スケイル①

一つ返された孤独が絶望となり
最新の技術はただの熱の塊

頓服の優しさ当てはまらずに
散らかる本棚の前
本質を知れずにいた自分一人が
頭を抱えてまるで気取っている

「彼にしかわからない」

親切が枠からはみ出ていたことに
そこまで言われるまで気づけなかった

見捨ての恐怖が残されて
それでもその訳は拾えきれず

声を捨てたいと願う夜を何度も




険しい丘の先には巨大な洞窟があり、その近くに古くて小さな宿がある。どちらからやって来た者もそこで一晩を越えることが多く、そこは多くの旅人達に重宝されている。

宿のドアがその重さを物語る音を立ててゆっくりと開くと、冷たい風と激しい雨音と共にフードを深々と被ったずぶ濡れの者が宿内に入って来た。

「一晩泊めてもらえませんか?」

木の床に濡れた足跡をつけながらフロントまで歩き、宿の主人の前でフードを脱いだ青年はそう話した。

「あいにく今日は部屋が空いていなくて」

「そこの暖炉の前…いや、暖炉の近くでもいいです。金は今これだけしか持っていなくて、あと穀物があります」

青年は濡れたコイン数枚と大きな革の袋を机に置く。主人が袋を確認すると、中には穀物がぎっしりと詰め込まれていた。

「こんなにたくさん…いったいどうしたんです?」

「麓の村で、娘を山賊から救った礼にもらった」

「へぇ、それはどんな娘で?」

「金色の髪をした美しい女性だった。顔立ちが村人には見えなかった」

「キャルルだ。あれは村長の孫娘なんです。確かにあれは村人だが、父親が王国の兵士でね、髪の色もですが顔立ちも良くてならず者によく狙われるんです」

「山賊に連れ去られそうになっていたというのに、妙に明るい不思議な人だった」

「血が濃いんですよ。色々ありましてね」

「村には兵士が留守みたいで心配だったけど、今晩には大勢戻ると聞いてそのまま後にした」

「この戦争もいつまで続くのか、兵士は全然足りないと聞きますし、ならず者はその隙を狙うし、物騒な世の中ですよ全く」

「そうだね。その村長に金よりも食物を持った方が歓迎されると聞いて、ここまで持ち運んだんだけど…」

「それはそれは、そういうことでしたか。嵐の中ご苦労様でしたね。本当に暖炉の前くらいですが、ゆっくり休まれてください。すぐに温かいミルクでもお持ちします」


青年は革の靴だけを脱ぎ、暖炉の前に座り込んだ。まぶたが重いのは疲れなのか暖炉の炎のせいなのか。髪の先や服から落ちた雨の雫が床のシミとなり、やがてすぐに消えていく。虚ろな眼でそれを何度も眺めていた。

「お兄ちゃん、変な匂いがするよ」

突然の声に青年は少し驚いたが大きく動くことはなく、その眼だけで声を追った。目の前に少女が屈んで自分を見つめていた。

「きっと汗と雨のせいで服が臭くなっているんだ。次に晴れた日に薬草で洗うから、今日は許しておくれ」

青年は優しい口調でそう話した。

「そうじゃないの。強い力の匂いがする」

少女はそう言いながら青年の首元を見つめていた。その目線に気づいた青年は首飾りを取り出す。

「まさか、これ…?これがわかるのかい?」

「これ、何?」

「本物の竜の鱗だよ」

「へぇ!すごい!お兄ちゃんて竜を見たことがあるの?どんな大きさ?」

「見たことがあるというか、大切な友達だったんだよ。もうずーっと昔の話で、何年も会っていないけどね。僕がお嬢ちゃんくらいの頃は背中に乗って空を飛んでいたよ。身体はそんなに大きくなかったけど、翼がとても大きな竜なんだ。あ、これは絶対に秘密だよ」

「お友達の話をしているのに、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」

幼い少女が会ったばかりの他人の感情をしっかりと読み取っていることに、それをじっと見つめていることに青年は再び驚いた。

青年はその質問に答えることはできなかった。自分でもわからなかった。悲しいということだけは、寂しいということだけはわかっていた。でも、それがどんな訳を持っていて、これからどうすればそれが消えるのかも、自分の感情の何もかもがわからずにいた。

「あのねお兄ちゃん、竜は人よりもずっと長生きをするし、人には竜を殺す力なんてないんだよ」

「…すごく詳しいんだね」

「絵本で見たことがあるの。人の知恵で少しだけ封印することができても、絶対に命は奪えないって」

「そうだよ。例え身体を一時的に封じ込めても、その眼、その命は決して断つことができないんだ。竜は僕たち人よりもずっと偉大なんだ」

「それにね、竜同士は分かり合えるから人みたいに殺し合いをしないの」

少女の言葉に青年の胸が痛んだ。

「お兄ちゃんの友達、必ずどこかにいるよ」

友達と言っても、それはこちらが思っているだけで、人と竜では分かり合えなかったのかもしれない。少女の言葉をきっかけに、そんな事実を今更自分に突きつけてしまう。

最初からそんなことはわかっていたのに、どうして仲良く、どうしていつまでもと思ってしまったのかと、青年は悲しみの訳がまるで見えそうになった。でも、まだ弱い自分が出てこないようにと必死で蓋をした。

「そうだね。また会えたら僕も嬉しいんだ」

青年は目一杯笑って見せた。

「お兄ちゃんが秘密を教えてくれたから、私も秘密を教えてあげる」

「え?」

「私、ミルティ。お父さんは王様なんだ。あなたのお名前は?」

「え、あ…えっと、ドットだよ。僕の名前はドット」

「ドットお兄ちゃん、またお話してね」

ミルティはまるで部屋からこっそりと抜けてきたことを教えるかのように、それでも何度も手を振りながら、ドットを見つめながらゆっくりと慎重に階段を登って行った。





…続く。



…え、続くか?


…続かないんじゃない?


…俺もそう思う。物凄く長くなりそうやもん。

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