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エクストリーム秋吉という試み

福井県には「やきとりの名門 秋吉」という地元発祥の焼き鳥屋がある。福井県民の誰に聞いても秋吉のことを悪く言う人は全くいない。「秋吉」は居酒屋なので未成年には馴染みが薄いかと思いきや、テイクアウトが可能なので誕生日やクリスマスには「秋吉」の焼き鳥を持ち帰って家族でいただくという楽しみ方が普及しているので、実は若者にも愛されている。まさに「ゆりかごから墓場まで」をカバーする飲食店なのである。

秋吉では焼き鳥を5本単位でオーダーする。1本1本が小ぶりでひとくちで、食べることが想定されているので、数人で行くと20~30本をいきなり注文するという豪快なオーダーが飛び交うのが特徴だ。もしあなたが福井県民と「秋吉」に行ったら、最初のオーダーで驚くことだろう。この大量注文について福井県民はプライドを持っている。福井県の焼き鳥の消費量は青森県に次ぐ屈辱の2位であるが、串の消費量はダントツ1位だ。意地をかけた焼き鳥県のトップ争いが日々酔っ払いたちの間で繰り広げられているのだ。)

いきなりそんなに頼んで大丈夫かと、初心者は心配になるが、最終的にはなんとか食べ切れる量を彼らは注文する。テーブルには特注ホットプレートが設置されており冷めないよう工夫されていて、焼きたてに比べると味は落ちるが、いつまでもホットだ。

乱暴にまとめると、福井県民にとって秋吉が他の飲食店と違うところは、以下の4つに集約される。

①地元発の店である
②生活に馴染んでいる
③熱狂的なファンがいる
④メニューを元に客側が試行錯誤できる余白がある(余白が意図的に提供されているわけではない)

僕の出身地である京都で考えてみても、これらを満たしている店は恐らくないだろう。餃子の王将、天下一品、志津屋などは①~③を満たしていると思うが、メニュー数や遊びを可能にする余白が足りずカスタマイズする楽しみに欠けている。

一番近いのはおそらく「サイゼリア」だろう。パスタやサラダに別注したペコリーノ・ロマーノをかけて味変したり、ドリンクバー2~3種の組み合わせなどとカスタマイズして楽しみやすいせいか、熱狂的なファンがいる。「サイゼリア飲み」や「サイゼリア1000円ガチャ」など、「サイゼリア」の公式の企画ではなく客の側からはじまった遊びも盛り上がっている。

「サイゼリア」と上記京都のチェーン店を比較すると、④を兼ね備えていることが重要であることがわかる。

④について説明を続けよう。あるとき仕事でお世話になっている方と「秋吉」を訪れた際に、焼きおにぎりを出汁に浸したものを梅肉やわさびを合わせて食べる「焼きおにだし茶漬け」が通の〆方だとおすすめされ、美味しくいただいた。そして次の日、たまたま出会った40代と思われる男性に「昨日「秋吉」へ行き、焼きおに出汁茶漬けで〆て美味しかった」と自慢げに話したところ、

「きみね…そこにキムチを注文して入れてみな。飛ぶぞ?」とドヤり返されたのだ。

この何気ない発言に心を撃ち抜かれてしまったのは言うまでもない。ドヤのマウント。ドヤのつばめがえし。ドヤの長州力だ。

俺しか知らないこだわりの食べ方がある。そしてそれを他人と共有することは心踊ることである。これが、僕が秋吉の一番面白いと感じているところだ。現に僕も初対面の男性に何気なくドヤってしまったし。その後僕は数人のオジサンたちに「俺の秋吉」について聞いたところ出るわ出るわ、彼らの秋吉愛と何気ない創意工夫に驚かされることになった。

例えば「若鶏の塩焼き」(そもそもこれが裏メニュー)だ。同時に「焼きおにだし茶漬け」を注文し、茶漬けは端に寄せて付け合せとして出てくる梅肉とわさびを5:1の割合で若鶏の塩焼きにつけて食べる。「秋吉」では肉タレ、からし、カツタレが通常のタレメニューであるが、そのどれでもない味わいが素晴らしい。

次に野菜の注文。トマトやキャベツを注文する際、塩かマヨネーズかソースどれにしますか?と聞かれたときに「ミックスで」というと、店員はこいつ知ってるな…という顔をするのだ。そしてもちろん味も美味しい。

さらに「ポテトフライ」だ。注文の際「カリッカリで」とオーダーをすると、通常とは違い本当にカリカリのポテトが提供される。これを焼き鳥を食べたあとに残った串を使って食べると、手が汚れなくて良いと、通なおじさんは言っていた。

これらは細かい話だと思うだろうが、秋吉に行ったことのあるものなら情景が浮かびヨダレが出ているに違いない。

福井県民の「秋吉」への愛着は「食べ方」以外にも表れている。例えば、福井県では村の祭りに「秋吉」のフードトラックを呼ぶことができたら「今年の役員は頑張ったなあ」とリスペクトされ、「秋吉」が町内会の達成の象徴として機能する。「秋吉」は福井県の人々の暮らしに深く根ざし、愛されているのだ。

そこで、これら秋吉へのこだわりや秋吉に関する行動を「エクストリーム秋吉」と呼ぼうと思う。名付けることで、なんとなく好んでいたことやこだわっていたことが形になり、肌触りを感じられるようになる。そして自分のこだわりを他人と共有することができる。

名前を付けて発信することはまちづくりを仕事にする僕なりのアクションであり、これがまちに取って結果的に良いことをもたらす行為だと確信している。個々人のフェティッシュは、往々にして他人には受け入れられないものであるが、ベースを共有している上でのフェティッシュの共有は世代を超えた一体感とさらなる深化を生む。これは友人単位、家族単位、集落単位と、いくつものレイヤーで機能するコミュニケーション手法だと感じる。

現在のところ、これ私が一人で密かに楽しんでいるだけの遊びだ。以前福井県のエリア情報誌である「URALA」の編集さんこの「エクストリーム秋吉」を特集しませんかと提案したが蹴られてしまった。しかし、これにめげずに収集した集合知を活かして福井県民が他県の人を秋吉に連れて行ったときに、こだわりを発揮しすぎてキモがられる未来を作っていきたい。優れたキモさは、それを持つ人を解放するから。

※やきとりの名門 秋吉は、福井県を中心に全国140店舗を展開されています。ぜひお近くの秋吉へ行き、あなたのエクストリーム秋吉を教えてください。

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