見出し画像

参政党の世界観、その機能と「虚構性」 〜神谷宗幣編著 『参政党Q&Aブック 基礎編』を基に〜

1. はじめに

 2023年の11月頃、参政党に対し「農業に関するデマを流している」とネット上で激しい批判が起きたことがあった。これは党代表の神谷宗幣の演説で「農薬によってがんが増えている」などの根拠や因果関係が不明な発言があったことに対し、農業関係者が怒りの声を上げ始めたことが発端である(1) 。この時はあまりのバッシングの盛り上がりに、遂には神谷自ら街頭演説で弁明を繰り返す事態にすら陥っていたのである(2) 。

 さて、バッシングの根拠として街頭演説と並んで取り上げられたものが、神谷宗幣編著 『参政党Q&Aブック 基礎編』(青林堂、2022)である。
 これは2022年の参議院選挙前に出版された書籍であり、党のオーナーである神谷が自ら「参政党ができた背景、皆さんが不安に思うようなことへの回答、…参政党の重点政策を中心に」 (本書「あとがき」。以下「本書」は省略)まとめたものである。
 実際、本書には前述の農業政策に限らず党が提唱する世界観や政策の詳細等が記されており、その点でこれは参政党の思想を知る第一級の資料である。
 しかしながら参政党に関する先行研究等を見るに、本書は党の主張を紹介する際にその幹部や候補者の演説と共に取り上げられることが大半であり(3) 、これを正面から検討したものは皆無であるように思える。

 そこで本稿では本書を基に参政党が唱える世界観が如何なるものであるかを分析し、それが持つ機能及び性質について考察を行いたい。
 まずは1から3にかけて、本書の記述から参政党の世界観を読み解いていく。予め結論をまとめておくならば、参政党の世界観は「日本は『特別な国』である」ということと「外国勢力は長年にわたり、日本を支配するための陰謀を企てている」ということの2つの「真実」が中核にあることが示される。次に4ではこれらの記述をふまえ、この世界観の性質及びこれを掲げる参政党が今後直面しうる2つのリスクについて考察する。そして5では本稿の結論について述べる。


2. 世界観① 〜「特別な国」、日本〜

 本章ではまず、本書が提示する世界観のうち、「彼らが日本や日本人をどのように位置付けているか」について検討する。

2.1. 日本はいかに「スゴイ」か

 本書において、日本人は精神・道徳の面で優れた存在とされている。ここでは特に縄文時代以来という「共存」の精神(Q14) (4)が強調され、これが「助け合う、譲り合うといった日本人が当たり前だと思っているもの」 (Q19) 等として紹介されている。
 縄文時代を「日本人の美徳である助け合いの精神につながる時代」と評することは本書のオリジナルのものではない(5) 。だが本書に特徴的なのはこれが「争いを繰り返し」 (Q14) 、「「弱肉強食」が基本」 (Q19)であるという他国や他民族との対比の中で用いられる点である。

 この「争いを繰り返す他民族」「道徳面で優れた日本人」との対比から想起されるものは「しらす論」である。
 「しらす論」とは明治時代に教育勅語の起草にも携わった法制官僚、井上毅が日本神話を根拠に築き上げた独自の統治論である。彼は統治を「しらす」「うしはく」のふたつにわけ、中国やヨーロッパの君主らの統治は暴力による私的な統治という意味の「うしはく」である一方、「アマテラスの子孫」である天皇の統治は君徳による公平な統治という意味の「しらす」である、と説いたのである(6) 。
 本書で日本と外国とで比較されるものは「統治」ではなく「民族性」であるため、その内容は井上が論じたこれと完全に一致するわけではない。しかし他民族を「暴力的」、日本人を「道徳的」と評価する本書の立場は、まさにこの「しらす論」と共通するものである。編著者の神谷自身が過去にブログでこの考えを紹介していたこと(7)も踏まえると、本書が実際に「しらす論」の影響を受けている可能性は非常に高いであろう。

 また本書では日本は文化面でも優れているとされる。これについては日本がはるか昔から「世界一食の環境が恵まれた地域」(Q39)であること、また江戸時代が外国人から絶賛されるほど「民度、衛生、子供を大切にする社会」(Q26) であったことがその根拠とされる。
 そしてこれらはやはり他国との対比で用いられる。特にQ30では(江戸時代は)欧米諸国をはるかに上回る高度な文化」「西洋によって日本が近代化したというのは、日本人が劣った民族という印象を植え付けるための策略」と、日本が欧米と比べて劣っていないということが声高に主張されているのである。

2.2. 「スゴイ日本」とは「特別な国」

 さて、本書のこれらの記述から見え隠れするものは、「日本は『特別な国』である」という訴えである。

 辻田は「しらす論」を、西洋化に邁進しながらも、日本人としてのアイデンティティーを失うまいとして「日本は特別な国だ」と訴える、井上の叫びであると評している(8) 。また畑中はかつて、本書でも語られている「日本の食はすごい」説の流行を取り上げ、これを「周辺国が経済力を上げていくなかで、だんだん文化がよすがになっていった」、そして「食がいちばん身近で、他国との違いもわかりやすく、自慢しやすい文化だった」結果であると喝破した(9) 。

 これらの言説と同じく日本の精神・道徳や文化を絶賛する本書についても、「日本は他国と違う」「日本は他国に比べ優れている」ということを述べることで、日本がいかに「特別な国」であるかを明らかにしようとしていると解釈できるであろう。そしてこれは日本の「個々の事物が、自国の、あるいは自民族の優越性を喚起するネタとして位置づけられ」るという、早川が言うところの「日本スゴイ」 (10)と同様に、(多くの場合は)日本人である読者の優越感、及びその副産物である「他国を貶めることによる快感」を充足させるという機能を発揮するのである。

 ところで、実のところこの訴えは本書が示す世界観において重要な位置を占めている。
 後述の通り、本書は「現代の日本は外国勢力に支配されている」との見解に立っている。それに加え日本を「特別な国」と位置付けることができれば、「日本は『特別な国』であるにもかかわらず、『特別でない』外国勢力ごときに支配されている」という「理不尽な構図」を創り出すことができる。そしてこれを読者に突き付けることで、彼らに対し「この理不尽さを解決するために、外国勢力を排除する必要がある」という、ある意味では説得力のある主張をすることが可能になるのである。

 このように、本書は日本を「特別な国」と位置付けることで読者に優越感を抱かせると同時に、後述の「外国勢力の支配の打破」の必要性を補強しているのである。

3. 世界観② 〜「外国勢力の陰謀」との闘争史〜

 本章では本書が唱える世界観のもう一つの「真実」である「日本と外国勢力の歴史」について検討する。

3.1. 「隠蔽された真実の歴史」とは

 本書は第4章にて歴史や国際情勢の説明を試みているが、ここでは 「欧米の勢力は、数百年前から日本を自分たちの傘下にしようと画策し続けてき」たということが「歴史の本質」であると書かれている(Q33) 。
 本書Q26、Q29及びQ33によれば、欧米諸国、或いはそれらの政府を牛耳る「あの勢力」 (11)は戦国時代に日本を標的とし、フランシスコ・ザビエルやペリーらを日本占領の「尖兵」として派遣したとされる。しかし豊臣秀吉や明治時代の為政者らがそれらを排除していき、遂には日本が国際社会において大国化したという。だが「西洋諸国の罠(Q31)と新聞社による世論の誘導(Q11)によってやむを得ず、ビッグファーマが支配する世界のシステムを破壊するためという意味合い(Q41)と共に行なったという『大東亜戦争(※太平洋戦争のことか)』で世界中の国々を解放しながらも敗北した(Q32) ことで、日本は最終的に彼らの支配下におかれた、と結論付けられるのである。

 これらの記述を基に本書が説明する日本の歴史を年表にすると図1のようになるが、これの通り本書が採用している歴史観が「陰謀を企てる外国勢力と、それを排除しようとする日本の絶え間ない戦い」であることが理解できるであろう。

3.2. 「歴史の単純化」とその効果

 だが実際のところ、この「真実の歴史」なるものは「単純化された歴史」に過ぎない。

 例えばザビエルの渡来には、宗教改革によってヨーロッパから失われたローマ・カトリック教会の地盤を、外国で回復しようとするイエズス会のこころみが背景にあるのだが(12) 、本書ではそのようなヨーロッパの事情は全く無視されている。
 また満州事変の勃発を語る際、その2年前から陸軍中央の幕僚のなかで、対ロシアの戦争の準備としての満蒙領有方針がすでに打ちだされていたことは避けて通れない事実である(13)が、本書には勃発の原因はユダヤ系国際金融資本の支援を受けた中国軍閥からの攻撃である (Q31)という、一切の根拠なく提示された説明しかない(14) 。
 更に本書が讃える、日本による国際連盟規約への人種差別待遇撤廃条項挿入の提案についても、「アメリカなどにおける日本人移民排斥問題の解決」や「日本の発展を抑制しようとする欧米の政略への対抗」といった「実益」も背景にあったと言われており(15) 、その事情を考慮せず日本の提案を「世界の秩序を変えようとした」 (Q26)と手放しに賞賛することは、現実的には中々難しいであろう。

 歴史上の出来事とは本来、様々な要因が重なった結果として起こるものである。だが本書が語る歴史とはそのうちの都合の良い部分だけを切り貼りし、「日本vs外国勢力」の構図を仕立て上げているだけの代物である。
 本書は現在の日本の歴史教育を「本来なら記されるべき内容が意図的に記されていません」 (Q26)と糾弾しているが、皮肉なことに本書も「本来なら記されるべき、『日本vs外国勢力』の構図と異なる内容を記さない」という、彼らが言うところの現在の歴史教育とほぼ同じ行為を働いているのである。

 とはいえ、本書は歴史を都合良く修正することで、歴史を「日本vs外国勢力」という分かりやすい二項対立によって語ることに成功している。
 また本書は同時に、歴史上の様々な出来事が発生した原因を「外国勢力による、日本支配を目的とする一貫した陰謀」に求めることで、本来複雑なはずの日本の歴史を「外国勢力との戦いの系譜」という単純なストーリーに仕立て上げているのである(16) 。

 かくして本書は歴史を徹底的に単純化することで、読者がそれを理解するハードルを下げ、誰でも簡単に「歴史を理解した気分」を味わえるようにしているのである。

4. 世界観③ 〜読者を安心させる「2つの核」〜

 本章では、ここまで述べてきた「真実」を前提とする本書が現代の日本をどのように認識しているのかについて、これを構成する「2つの核」から検証する。

4.1. 現代の日本を構成する「2つの核」

 第一の「核」は「外国勢力による支配」である。
 これは前述の歴史の結果として本書の様々な箇所において激しく非難されており、ビッグファーマが製造した農薬等を使用する農業(Q41) やマスク着用の推進(Q49)といった外国勢力の陰謀によって、日本の金が外国勢力に流れ、また日本人の身体が意図的に弱体化させられているとする。
 党のこの主張は有名なものであるが、ここで本書が糾弾する対象をよく見ると、Q34において平成時代以降に社会の中心となっている戦後世代を「外国資本の要求に素直に従ってしまう」と非難しているように、それは「外国」のみならず「その協力者」とされる社会のエリートをも含んでいるのである。
 「反エリート」の姿勢は党がこれまでも打ち出していたものではある(17)が、これはまさに「人民」の立場からエリート等を批判する「ポピュリズム」 (18)の手法ではないだろうか。「日本人vs外国勢力」というナショナリズム的な言説を「人民vsエリート」というポピュリズム的な構図で脚色しているところが、この第一の「核」の興味深い点である。

 そして第二の「核」は「日本が『特別な国』でなくなった」ということである。
 本書において現在の日本人の精神は、「外国人を前にした時は自国を卑下するような表現を使いがち」 (Q25) 「自分の命を守るため…「今だけ、金だけ、自分だけ」で生き」る (Q34)等と厳しく批判される。また文化面では「食に対する意識が意図的に歪められています」 (Q39) 等と、外国勢力によって日本の優れた文化が破壊されたことが嘆かれる。
 本稿第1章で述べた通り、「精神・道徳」「文化」は日本を「特別な国」と規定する重要な要素である。本書はそれらが失われたと主張することで、日本が最早「特別な国」でなくなったと訴えているのである。

4.2. 「2つの核」と陰謀論

 なお興味深いことに、この「2つの核」の構図は陰謀論のそれと酷似したものである。

 辻は陰謀論について分析し、陰謀論者が世界を解釈する枠組みとして①社会には陰謀によって歪められていない本来のあり方が存在するということ②社会の現状がそこから乖離しているのは不自然であり、それは何者かが意図的に操作しているからだということ、等を挙げている(19) 。
 これを踏まえて本書を検討すると、「特別な国」「社会の本来のあり方」に、「外国勢力の支配」「何者かの操作」にまさに当てはまるものである。参政党の幹部や党員はしばしば自分達の訴えが「陰謀論」と呼ばわれることに反発するが(20) 、実のところ彼らの世界観は陰謀論と全く同じ要素から成り立っているのである。

 また辻は陰謀論が流行する背景として人々の不安を挙げる。
 彼によれば陰謀論者が、共有常識等の何もかもが疑わしいものであるような感覚、また社会が人間の意志から離れて自律的に活動しているような感覚を覚えそれらに不安を感じた時、陰謀論は「世界やわれわれを操作する主体を一点に集約し可視化するとともに、陰謀論者たち自身の自律性の感覚や自己の独自の存在意義を回復し保証する機能をもつ」という(21) 。即ち陰謀論者に不安を感じさせる「犯人」を明確に示すと同時に、彼ないし彼女の意志や価値観が正しいとお墨付きを与えるのである。

 ここで参政党の党員・支持者を見ると、彼らはコロナ禍でのワクチン政策といった社会の動きに疑問を持ったことを支持のきっかけにしていることが多いように見える(22) 。これを踏まえると、本書は読者に対し「今の社会に疑問を感じるあなたの価値観は間違っていない。それは『特別な国』の国民が持つ当然の価値観だ」「社会がそれから乖離しているのは外国勢力の陰謀のせいだ」ということを示すことで、彼らに安心感を与えることができるのである。

 まとめると、本書で語られる現代の日本とは「外国勢力とその手先に支配された結果、本来の『特別な国』から乖離した国」となる。そして本書はこれを明確に示すことで現代社会に不安を感じている読者の価値観を肯定するとともに、彼らが、「外国勢力の支配の打破」を目的とする「食糧やものづくりの国産化の推進」 (Q17)や「ハード、ソフト両面での軍事力の増強」 (Q59) 、「『特別な国』への回帰」を目的とする「伝統的な日本の生活の継続」 (Q16)や「自国に誇りの持てる歴史教育」 (Q25) といった、それらの不安を払拭できるとされる党の政策を支持するよう促しているのである(23) 。

5. 世界観の考察 ~ 「虚構」が孕むリスク~

 本章では、ここまで検証してきた本書の世界観を基に、その性質と、これを掲げる参政党が直面しうるリスクについて考察する。

5.1. 世界観の「虚構性」

 考察の前に、ここで前章までで明らかになった本書の世界観を簡単にまとめると以下の通りとなる。

① 日本は「特別な国」である
② 外国勢力は長年にわたり、日本を支配するための陰謀を企てている
③ 現在の日本は外国勢力に支配され、「特別な国」でなくなった

 しかしながらこの世界観は極めて脆いものである。何故ならこれらの「真実」の大半は「虚構」であるからである。

 まず①について、本書では日本人を「争いを繰り返す他国とは異なる」とするが、実際のところ本書ですら「各藩が争って覇権を得ようとして」いたと紹介する戦国時代(Q29)のように、日本の歴史において日本人による戦乱や暴力的な事件の実例はそれこそ枚挙に暇がない。また日本は文化面でも他国に優れているとのことだが、そもそも文化に優劣などつけられるのだろうか。結局のところ「日本は『特別な国』である」という主張とは、本書においては碌な裏付けのない「完全な虚構」に過ぎないのである。
 また②についてもすでに述べた通り、これは歴史の事実を都合よく切り貼りし形成されただけのものである。完全な嘘ではないにせよ実際の歴史とは大きく異なる点で、これは「ほぼ虚構」と言わざるを得ない。
 そしてこれらが「虚構」である以上、これらを前提として③で示された「現在の日本の状況」も必然的に「虚構」となるのである。

5.2. 「虚無の政党」が陥る「罠」とは

 そして本書が示したこのような「虚構」に満ちた世界観は、これを「真実」とみなす参政党に対し2つのリスクを負わせている。

 1つは③を解決しようと唱える党の目標そのものについてである。
 彼らはつまるところ「日本は外国勢力の支配を打破し、『特別な国』に戻らなければならない」と訴えるが、前述の通り現実には「外国勢力の支配」も「特別な国」も「虚構」の存在に過ぎないしたがって党の主張とは、換言すれば「日本は『虚構』を打破し、『虚構』に戻らなければならない」という限りなく虚無的なものなのである。今後党の掲げる目標がこのように何の実体もないものであることが露呈すれば、目標それ自体がその妥当性を厳しく問われることになるであろう。

 そしてもう1つは党が「ネタがベタになるという罠」に陥りかねない、というものである。
 「ネタがベタになるという罠」とは、辻田が戦前の物語を整理するにあたり用いた観点の1つである。それによれば、「明治の指導者たちは、神話を一種のネタとわきまえたうえで、…それを国家の基礎に据えて、国民的動員の装置として機能させようとした」。しかし「昭和に入り、…神話というネタはいつの間にかベタになり、天皇や指導者たちの言動まで拘束することになってしまった」結果「ネタを守るために、国民の生命が犠牲にさらされ」たというのである(24) 。
 そして参政党の世界観の核心部分が「虚構」に過ぎない以上、党は同じく「虚構」である神話に基礎づけられた戦前日本と同様のリスクを負うことになるのである。

 党の指導者である神谷がこの世界観を一種のネタと考えている可能性は高い。倉山によれば、神谷は過去に「陰謀論、スピリチュアル、ネットワークビジネス、そういうものを許容しないと広がりが無い」と発言したとされるが(25) 、これが事実であるのならば、彼は明治の指導者と同様に党の世界観を「党勢拡大に利用すべき一種のネタ」と捉えているのであろう。
 しかしながら末端の支持者はどうか。古谷によれば熱心な参政党支持者の人々は「参政党支持以前は、政治的に全くの無色透明であり」、政治に関する「基礎知識を全く持っていない」という(26) 。そうであるのなら、彼らは党が提示する世界観を見ても、それを真実かどうか知識を基に判断することすら不可能である。その帰結として彼らは党の世界観をベタとして鵜呑みにするしかないのではないだろうか。

 かくして参政党には「党の世界観をネタと捉える指導者」「それをベタと捉える支持者」という二重構造が生じることになる。
 もし前者が後者を強力に統制できているのなら、この世界観が党の政治活動等に関する意思決定に持ち出されることはないだろう。しかし万が一指導者が支持者をコントロールできず彼らの認識に引きずられることになれば(27) 、この「虚構の世界観」が党において「完全に正しいもの」と確信的に位置付け直されることは十分考えられる。そうなれば党がこれに基づき、例えば「虚無的な主張を実現するための政策」といういわば現実離れしたものを大真面目に実現させようとすることすらあり得るのである。

 以上の通り、ここまで検証してきた参政党の世界観が「虚構」に過ぎないことは明白である。そしてこれは、取り扱いを一歩でも誤れば「党の目標自体の妥当性」、そして「党が現実的な意思決定を行うことへの保証」が大きく揺らぎかねない、危険なものなのである。

6. おわりに

 最後に、以上の考察を通じての結論を振り返りながら、本稿が明らかにした点を指摘しておきたい。

 本書が記す参政党の世界観とその説明を見て分かることは、そのレトリックの巧みさである。

 例えば世界観を支える2つの「真実」のうち「日本は『特別な国』である」というものは、読者に対し「日本人であること」の優越感を喚起し、同時に外国を軽蔑、又は敵視することを正当化させる効果を持つ。
 またもう1つの「真実」である「外国勢力は長年にわたり、日本を支配するための陰謀を企てている」という訴えには、「日本人vs外国勢力」というナショナリズム的な、或いは「人民vsエリート」というポピュリズム的な二項対立や、敵(=外国勢力)の一貫した陰謀という陰謀論的テーゼが持ち出される。それらが駆使されることで読者を取り巻く世界は極めて単純なものに加工され、陰謀論と同じように彼らに「世界を理解した気分」「自分たちだけが真実を知っているのだという使命感や優越感」 (28)を感じさせることが容易になる。
 そして「本来あるべき日本が外国勢力によって支配・操作されている」ということが「真実」であると断言することで、今の日本社会を「何かおかしい」と捉える読者の価値観が正しいことを保証し彼らを安心させるという、陰謀論と同様の機能を発揮しながら、その「現状」を打破せんとする党の政策を提示しているのである。

 以上の通り、本書は参政党の政策等の主張を読者が自然に受容・支持できるよう、「世界の単純化」等の様々な手段を用いて読者の心理に働きかけながら、それらの前提となる世界観を語っているのである。

 しかし、いかに華麗なレトリックを用いても、この世界観が「虚構」であることを覆い隠すことはできない

 本書が「外国勢力に支配され、『特別な国』でなくなった」と認識している日本の現状が「虚構」である以上、「日本は外国勢力の支配を打破し、『特別な国』に戻らなければならない」という党の目標も自ずと「虚構」となる。そうであるならば、「政策」という目標達成の手段をいくら掲げても、目標が「虚構」である限り所詮それは現実の社会に対し何の結果ももたらせないのである
 他方党の末端にはこの「虚構」をネタではなくベタであると信じる党員・支持者が存在する。今後党が彼らの統制に失敗すれば、彼らは本来存在しえないはずの「『虚構』を達成するための政策」の実現に邁進することになる。そしてそれは最悪の場合、実際に発生した「ジャンボタニシを用いた農法の推奨」 (29)のような、寧ろ現実の社会を破壊するものにすらなり得るのである。

 かくして本書の分析を通じて、「参政党とは『虚構』に立脚し、『虚構』を目指す危うい政党である」ということが明らかとなった。今後はこの党が展開している「『虚構』を実現するための活動」がどのような着地点を見出すかが、党の研究にあたって最も注目すべき点であろう。


※註

(1) 「女子SPA!」 2023年11月23日 「「農薬でがんに…」国政政党による“醜悪すぎるデマ”を農家が怒りの告発」
https://joshi-spa.jp/1273771(2024年2月6日閲覧)

(2) 例えば2023年11月4日の東京都・新橋SL広場での街頭演説にて。詳細は「黒猫ドラネコ【トンデモ観察記】」 2023年11月7日 「参政党さん、色んな業種に余計なお世話をかます。妨害騒動もあった新橋での演説会」
https://kurodoraneko15.theletter.jp/posts/3ca56500-7c02-11ee-80a2-d18bae7373bc(2024年2月6日閲覧)

(3) 例えば藤倉善郎 「参政党を取り巻く陰謀論――自然派、反ワクチン、レイシズム……」 『世界』2022年12月号(岩波書店)

(4) 本書は参政党に関する65の質問に回答しながら党の主張を紹介する、という形式をとっている。そこで本稿では本書を引用する際、引用する箇所が書かれている質問の番号を記載するものとする。

(5) 引用部分は市立函館博物館の学芸員の発言。NHK 「【放送記録】縄文人に“きゅん”です!」
https://www.nhk.or.jp/hokkaido/articles/slug-n6fb40e20d553(2024年3月23日閲覧)

(6) 辻田真佐憲 『「戦前」の正体――愛国と神話の日本近現代史』(講談社現代新書、2023) なおこれは金城ガンヂ氏にご紹介いただいた文献である。この場を借りてお礼を申し上げたい。

(7) 「神谷宗幣(かみやソウヘイ)の公式サイト」 2012年8月10日 「「磐」の上に国家を建てるということ」
https://www.kamiyasohei.jp/2012/08/10/3836/(2024年3月6日閲覧)

(8) 辻田、前掲書

(9) 朝日新聞デジタル 2020年9月30日 「巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?」
https://www.asahi.com/and/article/20200930/16471219/(2024年3月24日閲覧)

(10) 早川タダノリ 『「日本スゴイ」のディストピア――戦時下自画自賛の系譜』(朝日新聞出版、2019) なおこれはフラットムーン山本氏にご紹介いただいた文献である。この場を借りてお礼を申し上げたい。

(11) Q27によれば「ユダヤ系の国際金融資本を中心とする複数の組織の総称」のことであり、西洋諸国の政府や経済、情報を牛耳っている存在とのこと。藤倉が前掲論文で指摘するように「昔ながらの反ユダヤ主義的な陰謀論とよく似た主張」ではあるが、本書では「欧米の勢力」や「西洋諸国」とほぼ同じ意味合いのものとして使われている点が興味深い。

(12) 斎藤正彦 『キリスト教の歴史 増補新版』(新教出版社、2011)

(13) 川田稔 『満州事変と政党政治――軍部と政党の激闘』(講談社、2010)

(14) なおQ31で触れられた「中国軍閥からの攻撃」が何を指しているのかは必ずしも明らかではないが、本書がこの結果として「国際連盟を脱退することになりました」と述べていることから、筆者としてはこれは満州事変を指しているものであると解釈した。

(15) 永田幸久 「第一次世界大戦後における戦後構想と外交展開――パリ講和会議における人種差別撤廃案を中心として」 『中京大学大学院生法学研究論集』第23巻(中京大学、2003)

(16) 因みに辻は陰謀論の特徴として、「正しい「われわれ」とまちがった「彼ら」という二分法を強固にすること」や「世界が徹頭徹尾ある邪悪な意図によって完全に操作されているという結論」等を挙げているが、これは本書の「歴史の単純化」の工程と同じものである。辻隆太朗 『世界の陰謀論を読み解く――ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ』(講談社、2012)

(17) 例えば筆者は、党外部アドバイザー(当時)の吉野敏明が2023年4月5日の大阪府・JR京橋駅前での街頭演説において、「偏差値エリート」を自分達を対置させ批判していたことを確認している。

(18) このポピュリズムの定義は水島が採っているものによる。水島治郎 『ポピュリズムとは何か』(中公新書、2016)

(19) 辻、前掲書

(20) 例えば神谷は2022年7月7日の埼玉県・JR浦和駅前での街頭演説にて、「私たちの言っていることのスケールが大き過ぎるから、勉強が足りない人は『陰謀論だ』とか『カルトだ』とか言う。違いますよ」と発言している。毎日新聞 2022年7月14日 「 “参政党現象”とは? ノーマスクで人だかり 参院選で議席獲得」(2024年3月30日閲覧)
https://mainichi.jp/articles/20220713/k00/00m/010/286000c

(21) 辻、前掲書

(22) これに関連した支持者の声を紹介しているものとして、例えば毎日新聞、前掲記事。また2023年2月1日に東京都北区で行われた「神谷宗幣講演会」でも、登壇した党員のうち複数名が「今の社会を『何かおかしい』と感じた」といった経験を述べていた。

(23) 参政党は「党員に党の政策も考えてもら」う仕組みとされる(序章)にもかかわらず、本書では実に40以上の政策が具体的に提案されている。これを分析することも党の世界観を知る上で重要であろうが、時間と紙幅の関係から政策の詳細な考察は別稿に譲りたい。

(24) 辻田、前掲書

(25) 「日刊SPA!」 2022年7月16日 「参政党はトンデモではない。振り切ったトンデモだ/倉山満の政局速報」
https://nikkan-spa.jp/1843745(2024年3月23日閲覧)

(26) 古谷経衡 2022年7月11日 「参政党とは何か?「オーガニック信仰」が生んだ異形の右派政党」
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/067c5c8f972ec52861a3f3fdef31af904e9c9728(2024年3月23日閲覧)

(27) これは決して非現実的な仮定ではない。丸山は、非民主主義体制においては大衆の発言力が合理的に制度化されない形で増大する結果、彼らの政治的社会的エネルギーが非合理的な形で暴発せざるをえないこと、また指導者がそれに縛られて自由自在に政策を決定することが出来ないことが起り易いと主張する。丸山眞男 「現代文明と政治の動向」 丸山著、古矢旬編 『超国家主義の論理と心理 他八篇』(岩波文庫、2015)。そしてこの現象は国家という集団の構造上の問題から生じるものであるから、これは非民主的な国家のみならず参政党のような非民主的な組織(集団)においても起こり得る現象であろう。なお参政党の非民主的な組織について、詳細は拙稿 「参政党の規約改正に関する考察 ~「非民主的ボトムアップ」から「非民主的トップダウン」へ~」 https://note.com/saiiki6111/n/n4086f21c62f2

(28) 辻、前掲書

(29) 「農業を営む参政党の一部党員」が実際にSNSに投稿した内容。詳細は産経新聞 2024年3月12日 「「気持ち悪いんです、これ」 農水相、ジャンボタニシの放し飼いで注意喚起 イネに被害」
https://www.sankei.com/article/20240312-GYIVMJHNV5DILJLHQB5KI62HHY/(2024年3月26日閲覧)

※本文中の人名は敬称略

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?