うと横たわる加賀の手をそっと握った。
奏海に備わった能力。
艦娘に触れることで、その艦娘の記憶や思いを読み取ることができる。
「加、賀……? それが、私の名前……?」
手を握られるのに抵抗はないのか小さな力で奏海の手を握り返してくる。
「……、ああ、お前は『加賀』だ。いつかの戦争で日本の至宝と呼ばれた航空母艦の一隻。今は忘れているかもしれないが、いずれきっと思い出せる。そして大勢の仲間と再開できるはずだ。海原を駆け抜け、ありし日の戦船の記憶を取り戻せる……、きっと。それまでここにいればいい」
「提督……」
傍らの高雄が小さく呟く。
本来であれば奏海の能力は艦娘たちにとって知られたくないことを知られてしまうことから忌み嫌われる能力だ。しかし、このような時は艦娘の思いを感じとり然るべき対応ができる。
それはその能力だけでなく奏海の優しさがあわさって初めて真価を発揮するのである。
「ありがとう、提、督……。 私も一日でも早く思い出せるように頑張るわ……」
辿々しく言葉を紡いいだ加賀は静かに目を閉じ、安らかな表情でゆっくりと眠りにつく。まるで奏海の手の温もりを感じて安心するかのように。
その間奏海は加賀の手を離さず彼女を見守り続け、加賀が静かな寝息をたて始めた頃、三人は医務室を静かに辞した。
「それでどうだったんだ? 加賀の記憶は?」
医務室を辞して一旦外へ出てしばらくしてから璃穏が静かに口を開いた。
高雄には加賀のための部屋を用意するように指示をしその場から離れさせた。
奏海が立ち止まる。
「……」
「どうした?」
遥か西へ沈む夕日を眺めて黙っている奏海の顔を璃穏が怪訝そうな顔を向ける。
どうやら、どう伝えるか思案しているようだ。
「……、見えなかった……」
しばらくの沈黙の後、奏海はようやく口を開く。
「見えなかった? それはどういうことだ!?」
「わからん、だが、加賀に触れてもまるで霞がかかったようにしか、あいつの記憶が見えない……、これじゃまるで……」
加賀に触れた時、奏海の脳内に流れ込んできたのは、霞がかかったようなイメージのみ。
そして、唯一見えたのが冷たい水の中へ没し激しく上がる無数の泡と共に遠ざかっていく光の映像だけだった。
そのイメージは奏海にとって見るのは二度目だ。
「どうした?」
「……、いや何でもない」
出かかった言葉を飲み込むように奏海は答える。
あのイメージは、初めて高雄に触れた時に見たものと同じだった。
「お待ちしておりました」と、初めてこの鎮守府へ来たとき、高雄から言われた言葉が脳裏を過る。
あの言葉の意図とは?
その時、初めて高雄に触れて見た。
高雄の記憶。
そのときの暗く、冷たい映像。
それは着任から半年以上経った今でも奏海の中で澱のように残り続けている。
「……、何にせよ『D事案艦娘』の中でも特殊な部類というわけか。『艦娘』でも『深海棲艦』ともわからん奴ということとなれば、油断はできんな」
「よせ、璃穏! 加賀は、あいつは艦娘だ! 俺たちの仲間だ!」
腰の軍刀に手を置く璃穏に珍しく奏海が声を荒らげた。
璃穏は深海棲艦による初めての攻撃『内浦大空襲』によって故郷と家族を一度に奪われ、深海棲艦に対して強い憎しみを抱いている。
それは奏海自身もよくわかっているが、それを慮ったとしても艦娘として自分の元に来た加賀に対して疑念を抱いては欲しくはない。
「ならいいがな……」
奏海の顔を睨むように一瞥すると璃穏は視線を反らし歩き始めた。
奏海は小さく息を吐き、璃穏に続こうとした刹那、背後に何かの気配を感じ再び立ち止まる。
奏海の様子に気づき振り返る璃穏。
「奏海、どうした? おい、奏海!」
奏海の耳に璃穏の声は届いていない。
彼の目には一瞬見えた。
「青い」、何か。
奏海はそれに導かれるように歩き始めた。
鎮守府の中庭へと続く通路。
奏海はその気配を追い、歩みを進めていった。
しかし、中庭へ着いたときその気配は既に無くなっていた。
「何だ? 今のは?」
ふと我に返り辺りを見回すが、誰もいない。
自分の意思で追ってきたはずなのに、何故か狐にでも化かされたような感覚を感じる。
誰もいない中庭を見回して見ても、先ほどの気配とおぼしきものは何も見当たらない。
しかし、その「青い」何かは明確な意思を持って自分を呼んでいたような気さえする。
「ナンジョウ、カイト……」
急に名前を呼ばれ、振り返るとそこにそれはいた。
「青いドレスの少女」。
先ほどの気配の主のようだ。
透き通るような白い肌をした少女は、銀色の長い髪を風に靡かせ、深海を思わせる群青色の瞳で奏海を真っ直ぐに見つめていた。
個性的な艦娘は数多くいるが、彼女のその姿は軍事施設であるこの鎮守府には恐ろしいまでに不釣り合いで、大方自分や艦娘たちのような軍事関係者とは思えない風体。
「モウ直グ、『歯車』ガ……、動キ出ス……」
少女は、たった一言奏海に向けて言った。
その風体も口調も、どこか人とは違う雰囲気を醸している。
それはまるで……、
深海棲艦のようだった。
「奏海! おい、奏海! 大丈夫か!?」
璃穏の声と体に感じる振動で奏海は我に返った。
璃穏が大声で肩を掴み揺さぶっていたのだ。
傍らには加賀の部屋の準備を終えた高雄もいた。
「あれ? 俺は一体? そうだ、女の子が……、迷子みたいなんだが、さっきそこに……、?」
そこに先ほどの少女の姿はなかった。
「提督? 女の子なんて何処にもいませんよ?」
高雄が心配そうに奏海の顔を覗きこむ。
「あれ、たしかに、そこに……」
「ぼーっと突っ立って幻でも見ていたのか? 全く、急に中庭まで歩き始めたから驚いたぞ」
璃穏はあの時感じなかったのか、少女などいなかったと言わんばかりだ。
「提督、今日はいろいろありましたから、お疲れでしょう? もう執務を切り上げてお休みになられては……?」
「そうだ、そうした方がいい。明日からまた忙しくなるだろうからな、休みをとるのも仕事の内だ」
心配そうに声をかける二人。
「そうだな、そうすることにしょう」
自分は疲れていたんだと無理やり納得させ、執務室に戻ることにした。
しかし、言い知れぬ不安は拭いきれない。
あの少女は一体?
彼女の言っていた『歯車』とは?
執務室へと戻ろうと歩く璃穏と高雄、その二人を追うように奏海も歩き始める。
再度中庭を振り返るが、そこにはただ夕暮れ時の風が静かに吹き抜けていくだけ。
「……」
得体の知れない不安を抱えたまま、奏海は二人を追い執務室へと戻っていった。

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