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おとうさん家出する

3月10日
家族全員で学校にいった。
息子は退学になった。
おとうさんは、「いまこそおとうさんの仕事をするときだ」と思った。そのために会社を早退してここに来たのだ。

「みんなで晩飯たべて帰るか 」
「ちょっとひとりにしてくれ」

そう言うと息子はすたすた町に消えていった。

「先に帰っといて」

妻も息子を追いかけていなくなった。おとうさんは一人になってしまった。

ひとり電車に揺られながらLINEに「仕事にもどる」と入力して最終の新幹線で仙台のホテルに泊まった。
逃げ出してどっかにいこう。
どっか遠くに行こう。

3月11日
気仙沼にきた。
レンタカーの開店を𠮷野家で牛丼を食べながら待った。お任せて出てきた車はスイフトだった。パドルシフトは楽しいがナビが古い。海沿いの道を走るつもりが山の中の真新しい国道を案内された。

2年前は曇り空で風が強く小雪が舞っていた。津波のニュースと同じような空だった。

今日はスポンと空は青く抜けている。風もない。海もキラキラしている。どこに行くでもなく、2年前に訪れた駅やお店を回った。キレイになったいたりそのままだったり。お昼すぎには廻り尽くした。港のお土産屋の駐車場に車に車を停めてぼんやり海を見た。

そういえば手編みセーターのお店に行ってなかったなと思い出した。このまま歩いてすぐの丘の上にあるようだ。

お店にはいると色とりどりセーターやカーディガンが飾ってあった。でも自分が手編みのセーターを着ている姿は思い浮かばなかった。それはしかたのないことだし、しょうがないな。

「この帽子かぶってみませんか?」

店員さんに声を掛けられた。

「あたま大きいから入らないかも」

帽子は苦手だ。似合った試しがないし、ぼんぼん付きだ。と思いながらも、ちょっといいひとぶって被ってみた。

すっとかぶれた。自分のしっている手編みのニット帽とはまったく違っていた。軽いのにしっかりしている。頼りになる。ちくちくしない。試しもしないで決めつけていたことが少し恥ずかしかった。記念写真を撮った。そして一関で南部せんべいを買って帰った。

6月28日
小一時間あれこれ悩んだあげく、ニット帽を2個買った。来年の冬に家族とお揃いで気仙沼にいくことにした。
まだ、家族に言ってない。