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飛び越えたところに思いを馳せてみる

今回はちょっと緩い感じで書いていこうと思います。最近暗い話ばかりだったので自分で自分を褒めさせてください。
まずは考えるきっかけになったコラムの紹介から。

上記のコラムに、こんな一文があります。

作業所(注釈:就労継続支援B型 本記事でも以下同様に「作業所」と表記)から一般就労は「飛び級」というのが現状でしょう。
障害者ドットコム

身体障害ですが、その飛び級、やっちゃいました。作業所から一般就労(しかも特例子会社ではない)しました。

入所(利用)前の当時、「職業訓練に行っても就職できなかったし、ハローワークには自動車の運転ができないと就職厳しいって言われているけど運転苦手だし……。この作業所が終の住処になるだろうな。」と私は思っていました。
引用したコラムでは、一般就労とは正反対の部分で、『考慮されていない』部分の考え方でした。

そんな私が
1人の職員に出会って
「とても素敵な人だな」と思って
その思いがいつの間にか「きちんと認められたい」願望に変わって
「一般就労をしたら願いが叶うかもしれない」と考えて
担当の職員が手伝ってくれて
短期の職業訓練で資格を取って
就労相談のセンターに登録して
センターの担当者が家から通える会社に紹介してくれて
記念受験のつもりで入社試験を受けて
なぜか採用されて
気がついたら入社から10年近く経っていた

関わってくださった皆様のお力添えあって、ここまで来られました。
作業所職員の1人に特別な想いを抱いたことで「やる気」というエンジンがかかり、当時の担当職員に「レールの基礎」を作ってもらいました。エンジンとレールの基礎が就労の受け入れの多い、20代前半で整ったこともあり、その後は職業訓練で技術を付け、就労センターの方や会社関係者の方々は今でも私を走らせてくださっています。
中でも、2人の作業所職員の存在は大きかったと、今でも思います。私にとって、すべての始まりでした。
その関係がなければ、今頃はまだ作業所にいて、『一般就労をしたい!』と思い立っても、年齢の関係で難しかったでしょう。

引用したコラムを拝見したとき、入社初日の定時前、職場の高いビルから見える自宅を眺めて、「今までならこの時間には家に帰っていたのになぁ……」と感傷に浸っていたことを思い出しました。
あれから10年近く経ちますが、まだ勤続中の私、よくがんばってるよ!自分で自分を褒めていいよ!!よくコラムの端から端まで行ってまだやってるよ!!!

余談ですが、今年はコロナが少し落ち着いてきて、久々に作業所でイベントをする予定だそうです。(福祉施設なのもあり、再拡大したら中止かも)
作業所を退所して10年近くが経つので、職員も利用者もかなり変わったと聞いています。
今年は天候がよければ私も遊びに行くつもりでいますが、イベントへ行くのは今回で最後にしようと思っています。作業所には作業所の今があります。昔の利用者である私がいつまでも遊びに行っていても作業所側としては微妙な感じがあると思うのです。
私は私で現在、大学進学or引っ越しの検討がそろそろ始まります。今までの環境を大きく変える意味で、区切りをつけたいと思いました。(ゆえに今年のイベントが中止でも、最後にしたいと思います)

作業所へ行くのも最後になるので、私のことを知っている利用者、職員の皆様にはたくさんのお礼を伝えてから帰れるといいです(願望)。

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