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鉄緑会の東大化学過去問集

以前から気になっていましたが今回初めて鉄緑会の東大化学過去問集を購入いたしました。
出身高校が都心の進学校だったので鉄緑会に通っている同級生が多く, 「宿題が多い」「先生が厳しい」という感じで私にとってあまり良い評判を聞いていなかったうえ, 安易に手が出せる値段ではなかったので, 今に至るまで購入していなかったわけです。
昔東大に受かり, その後予備校講師になったうえで, 中立的な立場からこの本のレビューをします。


豪華な解説

まず、やはりお値段するだけあって解説は豪華です。年度ごとの総論、解説の指針は細かく書いてあります。時間がないならその解説の指針だけ読んでも大丈夫な構成になっています(過去問はしっかり研究してこそ役に立つのでせっかくならしっかり読み込んだ方が良いと思いますが)。

検証・別解の豊富さ

上の特徴だけなら(私自身が昔使っていた)青本もそれなりに解説は詳しいので青本でも良い気がしますが、これがこの本の一番の長所です。アプローチの仕方は一つではなく, 最短ルートとたとえ最短ルートではなくても受験生にとって馴染みのあるルートを比較することに価値があります。そのような本があったら嬉しいなと当時思っていました。
具体的には例えば2022年入試の場合は第二問イで化学反応式の立式で3つの解法、反応熱の算出で3つの解法、同じくクで4つの解法が載っています。
他の過去問集に言及すると赤本の質が悪いというわけではないと思っていて, 比較的統一的なフォーマットで必要最低限の内容(過半数の受験生にとって解答の根拠がわかる程度まで)を掲載しているので別解をあまりにも多く掲載できないのかなと思います(旺文社の全国大学正答も同じような感じかと思います)。
今年度(2023年入試)の例でもう一つ具体例を提示します。
<大問2-カ>
Alの精錬の際, 混合物Al2O3, Fe2O3, SiO2のうち加熱でNaOHaqと溶解するものを全て選ぶ問題。これは私の以前の記事にもあるように○性酸化物なのかを考えれば反応性はわかります。ただ、現実的にはNa2SiO3は出来にくいうえ、できたNa2SiO3だけを分離するのも比較的容易です。むしろアルミニウムだけを分離できるからこそ最初にNaOHを加えているのです(工業的な意味)。だからSiO2を答えに含むべきかどうかは議論になります。その上で一応含めるという答えで書いてありますが、きちんとその議論を詳しく書いているのは好印象です。

受験テクニックが豊富

2022年第一問Ⅰを例に説明します。
油脂の問題はけん化・付加反応から求める方法が正攻法です。一方「グリセリンにステアリン酸3分子結合した油脂の分子量は890」は覚えるとすごく楽です。これをこの問題集の解説では「890テクニック」と言っているのが良いです。東大の問題だと時間がないので少しでも時短の方法がわかっていた方が良いです(正攻法も載っているので別解の一つとして掲載しています)。この辺は塾・予備校に行っていれば教わると思います(少なくても私は教えます)が、学校だとなかなか教わらないことだと思います。

また、「この問題では何を問うているか(設問の要求・意図)」を真正面で捉えて問題に答えている印象を受けました。これは特に東大受験だと大切なことで、ときには設問の意図を考えれば知識がなくてもわかるような問題もあります(中学受験・高校受験をすでに受けたことがある人にとっては十分に浸透しているけれども初めて受験する人にとってはあまり重要だと感じていないことですが……)。

数学的な解説が多い

なので数学が苦手で仕方ない人にはあまりおすすめしないです。ただ, 東大に通うくらいの人は数学で苦手意識を持ってはいけないと思っています(分野にも依りますが後々苦しむことが多いと思います)。なお私も数学頼りになる部分が多いので他人のことはあまりいえません(基本的に著者のバックグラウンドが関係すると思います。メインとなる著者はTeXShop開発チームのメンバーで化学系のパッケージの使い方も紹介していました)。

名作・ベストセレクションを用意している

古い問題は使える問題と解いても別にそんなに役立たないと言う問題があるので指導者がある程度選別するのは必要です。それを提示しているのは良いなと思います(何がベストなのかは指導者によるのですが)。年度としてベストなのを5年分+良い感じにピックアップして一年分にしたものが用意されており、かつ圧力の単位や錯イオンの名称を古いものから直しているので現代の受験生にとって演習しやすいと思います。

計算についての特別講義

最初の有効数字についてのページでおおよそ高校生にとっては疑問は解決できると思います(大学分析化学で扱う、対数の有効数字、不確かさに関する話題、有効数字の限界についても触れています)。ただ、九去法、開平法に関してはいまいち自分自身は使ったことがないので必要かどうかよくわからないです。受験生にとって一番参考になるのは「演算誤差を小さくするための計算の工夫」「数値計算の極意;オーダーを意識した概算」と思います。

解答用紙の使い方

資料編では「東大入試化学の分析」「合格点到達のための戦略」「答案作成の戦術と技法」「解答にあたっての注意点」が掲載されています。特に後者2つはあまり他では記述されていないので読むと良いかなと思います。自分の場合、高3の秋の東大模試になってようやく「解答用紙の真ん中縦に一本線を引いて二段組した方がいい」と気付きましたので、こういう解答用紙の使い方が書いてあると助かります。ただ、解答編で完璧の解答例のみ載せているのですが、間違えて答えた時の解答用紙がどうなるのかも載せると受験生的には良いのかなと思っています。



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