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お茶漬けみたいな短編小説6「から揚げ弁当」

最後です。
一話完結形式ですが、連載ものも書くことができますのでいろいろとノートを活用していければと考えています。
どうぞ。

から揚げ弁当

 もう大学生活も二年が過ぎようとしていた。
 年を追うごとに月日の流れが速くなっていくことに、敏弘は焦りを隠せずにいた。
 もう就職活動を始めている人もいるが、彼はそういった輩はどうしても好きになれなかった。
 リア充……。そんな言葉だけでは表すことができない何かが、彼を嫌悪感で包み込んだ。それは、今も彼が大学生活に満足していないということを説明するのに十分すぎる形容であった。
 敏弘は、決して暗い性格と言うわけではない。家族といる時にはいろいろな話をすることが多いが、どこか自分を出すことができず、なんとなく話を合わせるような感じで、居場所を見つけることがどうしてもできなかった。
 それは彼が通っていた高校までの地元の社会でもそうだった。
 なんとなく話を合わせる。それに家族や友達が同調する。そしてその繰り返し。彼の閉塞感は日に日に増していき、ついには密かに上京を考えるようになった。
 法律の勉強をするための上京だった。そんなに法律に興味があったわけではなく、ただの口実だ。親を納得させるには十分すぎた。立派に育ったものだと本当に喜んでくれた父には本当に申し訳なかった。

そんな敏弘の大学での毎日は、単調そのものだ。大学での講義をノートに取り、さぼっていた友達に見せて、少しの謝礼をもらい、家に帰る毎日だ。
1Kのアパートに帰る前に、弁当屋に寄って夕飯を買って帰る。何の変哲もない生活に、敏弘は満足していた。
「今日もから揚げ弁当? 若いからいいけど野菜も食べないと」
 弁当屋に入ると、いつものおばさんが心配してくれた。ここの弁当は特別おいしいわけではない。ただ、落ち着く味だと敏弘は思っていた。彼の母親も決して料理下手ではなかったが、落ち着く味を出すことはなかった。
「ありがとうございます。気をつけます」
 敏弘はいつものように、形式的な礼を言うと、いつもより少し口元が緩んだ表情を見せた。
弁当屋のおばさんには彼がいつもと違うことになど気が付かなかった。

 ある日、いつものように大学での講義が終わると、いつものように帰りがけに弁当屋に立ち寄った。
「いらっしゃいませ」
 いつものおばさんの声と違う。うつむき加減で店に入るので誰が放った声なのか分からなかった。カウンターの方を見ると、いつものおばさんがいた所には、高校生か大学生ぐらいの女性店員がいた。
「いらっしゃい」
 奥からおばさんが出てきた。
「あの……」
 敏弘はつい声を詰まらせた。
「ああ、この子今日からうちでアルバイトすることになった葉子ちゃん」
 おばさんはいつもの調子で話した。
「いつもの、ください」
 敏弘は心なしか声が小さくなった。
「から揚げばっかりじゃダメだよ。田舎のご両親が心配するんだからね」
 いつものように余計なおせっかいをやく。そんなおばさんの姿が安心する。おばさんはいつものように奥へ入っていって、弁当を作り出した。
二人の間に沈黙の時間が流れる。奥の方でから揚げを揚げるおいしそうな音が聞こえてくる。
「ここは、よくいらっしゃるんですか?」
 敏弘はうつむいていた頭を上げると、顔が熱くなってきた。何もしゃべれない自分が恥ずかしい。敏弘に意味の分からない恥ずかしさが襲ってくる。
「いや、まあ、毎日です……」
 毎日弁当屋で夕飯を食べるということを説明するのが、こんなに恥ずかしいと思ったのは初めてだ。すると葉子はまぶしいような笑顔を浮かべて
「男性の一人暮らしは自炊なんてしませんよね」
 と、続けた。
 なんだか自分が自炊しないのが悪いことのように思えてきて、おばさんがお弁当を作る時間が長く感じた。
 やっと奥の厨房から出てきたおばさんから、から揚げ弁当をひったくる様に受け取ると、敏弘は逃げるようにして弁当屋を出ていった。

それから一週間。彼は弁当屋には行かなかった。
男性の一人暮らしは自炊をしない。そんな言葉がなんだか引っ掛かり弁当屋には立ち寄れなかった。
一週間後の帰り道、ふと弁当屋の前を通りかかると、葉子が店番をしているのが外から見えた。
敏弘は意を決して、弁当屋に入った。
 扉が開く。葉子は初めて会った日に見せた笑顔で迎えた。
「お久しぶりです」
 葉子が言った。敏弘は何だか落ち着かなかった。
奥からおばさんも顔を出した。
「あらいらっしゃい。やっと来たわね」
おばさんは待っていたかのように敏弘を迎えた。
「葉子ちゃん、から揚げ弁当の準備して」
おばさんと入れ替わりに葉子が厨房へと入っていった。
「葉子ちゃん気にしていたのよ」
おばさんはいつもと違う小声になった。
「毎日来るお客さんに、弁当屋が自炊をしないなんて言ってしまったから来なくなってしまったんじゃないかって」
「え?! いやそんなつもりじゃ」
 敏弘は、困惑したが、おばさんは構わず小声で続けた。
「でも、あの子、今度来たらあなたにから揚げ弁当作るってから揚げの練習してたのよ」
「あなたたちの様子見て、ちょっとお似合いかもって思ってたから、嬉しくって」
 思いもよらないおばさんからの言葉に敏弘は顔から火が出そうになった。
「いや、あの、そんなつもりじゃ」
おばさんがニヤニヤしてたところで、奥から葉子が出てきた。
「お待たせしました。から揚げ弁当です」
「あ、ありがとうございます」
敏弘は、から揚げ弁当を受け取ると、足早に扉の方へと向かった。
「あの」
 葉子がカウンター越しから呼び止めた。
「自炊できなくても大丈夫ですよ」
 敏弘が振り返った。
 すると葉子が少し頬を赤く染めてたようにして
「私が、作りますから」
 と、ぼそっとつぶやくように言った。

それを厨房の奥からおばさんが少し嬉しそうに見守っていた。

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